久しぶりに会った親が「老いてきたなぁ」と感じることはありますか?
著者の島影真奈美さんは31歳で結婚し、仕事に邁進する日々を送っていました。33歳で出産する人生設計を立てていたものの、気づけば30代後半!いよいよ決断のとき…と思った矢先、なんと義父母の認知症が立て続けに発覚してしまい…。
話題の書籍『子育てとばして介護かよ』から、仕事は辞めない、同居もしない、今の暮らしを変えずに親の介護を組み込むことに成功した著者の、笑いと涙のエピソード『義父母はすでに、地域の「見守り対象」だった。地域包括の面談で知らされた事実』をお届けします。
※本作品は島影真奈美、川著の書籍『子育てとばして介護かよ』から一部抜粋・編集しました
じつは訪問させていただいておりました
「ママの様子がおかしいのよ! アンタ、何か知らないの!?」
夫のケータイに義姉から電話がかかってきたのは、2017年のゴールデンウィークが明けてすぐの時期だった。米寿の祝いをでっちあげてまで実家を訪れながら、何もできずに終わった2017年のお正月。もの忘れ外来を受診したという義父母からの連絡はなく、こちらからもアクションを起こさないまま、1ヶ月、2ヶ月……。気づけば半年近く経とうとしていた。
電話を受けた夫によると「姉貴はパニックを起こしていて、何を見聞きしたのか確認するだけでひと苦労だった」という。
事の発端はいとこの春子(はるこ) さん(仮名)がゴールデンウィークに夫の実家に遊びに来たことだった。介護経験のある春子さんは、そこにあった違和感にすぐ気づいたらしい。
さりげなくのぞいた冷蔵庫には賞味期限切れの食材がぎっしり詰まっていたし、テーブルには食べかけの食品が放置されていたという。決定的だったのは義母が「うちの父が久しぶりに遊びに来てくれたの!」と語っていたことだった。夫の祖父は30年以上前に他界している。
「死んだ人が見えるなんて!」と義姉は嘆き悲しみ、「とにかくヘルパーを頼むべき」と夫に強く主張していたそうだ。夫は「検討は必要だろうけど、一足飛びにヘルパーを頼む話になるのは違うような……」と首をひねっていた。
なんせ、義母の悩みの種は「2階の女性」である。そんななか、ヘルパーさんが出入りするようになったら、それこそ「見知らぬ女性が!!」と大騒ぎになりそうな気もした。
春子さんの勧めで、義父母が住む町の地域包括支援センターに相談に行くことになったと聞かされた。義姉は当初、ひとりで相談に行くつもりでいたと思う。親のことを相談するために急きょつくったLINEグループ(義姉と夫、わたしが参加)にも、そんなメッセージが流れていた。
これまでの関係性を考えれば、そのまま義姉に任せるのが自然な流れだった。夫は長男ではあるけれど、末っ子で親とは長い間、疎遠な関係だった。結婚するまでは実家にまったく寄りつかない生活をしていた。しかも、地域包括に相談に行く日は地方出張が重なっている。
わたしは、何を血迷ったか、「大学院が休講なので一緒に行ってもいいですか」と義姉に提案してしまった。いったい何を考えていたのか。
おそらく半分は好奇心。大学院の授業でも時折耳にしていた「地域包括支援センター」という場所が何をしてくれる場所なのか、どんなやりとりがあるのか、見てみたかった。もう半分は、ヘンな使命感だった。
これまで義姉と会うときはいつもお互いの家族が一緒で、ふたりきりになったことは一度もない。夫がいないところで会うのは正直不安だった。ただ、多少気まずい思いをするとしても、ここは歯をくいしばってでも、行っておくべき局面のような気がしていた。
「じつは半年ぐらい前から訪問させていただいておりました」
地域包括での面談が始まったとき、まず最初にそう告げられた。義父母はすでに、地域の〝見守り対象〞だったという。
きっかけは、盗難騒ぎだった。義父が怠慢だと憤慨していた警察官は、すみやかに地域包括に連絡を入れていた。それ以降、地域包括の看護師、保健師といった専門職の方々が定期訪問もしてくれていた。
義母が「女ドロボウが薬や洋服を盗んでいく」と訴えていることも地域包括はしっかり把握していた。
これまで訪問するなかで、それとなく介護保険の利用を義父母に勧めてくれていたともいう。
しかし、義父母は頑として首を縦に振らなかったらしい。
「わたくしたちはまだ困っておりませんので、もっと困っているお年寄りを助けてあげてください」
「子どもたちは皆、仕事があり忙しいので迷惑をかけたくない。絶対電話をしないでください」
そんなふうに繰り返し断られたという。
「ご本人たちがそうおっしゃるので、わたしたちとしてもそれ以上の介入が難しくて……。ご家族さまからご連絡をいただけて本当に良かったです。本当にありがとうございます」
家族が見過ごしていた義父母の異変を地域の公的機関は把握していたのだ。そのことにお礼を言い、お互いの知っている情報をすり合わせ、次の対応策を相談する。
訪問介護(ホームヘルプ)などの介護保険によるサービスを利用するには、まず要介護認定を受ける必要がある。その申請のためには、主治医を決めなくてはいけない。できれば、認知症だという診断が確定しているのが望ましい。
……ってどうやって、それ実現するの? 「自分たちはまだまだ大丈夫!」と信じて疑っていない親に、どう話を持っていけばいいのか。
途方に暮れるわたしの横で、義姉は「やっぱりヘルパーを入れたほうがいいですよね!」と熱く主張していた。
看護師さんたちは「そうですねえ……」と、やさしくあいづちを打ちながら、具体的な手続きの話に戻そうとしていた。介護の窓口になる「キーパーソン」を決める必要があるという。でも、義姉のマシンガントークは止まらない。
「そういえば、民生委員の方に訪問してもらったりできないんですか? あのあたりは町内会がしっかりしていると思うんですけど。町内会長は替わっていなければ、通りの向こうにある大きな家の……そうそう、今日って父の誕生日なんですよね。実家には寄りませんけど」
どんどん話がズレていき、収拾がつかない。どうしよう……。
面談中には結局、キーパーソンを決めることができなかった。
「なんかいろいろ大変なことになりそうだね。これからどうしたらいいのかしら」
地域包括から最寄り駅に向かう道すがら、義姉はしきりに不安がっていた。わたしは心底疲れ果てていた。そして、つい言ってしまったのだ。
「手続きとか引き受けましょうか。平日動けますから」
「本当に? それは助かるわ。仕事をそうそう休むわけにもいかないから」
口にしてから気づいた。夫に相談もしないまま、「キーパーソンになる!」と宣言してしまったのだ。
著=島影真奈美、マンガ・イラスト=川/『子育てとばして介護かよ』(KADOKAWA)