サイト内
ウェブ

ピックルボールが米国で大ブレイク中、健康によくセレブも続々

  • 2024年5月22日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

ピックルボールが米国で大ブレイク中、健康によくセレブも続々

 米ユタ州の会社経営者であるエド・ワーツ氏は、新型コロナウイルスの流行が始まったころに自身が経営するジムを閉めた後、アクティブでいる方法を探していた。ある晩、妻からデートで「ピックルボール」をやってみないかと提案された。「それ以来、妻と週に2〜3回プレーしています」と71歳のワーツ氏は言う。

 米国ではこの夫婦を含め3600万人がピックルボールをプレーしており、競技人口の伸び率が3年連続で最も大きいスポーツとなっている。

「比較的短期間で、ピックルボールの人気はすでにランニングやバスケットボール、サイクリング、ゴルフのレベルに達しており、現在プレーしている人の年齢層の広さから、この成長は今後も続くと考えられます」と、米オハイオ州のクリーブランド・クリニック・リハビリテーション&スポーツセラピーの理学療法士でリハビリテーションマネージャーのジム・エドワーズ氏は言う。

 1965年に米国で誕生したピックルボールは、テニス、バドミントン、卓球の要素を組み合わせたラケットスポーツだ。横6.10メートル、縦13.41メートルのコート(テニスコートはシングルスで横8.23メートル、縦23.77メートル)で、1対1(シングルス)あるいは2対2(ダブルス)でプレーする。選手は卓球のような硬いラケットを使い、中が空洞で表面に多数の穴が空いているプラスチックボールをネット越しに打ち合う。

 このスポーツの主な利点は、プレーする人が言うように楽しいだけでなく、体と心に良いということだろう。

「ピックルボールは、心血管系の健康を改善し、減量を助け、バランスや運動協調性、柔軟性を向上させる、本当の全身運動です」と、米メイヨー・クリニックの医師でスポーツ医学専門家のマシュー・アナステイジ氏は言う。「また、絶好の社交場にもなり、ストレスを軽くし、心の健康に良い影響を与えます」

 かつては老人や退職者がのんびりと楽しむ裏庭のアクティビティと考えられていた。しかし、ピックルボール・プロフェッショナルズ協会(APP)が2023年に行った調査により、米国のプレーヤーの平均年齢は34.8歳で、若いプレーヤーが毎年増えていることが明らかになった。

「現在、テイラー・スウィフト、ジョージ・クルーニー、レオナルド・ディカプリオ、ビリー・アイリッシュなどの有名人を含む、あらゆる年齢層の人々がピックルボールをプレーしています」と、米コロラド大学アンシュッツ医療キャンパスの精神科医で外来臨床部長のエミリー・ヘメンディンガー氏は言う。

 アメリカンフットボールのパトリック・マホームズやトム・ブレイディ、テニスのセリーナ・ウィリアムズ、バスケットボールのレブロン・ジェームズなどのスター選手も、このスポーツへの愛を公言している。

社会的な健康や心の健康に良い理由

 ピックルボールは社会的な健康やメンタルヘルスに大きな恩恵をもたらす。例えば、ピックルボールは年齢や性別に縛られないため、多様な背景を持つ人々を結びつけ、社交生活を向上させることが知られている。

「男性が女性と対戦することが多く、子どもは親や祖父母と一緒にプレーするのが一般的です。他のスポーツやアクティビティでは必ずしも見られるわけではないダイナミクスのおかげで、ピックルボールは間違いなくユニークなのです」と、米ウェスタン・コロラド大学の運動・スポーツ科学者であるランス・ダレック氏は言う。

 ピックルボールでは、プレー中だけでなく、コートやパートナーを交代する際にも定期的に社交が生まれる。それが、ピックルボールが孤独感を減らし、うつ症状を軽くし、人生の満足度を高めることを複数の研究が示す理由の一つだ。

「高齢者は孤立しがちで、うつや不安になりやすいため、これらの利点は特に重要です」とヘメンディンガー氏は言う。

次ページ:頭の回転もよくしてくれる

 ピックルボールは、頭の回転もよくしてくれる。

「ピックルボールは、反応時間、認知の柔軟性、複雑な思考などの認知機能を助けます」とヘメンディンガー氏は言う。なぜなら、各ゲームはテンポが速いため、適切なポジショニングとテクニックが必要で、ボールやチームメイトがどこに行くかを予測し、常に相手に反応しなければならないなど、複数の物事を一度に把握することが選手に求められるからだと、氏は説明する。そのすべてを、サーブの順序、ルール、複雑な得点システムを念頭に置きながら行うのだ。

「勝つためには、全体像と多くの細部を心に留めておく必要があります」と氏は言う。

 このように多くの物事への集中が必要とされるにもかかわらず、ピックルボールの社会的な要素や楽しさ、競争的な要素は、感情やストレス、不安のレベルをよりよく管理するのに役立つことが示されている。

