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コーヒーで旅する日本/九州編|20年以上培ってきたすべてが糧に。世界一という大きな夢のために歩み続ける「ROASTERY MANLY COFFEE」

  • 2022年9月5日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第41回は、福岡市平尾にある「ROASTERY MANLY COFFEE」。もともと屋号は「MANLY COFFEE」のみだったが、2021年11月に“ROASTERY”を冠すようになった。オーナーの須永紀子さんは福岡のコーヒーシーンを変えた立役者の一人であり、エアロプレスを全国に広めた人。福岡のコーヒー業界において、須永さんのことを知らない人はほぼいないというぐらいの有名人だ。そんなすごい人なのだが、常に笑顔で、だれにでも平等に接し、いつ会っても朗らか。そんな須永さんが「第3のステージ」と語る、「ROASTERY MANLY COFFEE」の“今”に迫る。

Profile|須永紀子(すなが・のりこ)
1974(昭和49)年、福岡県生まれ。祖父母、両親が敬虔なクリスチャンで、自身も中学から高校までを修道院で暮らす。短大進学を経て、海外を見てみたいとオーストラリアにワーキングホリデー制度を利用し、渡航。帰国後、カフェを開きたいと、コーヒーの勉強を始め、26歳でスターバックスにてアルバイトを始める。スターバックスの社内コンテストで2代目コーヒーアンバサダーとなる。スターバックス卒業後、パティスリーやハンバーガーのチェーン店にも勤務したが、「私にはコーヒーしかない」との意思を強くし、2008年、「MANLY COFFEE」をオープン。2021年、屋号を「ROASTERY MANLY COFFEE」に改名し、リニューアル。

■福岡のコーヒーシーンを変えるきっかけに
2007(平成19)年に発足したCOF-FUKというグループがある。福岡をコーヒーの街にしようという思いを胸に立ち上がったグループで、日本人で初めて焙煎士として世界一を獲得した豆香洞コーヒーの後藤さん、日本随一のバリスタであるREC COFFEEの岩瀬さんや北添さん、世界的なテイスティングの名手の珈琲蘭館の田原さんなど、今や福岡を代表するコーヒーショップを中心としたメンバーで構成。その立ち上げにはmanucoffeeのオーナー・西岡さん、コーヒーを柱としたさまざまなイベントを企画・運営するClick Coffee Worksの古賀さん、そして「ROASTERY MANLY COFFEE」の須永さんらが深く関わった。

もともと須永さんは、26歳の時にスターバックスでアルバイトを始め、スキルや知識、サービスを競い合う社内コンテストで日本一の証でもあるコーヒーアンバサダーにまで上り詰めた。その当時を須永さんはこう振り返る。
「コーヒーに興味を持ったのは、カフェカルチャーに惹かれたのがきっかけです。カフェで働きたいと思っていたのですが、その時期すでに子どもが1人いて、土日勤務が多い飲食店で働くのが難しかったんです。ただ、なにかにハマるともっと知りたい、もっと上手にやりたいと思うタイプで、警固の焙煎屋さんに通ってさまざまなことを教えていただきました。その頃、スターバックスの福岡店がオープンし、コーヒーへの興味からスターバックスにアルバイトとして入りました。働き始めてみると、不思議なんですが、知識はどんどん吸収できるし、次々と新しい扉が開いて、日々成長していることを自分でも感じられたんです。だから仕事も毎日楽しくて、気が付いたらコーヒーアンバサダーになることができた、という感じでしたね」。

コーヒーアンバサダーとなった褒章として、アメリカ・シアトルにあるスターバックスの本社にも足を運び、その当時のCEOとも直接話すことが叶った。
「CEOのシュルツ氏に、『あなたはもっと大きな夢を持つべきだ』と言われたことが、『MANLY COFFEE』を立ち上げるきっかけにもなりました。シュルツ氏からいただいた言葉は今に至るまで、ずっと私の原動力になっています」。

■開業時から目標に掲げた世界一
2008(平成20)年、小笹で開業した「MANLY COFFEE」。最初はフジローヤルの1キロ窯から焙煎を始め、しかも住宅街にたたずむ古アパートの1室となかなかの隠れ家的な立地。規模は小さかったが、須永さんはその頃から大きな夢を抱いていた。それが「世界一のコーヒー屋になる」。
「私は夢を叶えるためには、自分の言葉で発信していくべきだと、今までの経験から信じています。文字に書き起こすことも習慣化していて、移転に際してこんなものを書いたんです」と見せてくれたのは、「2028年までに世界一になる」「WOW!なコーヒー AMAZING!なサービス 涙がでてくるお店」と書かれた一枚の紙。よく見ると、それらが書き留められた大きな紙はカレンダーの裏紙。考えたことを即行動に移す須永さんらしい。

