その瞬間にその場でしか味わえない、作りたてのおいしさを味わうというデザートの醍醐味。その魅力を存分に堪能できる、デザートコースを提供するお店が増えています。
カウンターに腰かけ、シェフの言葉に耳を傾けながら目の前で仕上げられるひと皿、ひと皿に胸を高鳴らせ、香りや温度、音を感じ、味わいを楽しむひとときは、まさに至福の時間。
とっておきのデザートコースを味わいに、いざ!
日本茶と発酵を織り交ぜたデザートコース「茶湊流水」でいぶし銀のような存在感を放っているのが、2022年、東京・神楽坂にオープンした「VERT」です。
「『茶湊流水』は、行雲流水(物事に執着せず、自然の成り行きに身を任せることを意味する言葉)になぞらえた名前です。湊は人、物、事、文化が集まる場所。それらを自然体で受け入れ、お茶をもっておもてなししたいという思いをこめて、スタッフと一緒に名づけました」と話す、オーナーシェフの田中俊大さん。
パティシエとして活躍してきた田中さんがお茶との魅力に開眼したのは、6年ほど前。自身の故郷である福岡県の山科茶舗のお茶に出合い、そのおいしさや繊細な味わいと甘みとともに、さまざまな品種があることや味の幅の広さに衝撃を受けたといいます。
そして、「VERT」をオープンし、デザートにお茶を合わせるのではなく、お茶とデザートが「2つでひとつ」のおいしさを完成させるという、研ぎ澄まされた感性と独自性が光るデザートコース「茶湊流水」をスタート。デザインをそぎ落とし、黒と緑、金で統一された店内は、まるでモダンな茶室のようです。
自らの足で茶畑を訪れて生産者と交流し、五感で感じた茶畑の情景をデザートコースに落とし込むという田中さん。そのお茶と合わせて、デザートに使用する旬のフルーツも日本各地から上質なものを厳選しています。それらの自然な甘みや旨み、香り、酸味などを引き出すために使われているは、発酵の手法。
お菓子やデザートには砂糖を使うことが常ですが、「素材の味わいを生かしたいと思うとき、砂糖の甘みは邪魔になります。お茶の風味は繊細で甘みもあり、フルーツもそもそもそれ自体が甘いのに、デザートでその甘みを生かせないのはどうなんだろう、と思ってしまって。発酵をよく知る料理人から習得し、随所にそれを取り入れてコースを組み立てています」と、語ります。
内容は月ごとに替わり、目の前で淹れられるお茶とつくり上げられるデザートを、五感で堪能できます。2024年5月のコースを見ていきましょう。
コースへの誘いとして、まずは、お茶を一服。田中さんがそのときどきに特別な思い入れを持つお茶や、品評会で一等一席の評価を得た高級茶などが供されます。5月には、田中さんが生産者の元を訪ねて一緒に火入れした、岐阜県東白川村「松雪園」のほうじ茶を。
東白川村のヒノキの台にのせて、その香りとともに。ほんのりとした香ばしさと清々しさが体に染み渡ります。
立夏をイメージした柏餅を、岐阜県東白川村「茶ノ蔵」の煎茶とともに。「茶ノ蔵」の森本さんの紹介された赤みその五平餅に想を得て、柏餅の餡には赤味噌を使い、ベルガモットの香りをまとわせて。餡の塩気とさわやかさに、お茶のすっきりした味わいと苦みがマッチします。
神奈川県「八木下農園」の石内小夏とバラを発酵させて仕上げた無加糖のアイスクリームに合わせたのは、西内小夏のジュレと、みりんでコンポートにした西内小夏の皮、昆布茶の泡のソース、黒文字の新芽。柑橘の清々しい香りが力強く押し寄せ、豊かな余韻をもたらします。
黒文字の新芽のシャープな香りと苦みがアクセント。同じく黒文字の新芽とアスパラガスを加えた今年出来立ての新茶は、福岡県朝倉市「山科茶舗」から。
「日本で一番早い新茶になります。ちょっと鰹っぽいニュアンスがあるので、アスパラガスの旨みを合わせました。柑橘には、日本の食材が持つ旨みがよく合うと思います。アイスクリームにはもうひとつ香りがほしくて、フレッシュなバラの花びらを石内小夏と一緒に発酵させました」と、田中さん。
季節の素材を使った水羊羹は、シグナチャーメニューともいうべきひと皿。グレープフルーツにも似た美生柑のゼリー寄せと、発酵させたレモンの香りを移したゼリー、発酵させたマンゴーを合わせた白餡を3層に。白餡以外は無加糖で、柑橘の清々しい酸味とみずみずしさ、マンゴーの厚みある果実味が白餡のやさしさと繊細に重なり合い、つぶつぶとした美生柑の食感も魅力的です。
美生柑の苦みとよく合う福岡県八女市「千代乃園」の和紅茶には、マンゴーと相性のよいコーヒーと、月桃、3年熟成させたライチのシロップを加えて。さまざまな香りが重なり合って引き出される、ふくよかなハーモニーが楽しめます。
