
子供にこうあってほしい、と願うこと自体は親によく聞く話だ。しかし、あらゆることで子供に自分の理想を押し付けた場合、その子供はどうなるのだろうか?
「あなたのためを想って」とエリカにさまざまなことを勧める母。母が好む服を着せ、明るく活発になってほしいとスポーツをやらせ、“上位グループ”との友達付き合いを求め、志望校を決めてくる。そして「女の子は可愛くないと」と二重(ふたえ)の整形手術をエリカに受けさせる。容姿も、友人も、進路も、感情すら母の選択に縛られたエリカは、自分でも自分の感情がわからなくなってしまうように。そして大学2年生の時には過食と嘔吐を繰り返す摂食障害になってしまう。
『親に整形させられた私が母になる エリカの場合』と題されたこの漫画は、作者のグラハム子さん(Twitter:@gura_hamuco)の実体験がベースになった自伝的エッセイ漫画。親の過干渉に苦しむ人々に共感をもたらし、大きな話題を呼んでいる。グラハム子さんにこの物語を描いたきっかけや、自身の体験について話を聞いた。
■心のしこりをなくすために一番いい方法が漫画を描くこと
そもそも、グラハム子さんが漫画を描き始めるようになったのは、自身の出産・育児がきっかけなんだそう。家でもできる趣味として育児漫画を描くようになった。
「私にとって心に残ってしまったモヤモヤ、しこりをなくすためには、漫画を描くことが一番いい方法だと気づいたんです。それで、フォロワーさんが今よりもずっと少ない頃から母からの過干渉で苦しんできたことを細々と漫画にしていました。それを見たウーマンエキサイトさんから声をかけていただいてWEB連載をし、書籍化するにあたってより伝えたい内容をより明確にしようということで、“エリカ”というキャラクターに代弁してもらうことにしました。ところどころ私の体験とは違う部分はありますが、母から整形手術を受けさせられたこと、摂食障害になってしまったことは私自身の体験が元になっています」
作中でも描かれているが、グラハム子さんの母は娘を理想の姿にするべく、グラハム子さんのあらゆることをコントロールしてきた。当時、母の行動が一般的なものから外れているとは感じなかったのだろうか?
「母が正しいと思い込んでいて、どの家もそうだと思っていました。なので、友達にも母のことを話したことがなかったんです。“厳しい親”というと例えば何か買ってもらえないとか、門限があるとか、そういった目に見えるルールがあると思うのですが、うちにはそういった目に見えるルールはありませんでした。でも今思うと、母の言うことが絶対ではないと薄々気づいていたかもしれません。しかし、そんなことに気づいたらそれまでの人生全部を否定することになって自分が壊れてしまうから、必死になって信じ込んでいたのかもしれないですね」
そして「女の子は可愛い方がいいから」という母のすすめで中学卒業時に初めて二重の整形手術を受けることになる。高校進学後、体重が増えたグラハム子さんに母は「みっともない」「親だからこそ本音を言ってあげられる」と言い、その結果グラハム子さんは摂食障害になってしまう。父親はグラハム子さんの変化に気づくことはなかったのだろうか?