須永さんは「2028年と書いているところは、実は後から書き足したんです。最初は移転した2年後を目標とし、2018年としていました。開業した時から世界を見据え、とにかく動かないといけないという思いから、北欧のロースターの勉強会に参加したり、英語もろくにわからないのにWBC(ワールドバリスタチャンピオンシップ)のボランティアスタッフに応募したり、とにかくじっとはしていませんでしたね」と当時を振り返る。
その当時、すでに子どもがいて、「MANLY COFFEE」を営みながら、世界中を飛び回るバイタリティとひたむきさ。須永さんのストロングポイントはまさに、これだ。日本人は往々にして出しゃばることを遠慮しがちだが、須永さんは違う。とにかく前に進む。経験不足であっても、スキルがなくても、チャレンジする。もちろん、結果は常に満点ではないが、このチャレンジが須永さんにさまざまな人の縁や、チャンスを与えてきた。
■エアロプレスの母たる所以
コーヒー業界において、須永さんの大きな功績と呼べるのが、抽出器具の一つ、エアロプレスの日本での普及。コーヒー好きであれば、一度は目にしたり、その器具で抽出したコーヒーを飲んだりしたことがあるという人も多いと思う。今ではそれぐらいポピュラーな抽出器具を、須永さんが広めたとはどういうことか。
須永さんは「コペンハーゲンでエアロプレスで抽出したコーヒーを初めて飲み、純粋においしいと感じたんです。海外ではエアロプレスで淹れたコーヒーの味わいを競う大会も行われていて、私も2011(平成23)年当時、先着順で参加が可能だったワールドエアロプレスチャンピオンシップ(WAC)のミラノ大会に出場したんです。もちろん目標は世界一。結果的に負けてしまいましたが、もっとエアロプレスでおいしくコーヒーを淹れたいという思いを強くしましたね。その翌年の2012年からWACが各国の国内大会の優勝者しか参加できないことになりました。でも、日本では国内大会をやる人がいなかったので、このコーヒーカルチャーは日本でもやらなきゃダメだ!と思い、国内大会を作ろうと思ったんです」と話す。

そうやって日本において誕生したジャパンエアロプレスチャンピオンシップ(J.A.C.)。競技会実施にあたり須永さんが中心となり、大会の運営の中核をなした。やはり、ここでも須永さんの行動力が存分に生かされたというわけだ。今では毎年、J.A.C.は開催され、先着順のエントリーは一瞬にして枠が埋まるほどの人気競技会に。須永さんは現在、チャンピオンシップの運営は若い力に委ねているが、周囲からは“エアロプレスの母”と呼ばれているというから、まさに日本国内におけるエアロプレスの先駆けと呼ぶにふさわしい。

■家族への愛情に比例して、コーヒーとの関係性ももっと深く
世界一を目指す「MANLY COFFEE」が第2のステージを迎えたのが2016(平成28)年の平尾への移転。焙煎機もフジローヤルの3キロ窯にサイズアップ。エアロプレスで抽出したコーヒーをイートインスペースで提供するなど、より間口の広い店となった。コーヒーショップを始めたいと考える若い世代のバリスタやロースターも多く店に足を運ぶなど、須永さんは福岡のコーヒー業界の若手たちに慕われる存在へとなっていく。実際、2016年ごろから福岡市内に続々とオープンした店の店主たちにインタビューすると「MANLY COFFEEさんによく行ってましたね」といった声を多く聞いた。
「もともと子どもの頃からシスターになりたくて、中学から高校まで修道院に入っていたんです。シスターは教会に奉仕する者であり、私の中には少なからず、そういった“誰かの役に立ちたい”、“コーヒーをより多くの人に広めたい”という使命感に近い思いがあるんだと思っています」。

