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真っ白な看板にみる「意味があること/ないこと」。現代美術家・木村華子の個展が京都で開催

  • 2021年10月9日
  • Walkerplus

関西を拠点に活動する現代美術家・木村華子さんが、個展「[   ] goes to Gray」を京都の「KAGANHOTEL」にて10月17日まで開催中。本展は日本、中国、台湾など10カ国の国と地域と290組のアーティストが集う国際アートフェア<UNKNOWN ASIA>で2018年にグランプリを受賞した作品「SIGNS FOR [   ]」シリーズの企画展で、キュレーターに芸術レーベル「keshik.jp」の黒田純平さんを迎え、地元関西では初の大規模での開催となる。

雲一つない青空に堂々と佇む、文字が書かれていない真っ白な空看板に青いネオンが配された同シリーズ。「意味があること/ないこと」というメッセージ性が込められ、「時代のポートレート」と謳われる本作はいかにしてうまれたのか。商業カメラマンとしても活躍しながら、現代美術家として本作を手がけた経緯や作品に込めた思いを聞いた。

■現代美術家としての歩み。自分の考えを、作品として形に
ーーどういった経緯で活動をはじめられたのでしょうか?

「ずっと美術館に行ったり現代美術が好きだったこともあり、同志社大学の美学芸術学科に進学して芸術を学びはじめました。とはいえ学校では、自分で作品をつくるというよりも、すでにある作品を研究したり、分析したりする学科だったんですね。突き詰めると美術館の学芸員になる人がいるような学科なのですが、私は特に深く考えず美術が好きだったので進学して」

ーー学ぶうちに作り手へ?

「3回生の就職を考える時期になると、私は性格的にも学芸員や企業に就職するのは難しそうだし、就職氷河期だったのでなんとなくカメラマンになろうかなと、ダブルスクールで専門学校に通い始めました。それまでは、カメラの仕組みも全く知らないような状態でしたが、卒業後もスタジオカメラマンとして働き始めてフリーになったんですね。その頃に、美術家というと絵を描ける人だったりがなれると思っていたんですけど、写真はひとつの作品ともいえるので、自分もプレイヤー側に立てるんだと気づいて展示したりコンペに出展するようになりました」

ーーカメラマンと現代美術家としての活動は、ほぼ同時期だったのですね。

「そうですね。当初は細々とやっていたのですが、2012年に日本最大級の写真展『御苗場vol.11』 でレビュアー賞をいただいたりと作品を評価いただけて。商業カメラマンとしてだけでなく、自分も作家として活動してもいいんだと思えるようになって、より積極的に制作に取り組むようになりました」

ーー受賞が現代美術家としての活動の後押しとなり、ひとつの転換期に。

「もうひとつ、今回の展示している作品を2018年に開催されたアートフェア『UNKNOWN ASIA 2018』に出展したところグランプリのほかレビュアー賞5部門、審査員賞4部門で受賞して。これを機に海外や東京でも展示させていただけたりと、活動の幅が一気に広がっていったと思います」

ーー商業カメラマンと現代美術家としての活動は、つながっている部分がありますか?

「同じ人間で、写真を扱うことがある以上はつながってはいるのですが、意識としては全然違って交わっていません。カメラマンは現場で瞬間的に撮ることになり、クライアントの方が求めている前提があるので、それ以上にいいものを撮るということを目指します。そこには確固たる基準があり締め切りがありますが、美術家としての活動にはありません。なので、誰に頼まれたでもなく自分の中の考えを形にしていき、制作に数年かかることもあります」

ーー意識も取り組み方も全く異なるのですね。

「カメラマンの方は私なりの『写真』のテイストがありますが、美術作品には出来るだけテイストのない写真を心がけています。作品は写真だけで完結させず、ネオンを付けたり、音楽を鳴らす時もあれば短文を書いたり、全く写真を使わない作品もつくりたい。そのため、肩書きを写真家ではなく現代美術家としています」

ーーカメラマンとしては依頼があって撮影することになるかと思いますが、現代美術家としてはどういった時に作品が生まれてくるのでしょう?

「強いきっかけとかはなくて、ぼんやりと恒常的に考えていることが物理的な輪郭ができてきて作品になっていきます。『SIGNS FOR [          ]』については、“意味があること/ないこと”といった現象について考えることが好きで、それについて『2018年はここまで考えました』ということを発表した作品になります」

■見た人の心がニュートラルになる作品になれば
ーー“意味があること/意味がないこと”について、木村さんが考えてきたひとつの到達点になるのですね。

「街中のビルで『こんなところに窓やドアがあっても、意味がなさそう』というものがあったりすると思うんですけど、そういった経済活動から離れた一見無用そうなもの(所謂、トマソン)が好きだったんですね。その一環である日、真っ白な看板が目について。ひとつ見つけると、どんどん見つかるようになり、かっこいいなと。最初は作品にしようと思っていなかったのですが、見つけて写真を撮っていたところから作品のイメージができていきました」

ーーどれぐらいの期間をかけて撮影されたのでしょう?