「私たちが運動を勧める理由の一つは、エンドルフィン(いわゆる幸せホルモンの一つ)の放出を助け、人生のストレス要因から気をそらすのに役立ちうるからです」とエドワーズ氏は説明する。ピックルボールはこれら以上のものをもたらし、「心の健康を改善するための有用なツールになります」と氏は言う。

体への恩恵もたくさん

 ピックルボールが体にもたらす恩恵も同じく魅力的だ。

「ピックルボールは下半身と上半身の両方を使うので、全身運動として素晴らしいです」とヘメンディンガー氏は言う。

 ピックルボールは、ハムストリングス(太ももの裏)、でん筋(おしり)、大腿四頭筋、ふくらはぎなどの下半身の筋肉、さらに上腕三頭筋、大胸筋、三角筋(肩)、脊柱起立筋(背骨の両側)やすべての体幹筋などの上半身の筋肉を鍛えて引き締める。

「走ったり、ジャンプしたり、様々な方向に動いたりするたびに、体の構造全体がそれぞれの動きに適応するよう促されるため、さまざまな筋肉群が影響を受ける可能性があります」と、ピックルボール選手の治療とコーチングを専門とする米アリゾナ州在住の理学療法士ランドン・ウエッツ氏は言う。

 また、これらの動きは関節や骨の健康も改善するうえ、30分のゲームで200〜300キロカロリーを消費する。これは、一定のペースで30分間歩くより36%も多いカロリー消費量だ。

 ピックルボールは血液の循環もよくする。2018年6月に学術誌「International Journal of Research in Exercise Physiology」に掲載された研究により、プレー中の平均心拍数は中強度の運動に相当し、「心肺機能の向上、血圧の低下、コレステロール値の改善」をもたらすことが示されていると、この研究の共著者であるダレック氏は言う。

 エドワーズ氏は、ピックルボールが手と目の連動を助け、神経と筋肉のコミュニケーションや、姿勢とバランスの改善に役立つ点もたたえている。「いずれはうまく運動の協調ができるようになり、ドロップショットやスマッシュを打ったり、サーブやリターンショットにスピンをかけたりもできるようになります」と氏は言う。

次ページ:高齢者に特に有益、ただしけがも多い

 これらの利点は、65歳以上の高齢者にとって特に有益だ。高齢者は加齢による活動レベルの低下の影響を最も受ける。「加齢に運動不足が重なると、健康レベルの低下が加速し、2型糖尿病や心臓病などの様々な慢性疾患のリスクを著しく高める可能性があります」とダレック氏は説明する。

 ダレック氏の研究チームは、この年齢層を特に調査し、ピックルボールをプレーする高齢者の心肺機能のレベルが平均して約12%向上したと明らかにした。

「この改善は重要な恩恵をもたらします。10%改善するごとに、心血管疾患による死亡リスクが15%減るからです」と氏は説明する。それこそが「中高年層はピックルボールのようなアクティビティやスポーツを始めることで最も大きな恩恵を受ける可能性がある」理由の一つだと氏は言う。

ただし、けがも多い

 しかし、良い知らせばかりではない。ピックルボールに関連するけがは、プレーヤー数の増加に伴って当然のことながら増えている。例えば、米国では2013〜2022年に、ピックルボールによる手首や手、指の負傷が合計1万2021件あったと推定されているとフレデリクソン氏は述べる。氏によると、手首のけがが最も多く、医療介入が必要な場合の約70%を占めている。

 アナステイジ氏は、「単純な筋肉の痛みやねんざから、裂傷、骨折、肩の脱臼、それらの中間のあらゆるけがまで」、ピックルボールに関連する多くのけがを治療してきた。このような問題を避けるか軽くするために、「プレーヤーは始める前の段階で比較的良いバランス機能が必要です。なぜなら前後左右に多くの動きがあるからです」と氏は助言している。

 また、氏はプレーヤーに適切な靴を履き、各ゲームの前後にストレッチをするよう勧めている。

 ピックルボールでは「時速48〜64キロメートルのスピードで硬いプラスチックボールを打つため、保護メガネの着用が推奨されます」とフレデリクソン氏は補足する。

ピックルボールの始め方

 コミュニティセンターやピックルボールクラブで提供されている初心者向けのクラスやマンツーマンのコーチングは、始めるのに良い場所だ。

 ウェルツ氏は、ゲームを覚えるまでは高価なパドルを買わないよう勧め、気長に構えて上達するよう助言する。「ほとんどのスポーツよりも上達までの期間ははるかに短いですが、要領を得るのに2〜3試合かかることがあるので、苦労しても決して落胆しないでください。はじめは皆そうだったのです」

 ウエッツ氏は、数回練習してルールと基本的なテクニックに慣れてから、他の人がプレーしているコートに行き、見学したり飛び入り参加したりするよう勧めている。

「10分間であろうと日が暮れるまでプレーしていようと、いずれにせよ身体的にも精神的にも素晴らしい運動になります」とヘメンディンガー氏は同意する。

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2024 日経ナショナル ジオグラフィック社