家庭の事情もあり、平尾に移転する前は悩みや葛藤もかなりあったという須永さん。「子どもを育てるにあたり、いろいろなことがあり、以前のように店を営業できない期間があったんです。主人からも『もう店はやめた方が良いんじゃないか』ということも言われました。私自身、その方が良いのかもとも悩みましたし、その当時はなにが正解かわかりませんでした。ただ、スターバックスのシュルツ氏に言われた『Big Dream』という言葉がずっと私の中に残っていましたし、なにより営業ができていない時でも、当店のコーヒーを待ってくれているお客さまがいてくださった。お客さまから『いつになっても良いから、コーヒーが焙煎できたら送ってね』といったようなお言葉をいただき、週末の空いた時間を使って、少量ながら焙煎をしていたんです。その時間は大好きなコーヒー、お客さまのことだけを考えることができ、かなり救われましたし、やっぱりコーヒーとともに生きていきたいと気付かせてくれました」。

さらに、須永さんを大いに助けてくれたのが、家族の存在。大変なことがあったからこそ、子どもとの接し方、家族と過ごす時間の大切さなど、改めて気付かされたことが多かったそう。以前よりもさらに家族の大切さを実感し、愛情は増した。「もうコーヒーショップはやめた方が良いかもしれない」というぐらい悩みに悩んだところから、家族のおかげで心にゆとりが生まれた。そんな私生活での経験が須永さんという人間を大きくし、さらにコーヒーとの向き合い方も深くなっていったのだろう。

■今よりももっとおいしいコーヒーを届けたい
そして、2021年11月。「MANLY COFFEE」は「ROASTERY MANLY COFFEE」として、第3のステージに突入した。屋号にROASTERYを冠したのは、焙煎士としてさらなる高み、ひいては世界一を目指すという須永さんの意思表明だ。リニューアルされた店に入って、まず驚かされたのが巨大な焙煎機。アメリカ・ローリング社製の熱風式焙煎機・スマートロースターだ。九州ではヴォアラ珈琲、manucoffeeなどにある焙煎機と同じメーカーのもので、「ROASTERY MANLY COFFEE」が導入したのは15キロ窯。当初は2021年11月に納品予定だったが、ずれ込み、2022年6月に届いたばかりだという。

須永さんは「フジローヤルの焙煎機を長年使ってきて、どうしてもクリーンカップに対して納得できなかったんです。同じように、家庭用の小さなマシンでスチームミルクを作り、ラテに仕上げてもどうもおいしくない。そんな時、コーヒーショップを営まれている知人の方に、使っていないエスプレッソマシンをお借りできる機会があり、それを使ってラテを作ってみると抜群においしい。これって純粋にマシンの問題ということですよね。そう考えると、焙煎も同じかもしれないと思い、新たな焙煎機を導入することを考え始めました。ずっと、より良いクリーンカップを引き出せるように焙煎も試行錯誤し、悩んでいたので、悩む時間が同じなら、焙煎機を変えることで今の悩みはクリアにし、さらにおいしいコーヒーが焙煎できるよう、新たな悩みにチャレンジした方が良いと考えたんです」と、スマートロースターを導入した理由を説明。シンプルな発想なのだが、もっとおいしく、世界で通用するようなコーヒーを焙煎することを考えているからこその、思い切った選択。それを実践してしまう須永さんはやっぱりすごいし、相当な意思の強さがないとできないことだ。

取材後、ふと世間話をしていたら「最近ヨガを始めたんです。それから、すごく体も心もスッキリしていて、以前よりも仕事も家事も、めちゃくちゃ効率が良くなった」と須永さん。「多少、お金がかかってもそれは自分への投資と考えれば、決して高いものではないはず」とも続ける。
2008年から限られた時間や資金を使い海外へ足を運び、たくさんのチャレンジをし、さまざまな人と縁を築き、それを自身の財産として積み上げてきた須永さん。自身が納得のいく味わいを作り出すための新たな焙煎機導入は須永さんにとっての自己投資でもある。ただ、一番の目的は、「今よりももっとおいしいコーヒーをお客さまにお届けしたいから」だ。

■須永さんレコメンドのコーヒーショップは「月白 喫茶室・展示室」
「福岡市・六本松にある『月白 喫茶室・展示室』をおすすめします。店主の平塚さんは当店によく来てくださっていて。私も『月白 喫茶室・展示室』に行ってみたんですが、まず店のデザインというか造りに衝撃!出されているドリンクもステキで、私は煎茶をいただいたんですが、それがとってもおいしいんです。衝撃づくしのお店です」(須永さん)

【ROASTERY MANLY COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/LORING Smart Roaster 15キロ
●抽出/エアロプレス、エスプレッソマシン(LA MARZOCCO Linea PB-2)
●焙煎度合い/浅煎り〜中煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム1000円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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