2024/12/01 05:00 ウェザーニュース
「ハイエイタス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ハイエイタスは英語の「hiatus」のことで、「中断」「停滞」などと訳されます。
「ハイエイタス」は気象学の用語としても、少し前からしばしば使われています。特に「地球温暖化の停滞」という文脈で使われことが多い言葉です。
地球温暖化は年々進行しているイメージがありますが、少し前には、進行が停滞していた時期もあることがわかっています。
この「地球温暖化のハイエイタス」について、最近、JAMSTEC(ジャムステック/海洋研究開発機構)および国立環境研究所(以下、国環研)から注目すべき発表がありました。それは何なのか、ウェザーニューズ気候テック事業部の吉良真由子(以下、キラ)の見解をまじえて解説します。
1998〜2012年の間は、地球温暖化が停滞・減速したことがわかっています。
「人為的な温室効果ガスによる気候変動があってもなくても、地球の気候は一定ではありません。
毎年エルニーニョやインド洋ダイポールモードなど、地球規模の現象により”暑い年”や”寒い年”があります。また、長期的に見ても、太陽活動や火山活動などにより気候は変化します。
このような毎年の変化や長期的な変化を自然変動といって、人為的な要因による気候変動とは区別して考えることが一般的です。
1998〜2012年に地球温暖化が停滞・減速した原因も、これまではラニーニャ現象(※1)や太陽活動の低下など、自然変動によるものと考えられていました。
つまり、海面水温の低下と太陽活動の低下という自然変動によって、人為起源の温室効果ガスによる地球温暖化の進行が一時的に緩やかになっていたといわれていました。
こうした現状認識がある中、JAMSTECおよび国環研の研究チームは、1998〜2012年の地球温暖化の減速に関し、世界で初めて人為起源の要因、つまり、人間の活動の影響について詳しく調べました。
研究チームが発表した結果を見ると、1998〜2012年のハイエイタスには、自然変動だけでなく、人為起源の影響があることもわかります。
それに加えて、温室効果ガスには二酸化炭素以外の物質も大きく影響していることが改めてわかります」(キラ)
どういうことか、次項で詳しく見ていきましょう。
※1/ラニーニャ現象とは、赤道付近の東太平洋、国でいえば、ペルーやエクアドルの沖合の広い範囲で海面の水温が異常に低下する現象
発表された研究では、これまで指摘されていたラニーニャの冷却効果によるハイエイタスは50%程度で、約26%が太陽活動の低下によるものであることが示されました。
この研究では、さらに二酸化炭素以外の温室効果ガス、特にメタンとオゾン層破壊物質(オゾン層の破壊につながる化学物質)の役割も新たに調べました。そして、これらのガスの排出抑制による効果はハイエイタスの約24%を占めていることが明らかになりました。
「それぞれのパーセンテージを見ると、ラニーニャの冷却効果が約50%、太陽活動の低下の効果が約26%なので、従来考えられていた自然変動によるハイエイタスは約76%で、残りの約24%はメタンとオゾン層破壊物質という人為起源の温室効果ガスの排出削減の効果だとわかります
おおまかに言うと、ハイエイタスの3/4は自然変動によるもので、1/4は人間による温暖化対策の効果ということです」(キラ)
メタンとオゾン層破壊物質はなぜ削減され、1998〜2012年のハイエイタスにつながったのでしょうか。
「大気中に放出されるメタンの約40%は湿地などからの自然起源であり、化石燃料採掘、畜産、バイオマス燃料などの人為起源によるものは約60%とされています。
メタンの削減に関しては、特にヨーロッパ、ロシア、中東における農業とエネルギー部門からの排出量の削減が貢献しています(※2)。
オゾン層破壊物質の削減に関しては、モントリオール議定書に基づくオゾン層破壊物質の段階的廃止などが地球温暖化の減速に寄与しました。モントリオール議定書は、オゾン層破壊物質の生産と消費を段階的に廃止し、成層圏のオゾン層を保護するための世界的な協定で、1987年に最終決定されました」(キラ)
地球温暖化や気候変動の問題を論じる上で、二酸化炭素が最も重要な温室効果ガスであることは変わらないでしょう。
しかし、この研究によってメタンとオゾン層破壊物質の削減が1998〜2012年の間、ハイエイタス、つまり地球温暖化の停滞・減速に重要な役割を果たしていたことが明らかになりました。
「温暖化に対し『温室効果ガスが地球を温暖化させている。だから、温室効果ガスを減らせば温暖化は抑制される(はず!)』と思っている人は多いでしょう。裏を返せば、世界はまだ『温室効果ガスの削減によって温暖化が抑制された』という結果(成果)を見たことがなかったともいえます。
しかし、国立環境研究所のこの研究によって、『人為起源の温室効果ガスの削減は温暖化の抑制に効果がある』ことが科学的に立証されました。このことの意義は非常に大きいでしょう。
一般市民ができる温暖化対策は小さな規模ですが、積み上げていくことで温暖化が抑制されることがわかれば、私たち市民のモチベーションにもつながるはずです」(キラ)
ウェザーニュースでは、気象情報会社の立場から地球温暖化対策に取り組むとともに、さまざまな情報をわかりやすく解説し、皆さんと一緒に地球の未来を考えていきます。気候変動の急速な進行を食い止めるために、私たちも身の回りのできることから取り組み、一緒に地球の未来のことを考えていきませんか?
※2/アマゾンなど熱帯域からのメタン排出が急増しているという報告があったり(詳細は現在も研究中)、温暖化の加速による微生物の活発化からメタンが増加したりしているなど、近年は再びメタンが増加傾向。各国の温暖化対策(温室効果ガス削減)の計画の修正が必要になるのではないかという研究もある
参考資料
JAMSTEC・国立環境研究所「CO2以外の温室効果ガス排出削減が温暖化を減速させていることを検出」