2024/11/09 05:00 ウェザーニュース
新米が全国各地から出荷され、食欲の秋を象徴するおいしいごはんが味わえる時季になってきました。さらに旬の具材をふんだんに使い温かく食べられる「炊き込みごはん」は、朝晩の冷え込みが厳しくなったこの頃には、ぴったりの食べ物といえるでしょう。
そんな炊き込みごはんの呼び方の地域性や由来、用いられる具材の違いや特徴などについて、歳時記×食文化研究所代表の北野智子さんに詳しく教えて頂きました。
ウェザーニュースでは、具材をごはんに混ぜ込んで炊いた“料理”を「『炊き込みごはん』以外の呼び方をしますか?」というアンケート調査を実施しました。
その結果、関西全域では「かやくごはん」、栃木県と佐賀県では「五目ごはん」が主流でした。
三重県と沖縄県でも「その他」の回答が半数を超えました。過去に実施したウェザーニュースのアンケートによると、それぞれ三重県では「味ごはん」、沖縄県では「ジューシー」と呼んでいることが多いようです。
なぜ、地域によって違った呼び方があるのでしょうか。
ごはんに具材を混ぜ込んで作る同じような食べ物の名前がどうして違っているのかは、「歴史的な文献をたどってみても正確な理由や由来は明らかではありません」と話す北野さんは次のように続けます。
「おそらく『昔からそう呼ばれてきたから/親がそう呼んでいたから』といったあたりが、その理由ではないでしょうか。
食文化や郷土料理などに関する複数の史料でも、炊き込みごはんの別の呼び名は回答にもあった『かやくごはん(かやくめし)』と『五目ごはん』程度で、わずかに沖縄の『ジューシー』が記載されていました。
ある郷土料理の解説書では、炊き込みごはんを『炊き込み飯』と表記して、『米とその他の具材を一緒に炊き込んだもので、醤油味をつけたものが多く、五目飯、煮込み・醤油飯などともいわれます/炊き込み飯と同じ具材を別に煮て、飯に混ぜ込んだものは混ぜ飯といわれました』とあります。
また、ある辞書では炊き込みごはんを『魚介・肉・山菜などを入れ、味付けして炊いた御飯』とし、かやくめしは『主に関西で五目飯のこと』。そして五目飯とは『野菜・魚・肉などを細かく切ったものをまぜて炊き込んだ飯。加薬飯』と、堂々巡りのような定義がなされています」(北野さん)
「かやくごはん」が主流の関西に隣接する三重県の「味ごはん」は、異彩を放っている感じがします。
「先の辞書では味ごはんに似た『あじつけめし』を『味をつけて炊いた飯。茶飯・鳥飯など』。別の辞書では味ごはんの解説として『三重県、東海地方の方言で【炊き込みご飯】のこと。漁業の盛んな東紀州(三重県南部)地域では、白身の魚と一緒に炊き上げたものをいう』と、やや具材について絞り込んだ事例も紹介されています。
ただし、味ごはんが東海地方で一般的な表現だとは言い切れないようです。たとえば愛知県豊田市の蔵元 桝塚味噌(のだみそ株式会社、1928年創業)の副社長にお尋ねしたところ、『味ごはんとは呼ばずに炊き込みごはんと呼び、子どもの頃は「にんじんごはん」と呼んでいた』そうです。
理由は、具材に鶏肉やシイタケが入ってはいるものの、地元でよく獲れるニンジンの量が突出して多かったからだそうです。タコの名産地で三河湾に浮かぶ日間賀島(ひまかじま/愛知県南知多町)の炊き込みごはんは『たこ飯』と呼ばれるなど、全国的に調理法より具材を主体とした呼び方をする地域も少なくないようです。
個人的な見解としては、炊き込みごはんとは、かやくごはん、五目ごはん、味ごはん、ジューシーほか、『米とさまざまな具材と出汁を炊き込んだごはんを総称するもの』だと思っています」(北野さん)
炊き込みごはんの調理法は、古くから存在したものなのでしょうか。
「炊き込みごはんのルーツといえるのは『糅めし』といわれるものです。『糅』には主食に他の物を混ぜて炊いた飯という意味があり、米に粟(アワ)、稗(ヒエ)、麦、豆、ダイコン、イモ類、海藻などを混ぜて炊いた飯のことをいいました。
奈良時代には米の不足を補うために、米に粟や麦などの雑穀や堅果類を混ぜて食べていたという史料がありますが、江戸時代中期になると、米を節約するために生まれた糅めしが、季節の具材を楽しむ米飯料理として発展するようになりました。
1802年(享和2)年に発行された、米飯料理専門の料理書『名飯部類(めいはんぶるい)』にはすでに、粟めしから黍(キビ)めし、栗めし、赤飯、鰒魚(アワビ)めし、鶏卵(たまご)飯、焼鳥めし、淡竹筍(タケノコ)めし、松たけ(マツタケ)飯など、全87種もの炊き込みご飯が紹介されています。
この時代は農村の疲弊が進んだものの、全体的には農業生産力だけでなく都市の商品経済力も向上したため、『名飯部類』のような料理書の登場は人々の生活にゆとりができ、食生活においても単に空腹を満たすだけでなく、楽しみの要素を加味できるようになったからといわれています。
埼玉県秩父地方では、現在でも戻した干しシイタケや野菜、油揚げなどを醤油で炊き込んだごはんを『かてめし』と呼んで、主にハレの日(行事や祭礼などの特別な日)に食しているそうです」(北野さん)
関西のかやくごはんにはどのような歴史・由来があるのでしょうか。