コースのなかで必ず登場するのが、温かいデザート。衣をつけて揚げたフレッシュな長崎県産枇杷のなかには、発酵させた無加糖の枇杷が詰められ、驚くほどの甘みと果実味が広がります。
その上にフレッシュなビワとカキオドシ(シソ科のハーブ)をあしらい、枇杷の種を煮出したソースとバナナの葉のオイルを添えて。八重桜のたおやかな香りとパイナップル果実味や酸味、甘みを加えた埼玉県狭山市「やまとう栗原園」の和紅茶が、甘やかに調和します。
「『枇杷は香りが弱い』と言われるので、枇杷の香りを伝えたくてつくりました。おそらく、日本一枇杷が香るひと皿だと思います」と、田中さん。
続いて登場したのは、ルージュロワイヤルという品種のバラと松ぼっくりを乳酸発酵させて酸味を引き出し、発酵させた竜眼のエキスを加えたスープに、発酵させた竜眼、山形産サクランボを加え、蒸し焼きにしたひと皿。
イチゴのような香りを持つ静岡県磐田市「マルヒ製茶」の和紅茶に、発酵させたバラを加えたグラニテをかければ、サクランボや竜眼の果実味に支えられ、気品あるバラの香りが豊かに広がります。
表面を覆うクレソンと松の実のソースの鮮やかな緑に目を奪われる、グラス仕立てのデザート。ソースの下から、発酵させたイチゴ「とちあいか」のゼリーと、昆布締めにしたセミドライのイチゴ「とちあいか」が現れ、イチゴの旨味が口いっぱいに。つぶつぶとしたマスタードがアクセントを添えます。
合わせるお茶は、埼玉県入間市「池乃屋園」の棒焙じ茶に、苺と相性のよいジェニパーベリーとインカインチ(南米アマゾン周辺で収穫されるナッツの一種)、カリンの酵素シロップを加えて。棒焙じ茶の香ばしさとジェニパーベリーのキリリとした香りが、クレソンの苦みともよく合います。
コースの終盤には、あんみつも! アイスクリームには、神奈川県秦野市「高梨茶園」の製茶前の茶葉「北命」が使われ、青々しい強い香りが口いっぱいに。寒天には、その裏手にある放棄茶園(管理が行われず放置された茶園)の枝を燃やした香りがつけられています。
そして、白玉にはその畑の土を練りこみ、茶葉の新芽の素揚げを添えて、茶畑の香りとともに。あんこの代わりに添えられているのは、ほんのり土の香りとスモーキーさを漂わせる北海道産の黒豆です。
下には米麹とともに発酵させたメロンと米麹が敷かれ、「北命」が持つメロンのようなニュアンスとリンクします。これに寄り添うのが、青っぽさを漂わせるカラマツの新芽と「高梨茶園」の藪北の和紅茶を合わせた昆布茶。茶畑の風が体を吹き抜けていくようなマリアージュに、心が揺さぶられます。
コースを締めくくるひと皿は、焼きおにぎりです。木の芽味噌を塗った焼きおにぎりを、昆布水で引いた鰹出汁に浸し、大葉のオイルをかけて。付け合わせには、発酵キャベツを。「和食の締めはご飯ですし、日本人は大好き。
デザートが最後まで続くと、ずっと前のめりで締まった感じがしないので、焼きおにぎりをお出しすることにしました」と、田中さん。
お茶は、神奈川県秦野市「高梨茶園」で7年前に蒸した茶葉を、教えを請いながら田中さん自ら手もみ茶にしたもの。お湯の中でふわりと広がっていく茶葉の色や姿も美しく、すっきりした旨みと青い香りがやさしく広がっていきます。
「デザートコースをやっているつもりはないんです。僕としては、レストランで使う食材がデザートに変わっただけ。食材の持っているポテンシャルを最大限に引き出したいと思っています」と話す、田中さん。
お茶や食材をつくる生産者の気持ちや労力に敬意を払い、思いをこめて物語のように紡ぎ出される繊細な味わいには、“おいしい”を超えた感動があふれています。
オーナーシェフ 田中俊大さん
1989年福岡県生まれ。「カルムエラン」(現在は閉店)、「メゾン・ダーニ」、「ジャニス・ウォン」(現在は閉店)などを経て、レストラン「ジャン・ジョルジュ東京」のシェフ・パティシエに就任。「ラトリエ ア マ ファソン」でシェフ・パティシエを務めたのち独立し、2022年、「VERT」をオープン
VERT
所在地 東京都新宿区津久戸町3-19 DeLCCS神楽坂津久戸町2F-A
電話番号 非公開
営業時間 12:00〜、15:30〜
定休日 不定休
Instagram @vert_jpn
茶湊流水
料金 15,000円(9皿+お茶9種類のペアリング)。コース内容は月替わり。15,000円。
開催日時 定休日と特別メニュー以外の12:00〜、15:30〜一斉スタート
※テーブルチェックからの完全予約制。毎月20日に翌月分を受付開始
文=瀬戸理恵子
写真=鈴木七絵