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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第42回 環境福祉学とは何か?

  • 2007年7月12日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

特集/つながる「環境」と「福祉」
環境福祉学とは何か?
環境福祉学会副会長、(財)休暇村協会理事長
炭谷 茂

無断転載禁じます

環境も福祉も大切なのはわかるけど

 環境の重要性は、本誌の読者であれば当たり前である。一方福祉を充実させる必要性も異論はない。認知症高齢者を抱え苦労している人もいる。子供の不登校で悩んでいる親も多い。環境も福祉も大切だとはわかるけれど、それを「環境福祉」とくっつけるのはなぜかと首をかしげる人は多い。社会に好感の持たれる二つの言葉を並べて大向こうの支持を集めようとしただけではないかといった批判が聞こえそうである。

 私は、昨年9月5日に退官した。37年2ヵ月の公務員生活であった。決して国家公務員のキャリアとして本流を歩んだわけでなく、むしろ脇道、迷い道、獣道をたくさん歩いて来た。それだけ変化に富んだ経験をすることができた。

 その中で大きな比重を占めていたのが、環境と福祉である。1969年6月に大学を卒業して旧厚生省に就職した。最初に配属されたのは、公害問題も扱う環境衛生局の筆頭課であった。周りで公害被害者が声を荒げて抗議している姿を度々見た。この頃の公害行政の大半は、厚生省で所管されていたこともあって、公害問題にどこか福祉的アプローチがなされていた。その後、環境庁の発足や地球環境問題のような一見日常生活とは離れた問題の登場などにより、環境と福祉の関係は疎遠になって来た。私も福祉の仕事のウエートが高くなり、環境問題に対する関心が薄くなって来た。

 2001年1月、環境省の発足とともに再び環境の仕事に就いた。それまで長く福祉行政に浸かっていただけに環境の仕事をしながら福祉との関係は何かないか考えていた。それは案外無駄ではなかった。水俣市を視察した時、私は水俣病が貧困と直結していることにすぐ気づいた。貧困問題を研究し、全国各地の貧困地域を訪れている私は貧困の一つのパターンを水俣病発生地域に見出した。

 2002年のヨハネスブルグでの地球サミットでも環境と福祉の関係を考えさせられた。地球サミットの第1のテーマは、途上国での環境悪化と貧困の悪循環であった。貧困からの脱出を目指してジャングルを切り開き、コーヒー、紅茶などを作る。しかし、自然の破壊は土砂崩れなどを招き、せっかくの農地を破壊し、貧困を悪化させる。そこで再度ジャングルを伐採し、農地造成を試みるという繰り返しが途上国での常態である。

 このようにして環境と福祉の関係を考察することは重要であり、公務として両者の仕事に長く携わってきた私の宿命的な役目ではないかと思うようになった。

子供たちの心のゆがみと自然体験

 環境事務次官になった2003年夏、私にとって衝撃的だったのは、12歳の男子がスーパーマーケットの立体駐車場から幼児を投げ下ろして殺してしまうという、長崎市での事件である。環境行政から何かできないのかと考えた。

図-1 子供の自然体験

図-1 子供の自然体験(作成:ポンプワークショップ)


図-2 自然体験と道徳観・正義感

図-2 自然体験と道徳観・正義感
(作成:ポンプワークショップ)


 参考になったのは1998年に平野吉直信州大学助教授が実施した調査である。平野先生は、小中学生1万1,000人を対象に自然体験の有無を調べた。子供たちの自然体験は、大変寂しい(図−1)。海や川で泳いだことがほとんどないという子供が1割以上もあった。日の出や日の入りを見たことがないというのが3分の1以上もいるのはびっくりする。これでは童謡の「夕焼け小焼けで日が暮れて」がイメージできない。

 平野先生の調査は、自然体験と道徳観・正義感との相関関係を分析している。その結果は、図−2のとおり明確な相関関係の存在を示している。自然体験の豊富な子供たちは、道徳観・正義感が強いのである。山や野原で遊び、ホタルを観察し、星を見つめる子供は、他人を思いやり、親切にする。

 鴨下重彦東大名誉教授は、『初心を忘れたか 南原繁と戦後60年』(南原繁研究会編)の中で「乳幼児期の人間形成と環境との関係」という調査に参加した経験を紹介している。この調査は、江崎玲於奈、西沢潤一、福井謙一等日本学士院賞の理科系の受賞者70人余について「創造的な研究をするために子供の頃に何がよかったか」をアンケートしている。その結果第1位は、自然の豊かな環境の中で自由に過ごしたことであった。

 このように自然環境は、子供の成長に重要な役割を果たしている。であるならば、引きこもりや不登校の青少年が自然体験を行えば改善の一方法になる。そこでNPO青少年自立援助センター(工藤定次理事長)に2003〜2005年度の3年間、約50人の引きこもりや不登校の青少年に自然体験をしてもらう事業を委託した。月1回の試みではあったが、かなりの成果を挙げることができた。

環境と福祉の融合へ

 このように環境と福祉は大変関係がある。相互の関係を考えることによって両者を発展させることができる。社会福祉施設では部屋の中で展開されるケアだけに関心が向く。でも周辺の緑、遠方の山並みは施設入所者の心身の健康に大きな影響を与える。八ヶ岳の麓にある知的障害者施設「緑の風」の利用者の笑顔は素晴らしい。遠方の富士山の姿、山からのさわやかな風が心地よい。

 さらに環境と福祉が融合するならば効果が飛躍的に発揮される。環境にも良く(エコ)、福祉にも良い(ユニバーサル)デザインの製品がこれからの市場に歓迎されるだろう。電気製品、住宅、家具、自動車、食品、化粧品、文房具など多分野で考えられ、特許の対象になる。一つの商品やサービスが環境と福祉の両者の向上に寄与する「環境福祉商品」もある。

 「環境福祉事業」もある。環境省の予測によると環境産業は今後急成長する。この担い手として障害者、高齢者、ニート・引きこもり等の若者が期待されている。両者は21世紀の産業・労働分野において絶好の組み合わせとなる。

 「環境福祉のまちづくり」で、他には見られないまちが発展する。富山市のLRTを中心に据えたまちづくりは、この一例である。

 さらには「環境福祉国家」こそ21世紀において世界が目指すべき国の姿である。20世紀の福祉国家は環境を破壊することで建設された。しかし、21世紀は許されない。両者とも向上させる道を切り開いていかねばならない。なかなか難しいが、方法はあるはずである。と言うのは、人間の生き方として自然環境の中でゆっくりと質的に高い生活を目指す人が増加している。これは「環境福祉国家」の理念と同一だからである。

 環境福祉学を発展させるため2年前に環境福祉学会が設立された。ホームページ(http://www.kankyofukushi.jp/)も作成されているので、関心ある人の入会が待たれる。

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