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テイラー・スウィフトのアルバムの「Tortured Poets」って何?

  • 2024年5月11日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

テイラー・スウィフトのアルバムの「Tortured Poets」って何?

「わたしはあなたの顔を見て笑った。『あなたはディラン・トマスじゃないし、わたしはパティ・スミスじゃない』」

 2024年4月にリリースされたテイラー・スウィフトのアルバム『The Tortured Poets Department』。これを訳すなら、「悩める詩人クラブ」といったところだが、アルバムタイトルと同名の曲の一節で、その一員にふさわしそうな人の名前が挙げられている。ただしスウィフト自身を含め、彼らの前には、ロマン派と呼ばれる詩人たちの長い系譜がある。「悩める」詩人たちという型を作り上げたのは、有名なウィリアム・ワーズワースやジョン・キーツ、そしてあまり知られていないシャーロット・スミスやトマス・フッドといった作家たちだ。

 ロマン主義と聞くと、ロマンチックなものを想像しがちだが、実際にはそういうわけではない。ロマン主義が生まれた時代、世界はナポレオンの台頭と没落、奴隷貿易の廃止、工業化の進展を経験した。ロマン派の作家たちは、その世界を表現しようと、現実をゆがめて、幻想的に、ときにグロテスクに描写した。

ロマン派の誕生と広がり

「悩める詩人たち」の原型となったロマン主義は、18世紀後半に登場し、19世紀を通じて続いた運動だ。英国の詩人ワーズワースは、19世紀はじめに『抒情民謡集(リリカル・バラッズ)』への序文に、「あらゆる優れた詩は、強い感情のほとばしりから生まれる」と書いている。

 ロマン派の作家たちの多くは、それ以前の啓蒙主義時代の合理主義や秩序に反発し、現実を大げさに描いたり、現実にないものを描いたりした。自発性、直感、崇高さといったものを重視し、愛、自然、超自然、人間の経験といったテーマを扱う作品を追求した。

 その影響はヨーロッパの外にも広がった。たとえば、アフリカ系米国人の女性詩人フィリス・ホイートリーは、18世紀後半の奴隷制度という厳しい現実の中で、自由と精神性をテーマとした詩を書き、共感を呼んだ。奴隷制度の廃止を目指したオラウダ・イクイアーノは、自伝的物語に詩を取り込み、奴隷となった人々の苦境に注目し、その解放を訴えた。

 キューバの詩人フアン・フランシスコ・マンサノは、植民地主義による圧政からの解放を訴えた。メキシコの修道女ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスは、詩を通して愛と知性を探求し、社会規範に挑んだ。ロマン主義運動の地平を広げたのは、そういった人々の声だった。

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ダークロマン主義

 一方で、ドイツや米国では、ダークロマン主義というサブジャンルが広まった。暗く悲しい言葉で神と人との関係を追求するロマン主義だ。

 ロマン主義が暗い方向に向かった(あるいは、少なくとも、暗いものがはっきり表現されるようになった)のは、超絶主義が広がり、人の善性、統一性、優越性が注目されたことへの反動だった。それを一番よく見てとれるのが、完璧さを追求することに疑問を投げかけたナサニエル・ホーソーンの『あざ』だ。

 ドイツでは、中世をゴシック式にアレンジし、怪物や幽霊が登場する様式が発展した。その典型は、米国人作家エドガー・アラン・ポーが中世を舞台に野心と死生観を探求した『タマレーン』などに見ることができる。

新たな世代の「悩める詩人たち」

 19世紀も、作家たちは存在に対する疑問や社会問題に取り組み続け、死、帝国主義、技術の進展といったテーマを追求していった。クリスティーナ・ロセッティ、ラドヤード・キップリングといった人々は、『海辺の墓』や『The Female of the Species(種のメス)』(未訳)といった作品を通し、感覚的な言葉を使ってビクトリア時代の不安を表現し、深い感情に訴えた。

 20世紀になると、詩の表現も新たな時代を迎え、世界の政治や文化という方向に大きくシフトした。ガートルード・スタインやT・S・エリオットといった「失われた世代」の詩人たちは、型にはまらない文体で、度を超した資本主義や第一次世界大戦による荒廃を批判した。一方で、ディラン・トマスの1947年の詩『穏やかな夜に身を任せるな』は、死を前にしても、それにあらがうことを鋭く訴えた内容だった。

 新たな世代の「悩める詩人たち」が現れたのは、21世紀に向かう騒々しい流れの中だ。彼らは、先人たちの伝統を受け継ぎながら、自らの進むべき道を切り開こうとした。ベトナム戦争、公民権運動、女性解放運動など、1960年代の抗議運動の影響で、詩はさらに進化し、アーティストたちの活動によって、抵抗の手段としての詩と音楽の境界はあいまいになっていった。

 詩人から歌手に転身したパティ・スミスは、1970年代のパンクシーンの先駆者となった。「悩める詩人たち」という伝統は、今もまだ受け継がれていて、さまざまな芸術媒体や世代を通して、大きなインスピレーションを与え続けている。スミスの影響力も、スウィフトがそれに触れたことも、その証拠だろう。

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