「広告募集中など何も文字が書かれていない真っ白な空(カラ)の看板を、雲ひとつない青空のシチュエーションの瞬間だけ撮影するというルールにしたため1年で10枚撮れるかどうかで。それを5年ぐらい続けたもの中から、今回展示しています。今も探しているし、気になったら撮っていますね」

ーーあえて、条件を設定して。

「そうです。他にも明るさなど若干の補正のみで、デジタル上で合成や消去などの加工をしないこと。看板部分以外の建物に書いてある文字も極力写さないこと。そして、わざわざ空看板を探しに行くためだけに家を出ない、という縛りを設けることで、完成まで時間はかかりますが作品に強度を持たせられるし自分にも向いているかなと。撮影にあたって、付随するノイズをなくせるような感覚です」

ーー探しに行かないというのは。

「空看板という広告としては機能していないけれど、たしかにそこにある。“意味があること/ないこと”が同時に成立していることを大きなテーマにしているので、あえて撮影しにでかけるということに自分の中で違和感があって。なので、街で偶然見つけた時だけ撮ることにしました。もちろん、空看板を見つけても曇りの時があるので、その時は場所をメモして晴れた時にまた撮影するのはアリとしています」

ーー5年かけて撮られたということですが、やはりこの新型コロナ渦においてより空看板が増えたのでは?

「空看板は不景気の象徴なので、渋谷での空看板の急増がニュースになっていたほど増えていますね。とはいえ、撮り始めたのはまだ新型コロナウイルスが流行する以前の2018年でしたし、生まれてこのかた不景気なので…。どんどん景気が悪くなっていくことへの、自分なりの向き合い方を作品の一部に込めていたりもします。そういった意味では、今回の展示において新型コロナウイルスは切り離せない事象なので、ステートメントの文章で触れていたり、関連したインスタレーションを見にきてくれた方が参加できる形で会場に設置していたりします」

ーー写真に取り付けられた青いネオン菅も印象的ですが、どういったところから着想を?

「駅や街頭で青いライトを見たことがあると思うのですが、あのライトに着想を得ました。青いライトには心を落ち着かせる効果があり、犯罪率や自殺率を低下させるといわれていて。そこで、何も描かれていない空看板にオーダーメイドしたネオン管をとりつけることで、見た人の気持ちがニュートラルになったらという思いで取り付けました。広告としての存在意義はない看板だけれども、堂々とそこにある。そんな存在に私自身が励まされているところがあるので、同じように見た人が落ち着けるような作品になればと」

ーー木村さん自身も撮影されながら、心が落ち着くと。

「どこかこの空看板を偶像化しているところもあって、見上げると『今日も仕事もなんにもはかどらなかったけど、まぁいいか。そこそこ元気だしそれだけで充分だな』って思えるんですよね。何も描いていない、意味をなしていない看板を見て、私も何もなくていいのだと思い出せる。人間ってどうしても、才能がないとやっている意味がないとか、自分に存在意義があるのかないのかと考えて、どんどん気持ちが落ちていくことがあったりすると思うんです」

ーー意味がないと、悪いことのように思うことがありますよね。

「だけど、自分がやってることや自分という存在に対して、意味があるかないかを決めることって実は重要でなかったりする。やりたいならやったらいいし、いたいならいていいと思うし、私は生きていることに対して意味の有る無しを固定しなくていいと思っているので」

ーー実際にご覧になられた方の反響はいかがですか?
「とても嬉しかったのは、『私も空看板を探すようになった』『見つけると、木村さんのことを思い出すようになった』と言っていただけたことですね。中には、『ここにありましたよ!』と教えてくれる方もいたり。私の作品を見て、日常での目線が変わるというのが嬉しかったです。また見にきてくださった方に、作品について話しているうちに、悩みだったり人生にまつわる深い話を直にさせていただけるようなことも」

ーー直に青いライトに照らされた作品を見つめているうちに、浮かび上がる思いがあったり。穏やかになった心だからこそ、素直に話せることがあるのかもしれませんね。

「実際の青いライトは、写真では写らないような独特の光になっているので、直に見て体感していただけたら嬉しいです。捉え方は人それぞれなので。今回は、地上1階と地下1階の二階層で、それぞれ明るい部屋と暗い部屋に分けています。異なる明るさで違った印象の作品を、初めて同時に見ていただける機会でもあります。現代美術といわれると難しく感じるかもしれませんが、併設されたカフェでお茶がてらにでも、気軽に足を運んで見ていただけたらと思います」

取材・文=大西健斗

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