「古くは加薬飯や加役飯、船場(せんば)かやくとも呼んだようです。加薬は漢方由来の言葉で香辛料や薬味を意味します。薬問屋が集まっていた大坂道修町(どしょうまち/大阪市中央区)で、滋養のある野菜と乾物を選び出してごはんに炊き合わせたことからこの名が付いたともいわれています。加役は料理用語で、主材料に加える補助的な材料を意味します。
具材をたくさん入れるとごはんが増えておかずと兼用できるので、昔から大阪では『かやくごはんにおかずはいらん』といわれてきました。手間がかからず経済的にも優秀な一品で、合理性を好む大阪人の生活が生み出した料理といえます。
かやくごはんの具材は、かしわ(鶏肉)、薄揚げ、コンニャク、シイタケ、ニンジン、ゴボウなどを細かく刻んで、鰹(カツオ)と昆布の出汁に醤油とみりんを加え、米と一緒に炊き上げます。薄味に調味することが肝要で、それぞれの味が楽しめ飽きもこないので、何杯でもいけてしまうのです。さらに具材の味がごはんに染み込み、冷めてもおいしいのが特長です。
かやくごはんはもともと、かしわは入れずに野菜のみが具材だったそうですが、戦後に鶏肉を入れた釜めしが流行したため、入れるようになったともいわれています」(北野さん)
五目ごはんにはどのような由来がありますか。
「室町時代の『ほうはん(芳飯・包飯・苞飯・餝飯・法飯)』が起こりとも考えられています。器に盛ったごはんの上に味付けした野菜や乾肴の細かく刻んだものを置き、すまし汁をかけるものです。もともと精進料理の材料で僧家が作ったことが『法飯』という名の由来といわれています。
江戸時代中期になると、この調理法によるものが『ごもく飯』と呼ばれるようにもなったといいます。『名飯部類』には『骨董飯(ごもくめし)』と記され、ご飯を炊いて沸騰し、吹きこぼれが始まったら食べやすく切ったアワビ、揚げ麩(ふ)、卵焼き、シイタケ、マツナ、ミツバ、セリなどをごはんの上にのせて、よく蒸らすとあります。
食べる時は飯椀に入れて、ネギや海苔などを散らして出汁をかけるというもので、『集飯(あつめめし)』ともいわれました。
ちなみに『五目ごはん』の具材は8種類もあれば3種類もあるなど、5種類とは限りません」(北野さん)
炊き込みごはんの具材は、地域によって異なるのでしょうか。
「特徴的な具材として、沖縄の『ジューシー』の豚肉が挙げられます。一般に“肉といえば、関東は豚肉、関西は牛肉”といわれますが、炊き込みごはんの肉は全国的には鶏肉が多いので、豚肉をメインの具材とするのは珍しいのではないでしょうか。
ジューシーの語源は『雑炊』の転訛(てんか)だと思われ、具には豚肉、ニンジン、シイタケ、沖縄特産のカステラかまぼこ(行事料理に欠かせない魚肉に鶏卵を練り込んだ黄色のかまぼこ)が入り、豚肉と鰹節の出汁で炊きます。
硬く作れば炊き込みご飯の『クファジューシー』、軟らかいと雑炊(おじや)の『ヤファラジューシー』と呼ばれます。いまでもお盆のウンケー(お迎え)や冬至には必ず作られるそうで、もともと行事や祝いの料理といわれています。
兵庫県の播磨山地の方ではかつて『煮込み』と呼ばれ、皮鯨(カワクジラ)を入れるとあり、淡路島では冬場の炊き込み飯には、ヒラメ、カレイ、ハマチを入れたそうです。
全体的にはその地元で獲れるものや特産品などが入ったり、その量が多かったりするものと思われます。
江戸時代の、白飯に数種の具材を混ぜて、すまし汁をかける汁かけごはんや出汁茶漬け的な食べ方に比べて、米と具材、出汁を一緒に炊き込む現在の炊き込みごはんは食感などにも飽きがこないうえに、具材や味わいを変えることで数えきれないほどの種類を楽しむことができます。
もともと“貧乏食”ともいわれた糅めしが、現在の多彩で美味な炊き込みごはんに発展していったことを思うと、昔の人々のお米へのなみなみならぬ感謝の念や知恵と努力、工夫に感動すら覚えます」(北野さん)
北野さんは「全国でさまざまな炊き込みごはんが生まれ、発展したことに感謝したい」といいます。食欲の秋に旬の具材を用いた、好みの炊き込みごはんを味わってみてはいかがでしょうか。
出典・参考
『ユネスコ無形文化遺産に登録された和食〜ふるさとの食べもの』(和食文化国民会議監修・和食文化ブックレット6/今田節子・清絢著/和食文化国民会議)、『大阪の教科書 増補改訂版〜大阪検定公式テキスト』(橋爪紳也監修/創元社)、『図説 江戸料理事典』(松下幸子著/柏書房)、『江戸 食の歳時記』(松下幸子著/筑摩書房)、『江戸の食文化 和食の発展とその背景』(原田信男編/小学館)、『絵でみる 江戸の食ごよみ』(永山久夫著/廣済堂出版)、『どっちがうまい!? 東京と大阪・「味」のなるほど比較事典』(前垣和義著/PHP研究所)、『沖縄家庭料理入門』(料理 渡慶次富子・吉本ナナ子/編集室りっか編/農山漁村文化協会)、『聞き書 兵庫の食事』(「日本の食生活全集 兵庫」編集委員会 代表 和田邦平/農山漁村文化協会)、『ごはん通』(嵐山光三郎著/平凡社)、『食の万葉集』(廣野卓著/中央公論社)、『民俗学辞典』(柳田國男監修/東京堂出版)、『デジタル大辞泉』(小学館)、『デジタル大辞泉プラス』(小学館)
写真:ウェザーリポート(ウェザーニュースアプリからの投稿)