恐竜捕食した超巨大ワニ、なぜ広く君臨できたのか、定説覆す新説

  • 2025年4月26日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

恐竜捕食した超巨大ワニ、なぜ広く君臨できたのか、定説覆す新説

 約7500万年前、北米で最も大きくて恐ろしい肉食動物は、恐竜ではなくワニだった。ラテン語で「恐ろしいワニ」を意味するデイノスクスは体長10メートル、体重5トンに達することもあった。骨の化石に残されたかみ跡から、恐竜を捕食していたことは明白だが、デイノスクスがなぜこれほど大きくなり、捕食者として広く君臨したかは謎だった。

 2025年4月23日付けで学術誌「Communications Biology」に発表された論文では、ワニの系統樹を見直して、この謎を解明したと主張している。さらに、デイノスクスが塩分を含む生息環境にどれくらい耐性があったかについても、これまでの認識が覆される可能性がある。

「デイノスクスはどのように北米全域の沿岸の湿地で頂点捕食者になったのか、なぜあれほど巨大化したのかをより深く理解したいと思いました」と研究に参加したドイツ、テュービンゲン大学の古生物学者マートン・ラビ氏は話す。

広くて丸い鼻は別々に進化か

 1858年に米国ノースカロライナ州で歯の化石が発見されて以来、古生物学者たちはデイノスクスを追いかけてきた。これまでに歯、装甲、頭骨の断片、骨格の一部がメキシコ、米国ユタ州、テキサス州、モンタナ州、ニュージャージー州などで発見されている。

 いずれも8200万年前から7200万年前に海岸線だった場所だ。デイノスクスは白亜紀の北米の低湿地で獲物を待ち伏せていたようだ。

 古生物学者たちは既知のデイノスクス3種をアリゲーター上科に分類している。現代のアメリカアリゲーターとヨウスコウアリゲーターを含む広範なグループだ。デイノスクスの広くて丸い鼻はクロコダイル、アリゲーター、その近縁種を含むワニ目でも特にアリゲーターと似ており、近縁であることを示唆していた。

 一方、今回の研究ではワニの系統樹における種の関係を比較して、デイノスクスの分類を見直した。論文によれば、デイノスクスは、現代のアリゲーターとクロコダイルが枝分かれする前のさらに古い系統に属し、両方の特徴を持っていたという。デイノスクスが、現代のイリエワニのように、河口や海岸といった塩分濃度の高い生息環境で繁栄できたのはそのためだ。

「デイノスクスはアリゲーター上科ではないとわかって驚きました」とラビ氏は振り返る。研究チームによれば、デイノスクスのアリゲーターに似た外見は、グループ内の類似性ではなく、異なる系統の生物が似たような特徴を独立して獲得する収斂(しゅうれん)進化の結果だった可能性が高いという。

次ページ:分類は理にかなっているが、異論も

 米ニューヨーク工科大学の古生物学者アダム・コセット氏は、研究チームの手法の一部に疑問を呈しているものの、分類は理にかなっていると考えている。デイノスクスの化石はアリゲーターとクロコダイルに見られる特徴だけでなく、「通常は系統樹の基のほうで見られる」特徴も持っているという。なお、コセット氏は今回の研究に参加していない。

 ラビ氏らは、新しい分類により、デイノスクスがメキシコと米国ニュージャージー州のような地理的に離れた場所で淡水と塩水の両方に生息するようになった理由を説明できるのではないかと考えた。

 アリゲーターは淡水の生息地を好むが、多くのクロコダイルは塩水に耐性がある。研究チームは、デイノスクスはアメリカアリゲーターよりイリエワニに近く、沿岸の生息地を移動するだけでなく、白亜紀後期に北米を二分していた先史時代の海を泳いで渡っていたと主張している。

 しかし、この主張を疑う研究者もいる。「デイノスクスは塩水に耐性があったとは思わない」とコセット氏は異議を唱える。

 例えば、テキサス州で発見されたデイノスクスは、海岸から決して近くない淡水の環境に暮らしていたと指摘している。ユタ州でも、海岸から決して近くなかった場所で、淡水魚や爬虫類とともにデイノスクスの化石が発見されている。デイノスクスは淡水環境を好んでいたかもしれないが、必要に応じて、塩分濃度の高い水域で獲物を探したり、移動したりする能力があったと考えられる。

「デイノスクスの化石が沿岸の堆積物からいくつも見つかっているのは、単なる保存状態の問題にすぎません」と、英ブリストル大学の古生物学者マックス・ストックデール氏は指摘する。

 海岸線は全体像の一部にすぎない。デイノスクスが化石のない環境に生息していた可能性もある。さらに、ナイルワニやアメリカアリゲーターのような淡水種も島から島へと泳いで渡ったり、海で過ごしたりすることが知られているため、入手可能な証拠だけで結論付けることはできないとストックデール氏は述べている。ストックデール氏も今回の研究に参加していない。

次ページ:巨大なワニの育て方

巨大なワニの育て方

 デイノスクスの生態については、まだわかっていないことがたくさんある。だが、巨大な捕食者だったことは疑う余地がない。

 デイノスクスの化石は、肉食のティラノサウルスと同じ地層からよく発見されるが、デイノスクスはティラノサウルスより大きく成長し、真の頂点捕食者だった。かむ力もティラノサウルスより強かったが、両者は共存していなかった。

 デイノスクスが繁栄するには、ずっと十分な食料が必要だった。デイノスクスが広範囲に分布していたことは、巨大な肉食動物に適した生息地が豊富にあったことを示唆している。

「巨大なワニを育てるには2つのものが必要です」とラビ氏は言う。早い時期に急成長することと、その成長を支える食料だ。

 デイノスクスがいた白亜紀後期、温暖な気候と地球規模の海面上昇のおかげで、北米の沿岸の湿地で生物が驚異的に増えた。ラビ氏らの論文には、こうした水圏生態系の性質こそが、これほど巨大な爬虫類の進化を可能にしたと書かれている。

「生産性の高い湿地は、そこに暮らす獲物を含めて、デイノスクスの進化に不可欠なものでした」とラビ氏は言う。これは、約1億2000万年前のアフリカと南米に生息していたサルコスクス、1600万年前から500万年前の南米にいた広い鼻を持つプルスサウルスなど、ほかの巨大なワニにも見られるパターンだ。

 変温動物であるワニにとって、巨大化の要因は食料だけではなかった。「デイノスクスの巨大化は、生息環境が安定していたことの裏付けでもあります」とストックデール氏は指摘する。

 変温動物のワニが進化するには、長期にわたって条件が整っている必要があった。地球の歴史において、完璧な生態系が何度か現れ、デイノスクスのような巨大動物の成長が促された。もしかしたら、再びそのような時代が来るのかもしれない。

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2025 日経ナショナル ジオグラフィック社