「両親は別居していたんですが、2、3年に一度父と会う機会はありました。『整形したことは言っちゃダメ』『摂食障害になったことも言っちゃダメ』と口止めをされていましたね。父は完全に部外者でした。父から『顔が変わっていないか?』みたいに指摘はされたんです。そしたら私が答えるより先に母が『そんなことないわよ〜、お父さんだって老けたから変わったじゃない』と言ったのを覚えています。娘に整形させたことが世間一般的におかしいことだというのは、母も自覚があったんでしょうね。でもそれ以上に“やってあげた”という気持ちが大きかったんだと思います。私は整形手術自体が悪いものだとは思っていなくて、大人になってから自分でホクロをとる手術は受けているんですけど、“やらされた”二重の整形手術は辛かったです。うまく表現できないんですけど、やらされた整形には“ありのままの顔で生きてはいけないんだ”と、自分自身を否定されているような辛さがずっとありました。今はもう自分の中のいろいろな感情に整理がついて、二重の糸がとれて一重に戻ってからも再手術はしていません」
母と2人だけの閉じた世界で育ったグラハム子さん。母の言うことが絶対ではないということにだんだんと気づいていくのだが、大きなきっかけになったのは「大怪我」なんだそう。
「20代前半の時に、怪我をして身動きができない時期があったんです。その時に母の強いすすめでやっていたスポーツもできなくなって、どう過ごしたらいいのかわからなくなりました。自分で決めるしかない、なのになんで自分にはこんなに決断力がないんだろうっていろいろ考えました。愛着形成とか心理学とか親子関係の本をいろいろ読み漁ったり、ネットで記事を読んだりして自分と向き合う時間ができて…それで今の自分になれました」
これだけ母から苦しめられたグラハム子さんだが、「悩みに悩んだ末、絶縁が私にとってはベストではない」と思い、母親とは心の健康を保てる範囲での付き合いを続けているのだそう。同じような境遇の人が親との関係性をどうするか悩んでいたら、なんと声をかけるか?と聞くとこんな風に答えてくれた。
「親に選択肢を与えられ続けた人って自分で決定するのが苦手なんです。でも自分で決めなきゃいけないし、それってすごい勇気がいることなんです。私もそうなんですけど、親を悪者とは思っていなくて。感謝している部分ももちろんあるんです。だからこそ複雑で、悩んでしまうんですよね。なので、今はまだ決断できなくても、未来のあなたならきっとできるようになっているよ、だから大丈夫だよ、と伝えたいです。あとは“絶縁か仲良くか”の2択ではないことも伝えたいです。私のように、絶縁まではいかないけれど、決して仲良くはない。そんな“自分にとってベストなグレー”を見つけるという方法もあるよ、と」
■今後の目標は年を取ることの希望を自分自身で示すこと
少しずつ母の呪縛から抜け出たグラハム子さん。母との思い出を昇華し、今の自分を認められるようになったのは自身の子供の存在が大きいという。
「子供はどんな私も好きなんですよね。親が子供に対してそうじゃなきゃいけないんでしょうけど、まず子供が先に親を好きなんですよ。母は自信がなかったんでしょうね、学歴とか肩書きとか地位とか目に見えるもので武装しないと自分を保てなかったんでしょう。子供に武器を与えることだけが親の愛だと思ってたんだと思います。もちろん、それも1つの愛なんですけどね。自由を与えて、そのままでいいんだよって言える強さが母にはなかったんでしょう。受け入れることが1番大切な愛だと思うので、自分の子供たちに対しては好きなものも嫌いなものも否定しないで見守っていきたいです」
また、今作では同じような体験をした多くの人からコメントが寄せられた。そういった反応についてはどう思っているのだろうか。
「タイトルこそ“整形を受けさせられた”としていますが、これはエピソードの一つにすぎません。この話で描きたかったのは親からの過干渉で、人生から選択肢を奪われて自分をなくしてしまうこと、そして自分を取り戻していく過程を描きたかったんです。読者の方もそれを感じてくださって、エリカに共感してくださるコメントを寄せてくださってとてもありがたいです。みんな頑張って生きてきたんだ、生きているんだというのが伝わってきます。皆さんにありがとうと伝えたいです」
グラハム子さんに今後の目標を聞くと「別作品で『美淑女戦隊 オバサンジャー』というおばさんが主人公の話を描いているのですが、これからも私と同年代の頑張るおばさんを描きたいし、自分自身も頑張るおばさんでありたい」とのこと。
「主婦だといわゆる家事スキルにつながる整頓や料理などを頑張ればいいんでしょうが、私はそういうのは苦手なんです。なので、今はバク転チャレンジをしていて、その様子をTwitterにもアップしています。夫からはなにやってんのって感じで呆れられているんですけどね(笑)。小さなことでも自分で決めた目標が達成できるとうれしいし、日々が楽しくなります」
目標を語るグラハム子さんの姿はまさに快活。辛い経験も飲み込んで、前を向いた姿が印象的だ。バク転ができる漫画家として活躍される日を期待したい。
取材・文=西連寺くらら