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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第67回 環境福祉国家の柱となるソーシャルファームジャパンの設立

  • 2009年8月13日

第66回 不況を乗り越えて環境の時代を切り開く 環境福祉国家の柱となるソーシャルファームジャパンの設立
社会福祉法人恩賜財団済生会理事長
地球・人間環境フォーラム理事長、元環境事務次官
炭谷 茂

無断転載禁じます

貧困と密接な関係があった水俣病に学ぶ

 私は2006年9月に環境事務次官を退任するまで37年2ヵ月間、公務員を務めました。仕事は3分の1が環境、3分の1が医療、3分の1が福祉でした。環境と福祉の仕事を経験し、自然に「環境福祉学」という学問を提案しました。21世紀は環境政策と福祉政策をうまく結びつけることによって大きな成果が得られると思います。
 2001年1月に環境庁が環境省になり、私は厚生労働省から環境省に移りました。初めて水俣市に行って、私は誤解していたことがわかりました。水俣病は水俣市全域で発生したと思っていたのです。
 水俣病の発生した地域に行くと、「これは貧困地域じゃないか」ということに気づきました。なぜ貧困地域に水俣病が発生したかというと、昭和20年代、食料難でお金もなかった。そこで近くの海に行って魚を捕ってきた。その魚は、チッソによる有機水銀によって汚染されていた。その魚を多食したために水銀中毒になったのです。水俣病というのは、人類の歴史の中で最悪の公害病です。一方、貧困というのは福祉の対象です。人類最大の公害病というのは、実際は貧困と非常に密接な関係がある。つまり、環境問題というのは福祉問題抜きにしては考えられないのではないかと思いました。

就労機会のない人にチャンスをもたらす環境の仕事

 高齢者、障害者、引きこもりや、ニートの若者、刑期を終えた人、難病の患者。仕事をしたくても仕事ができない人が最低2,000万人いる。現在、日本の就労人口は6,500万人です。それと比べても大変大きいウェートを占めます。どうしたらいいのか。それに役に立つのが実は環境の仕事なのです。
 例えば、環境省の推計では、現在環境ビジネスに携わっている人は2000年に77万人。2020年にはそれが124万人程度になる。しかし、77万人が124万人になったその差、47万人を誰が埋めるのか。日本も労働力が不足していきます。仕事をしたくても仕事ができなかった人たちが埋めることは可能ではないかと思います。環境と福祉を結びつける環境福祉事業の実現を私は訴えています。
 愛知県西尾市にデンソーという自動車のカーステレオなどを作っている会社があります。1万2,000人の働く工場があり、食堂から食品廃棄物が出ます。その処理を社会福祉法人のくるみ会というところに任せています。
 くるみ会の理事長は榊原さんという女性です。榊原さんは養護学校の先生をしていましたが、生徒たちは卒業後に行くところがない。働く場所がない。生活する場所がない。それに心を痛めた榊原さんは50歳くらいで早期に退職し、退職金でくるみ会をつくりました。それにデンソーが食品廃棄物の処理を依頼しました。榊原さんは工夫して非常に質の良いコンポストを作りました。有機農法をする農家に飛ぶように売れるそうです。これは、環境と福祉の仕事が結びついた環境福祉事業ではないかと思います。私はそのような事業を行うソーシャルファームの提案をしています。

環境福祉事業の具体化を目指す

 ソーシャルファームというのは、1970年代に北イタリアのトリエステで生まれました。精神病院の患者さんが入院しているよりも地域に出て働きながら通院した方が健康に良いといわれました。そこで、病院のスタッフと患者が一緒になって始めたのがソーシャルファームです。この運動は瞬く間にイタリア全土に広がり、ドイツ、イギリス、オランダへと広がりました。欧州に1万社以上できています。私は日本で2,000社にしようと2年前から運動をしています。
 仕事はリサイクル、有機農法、森林や公園の管理などいろいろあると思います。障害者がつくったから、高齢者がつくったからといって悪いものではだめなのです。 ソーシャルファームの先輩格としてヤマト福祉財団があります。ヤマト運輸の創業者、故・小倉昌男さんが、障害者のために私財をなげうって設立し、スワンというパン屋を始めました。製パン大手のアンデルセンの高木誠一社長が、小倉さんの思想に感銘してパン作りのノウハウを無償でヤマト福祉財団に提供したのです。ですから、ヤマト福祉財団の障害者が作っているパンはおいしく、市場でも負けないのです。

福祉と環境が両立する21世紀の環境福祉国家

 20世紀の福祉国家というのは、できるだけパイを大きくして、それを配分する。高所得者から低所得者に配分をしていく。これが福祉国家の原理です。つまり、福祉国家はパイを大きくするために環境を破壊しなければいけない。ですから、福祉国家論の教科書には、福祉と環境は両立しないと書いてあります。
 しかし、21世紀にそんなことが本当に許されるのか。21世紀は環境も福祉も良くなる。そのような環境福祉国家というものを目指さなければいけないのではないかと思います。20世紀にできなかったことが21世紀にできるかというと、私はできるのではないかと思います。今、環境に熱心に取り組んでいるスウェーデンやドイツやイギリスは、福祉にも熱心です。
 一つのツールとして環境税があります。環境事務次官の時、当時の小池百合子環境大臣と一緒に、この環境税の収入を福祉に使えばどうかということを提案しました。しかし、これは袋叩きにあってしまいました。つまり、環境をやっている人間は「せっかく環境税を取ったのに何で福祉のために使うのか」と言うのです。一方、福祉の人間は「環境税から1,000億円や2,000億円をもらっても、福祉の世界では大した金額ではない」と言うのです。しかし、私は今でも小池さんと一緒に提案した環境税を実現して、これを年金財源や後期高齢者の医療費に使うのが正しいという信念を持っています。ドイツ、デンマーク、スウェーデン、オランダ、イギリスなどヨーロッパはそれで成功して、環境と福祉というものをうまく両立させている。そういう政策手段があるのではないかと思います。

高い給料は払えないが1円の税金もあてにしない

 ソーシャルファームの一つの限界は、給料はそんなにたくさん払えないということです。つまり、私が想定しているのは、月給が10万円を少し超える程度のものです。ソーシャルファームは、1銭も税金を投入しないことが前提で、ビジネス的手法でやるというところに特色があります。
 例えば生活保護を受けていた人が、ソーシャルファームによって月10万円得られれば、生活保護から脱却でき、働くことの喜びも味わえます。働くということは人間のプライドを高めてくれると思います。私が考えている日本型の福祉国家というのは、ヨーロッパのような高負担の福祉国家ではなく、国民の負担についていろいろな工夫ができると思います。環境税も単に環境のためだけに使うと、大きい負担になります。しかし、環境税を設定する時に自動車や石炭にかかっている税金を調整して環境税として取る。それは負担増にはならない。しかも、それを福祉に回すことによって、福祉にこれまでつぎ込んでいる公的な財源を減らすことができます。
 福祉国家というのはイコール大きい政府と、とらえられているけれども、そうではない道があるのではないかと思います。むしろそうでない道を選ばなければ、21世紀は良い国家像ができないのではないかと思っています。公と私の間にある第三の職場、物質的な欲望を抑え、満ち足りることができる新しい分野がソーシャルファームです。これからの社会のあり方を考えると、このような第三の分野を築かないと社会が回っていかないように思います。

(2009年1月19日東京都内にて)


(グローバルネット:2009年2月号より)


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