
右耳難聴や子宮内膜症など、自身の体験をわかりやすくコミカルな漫画で描いてきたキクチさん(kkc_ayn)。なかでも、母親の自宅介護と看取りがテーマのコミックエッセイ「20代、親を看取る。」では、自宅介護の現実や、“親との死別”と向き合う中で複雑に揺れ動く感情が描かれており、同じ経験がある人や親の老いを感じ始めている同世代などから大きな反響を集め、2023年に書籍化された。
コミックエッセイ「父が全裸で倒れてた。」は、母を看取ってから約2年後、今度は父が病に倒れてしまう話だ。母の介護・看取りを経たことで落ち着いて対応できることは増えたものの、あの時とは違い、一人っ子として頼れる家族がいない中で様々な決断を迫られることになるキクチさん。いつかは誰もが直面する“親の老いと死”についてお届けする。
今回は、病に負けまいと力強く立ち向かう父の姿と、介護経験者なら共感できるかもしれないあるあるエピソードをお届けする。
第10話1-1 / 作=キクチ
第10話1ー2 / 作=キクチ
第10話2-1 / 作=キクチ
第10話2-2 / 作=キクチ
第10話3-1 / 作=キクチ
第10話3-2 / 作=キクチ
■筆談で「ありがとう」と言いながら涙を流す父を見て…
面会時、「病には負けないぞ」と言わんばかりに力強く作者の手を握り、筆談で意思疎通を取ろうとする父。会話でのコミュニケーションは取れないものの、必死に生きようとする父の気持ちが伝わってくるだけでも安心感があっただろう。
「こんなに大変な中で『ありがとう』という言葉が最初に出てくるのってなかなか難しいことですよね。私ならどうするんだろう。そもそも、意識もぼーっとしていて、指先が安定しない状態で『伝える』ことをするのだろうか、と考えちゃいます。目を合わせて、手を握るので精一杯になりそう。父の行動には『生きてやるんだ』というエネルギーが溢れているなと思いました」
第10話4-1 / 作=キクチ
第10話4-2 / 作=キクチ
第10話5-1 / 作=キクチ
第10話5-2 / 作=キクチ
第10話6-1 / 作=キクチ
第10話6-2 / 作=キクチ
震える文字でホワイトボードに書かれた「ありがとう」と、父の涙。この先のことを考えると作者自身も悩みはつきないが、涙を流す父を前にすると、自然とポジティブな言葉が出てくるところに“親子の支え合い”を感じる。
「父が涙を流すときは絶対に、上を向いて涙をこらえながら『こんちくしょー!泣かされちゃったぜ!』って我慢しながら泣くんです(江戸っ子みたい…)。だから私は、このとき初めて父がぽろぽろと涙を『普通に』流す姿を見て、さすがの父でも心の中では不安でいっぱいだし、辛いし、弱ってるんだなと思いました。
父の性格的に、寄り添うよりも鼓舞するほうが良いだろうと思ったので、体育会系のように『やってやろうぜ!』『ファイト!』『100歳まで生きたおばあちゃんの息子なんだから遺伝子最強だろ!』と励ました。そうするとみるみるうちに涙が止まって、ちょっと心が切り替わったようです」
コロナ禍で母が入院し面会ができなかった時には、近況を新聞のようにまとめた「KIKUCHI JOURNAL」を作って持っていくなど、デザイナーとしてのスキルも活かしながら介護をしてきた作者。今回も指差しボードを作ったものの……父はお気に召さなかった様子(笑)。それも“介護あるある”とのことで、共感できる人も多いかもしれない。
「私は貢献欲が強いようで、人のためになることを率先してやりたいタイプ。ただ介護というのは、こちらが『普通』の感覚で良かれと思って行動しても、空振りで終わることが多いと感じます。例えば母を在宅で介護していたとき、レトルトの介護食をストックしましたが、母からの食事のリクエストは『アイス』『フルーツ』『飲み物』ばかり。購入した数日後には全く食べられない状態になり、介護食は結局私が全部食べました。
あとは寝たきりでも楽しめるように大きいテレビを買ったけど、薬のせいでほとんど眠るようになって、見なかったり。元気な状態の人間には想像もつかないようなことが起こることを経験していたので
父のことも『あらら、仕方ないか〜』で済みました。
でもそもそも私がやりたくてやっているだけで、感謝されたいとか見返りを求めているわけではないので、介護という場面じゃなくても『仕方ないね』で終わるような気がします!(笑)」
父の病状が一気に好転したわけではないけれど、病に負けず生きようとする強い精神力を感じられた今回のエピソード。つらい状況も淡々と、時にクスリと笑える場面を挟みながら描くキクチさんの漫画を、今後も楽しみにしてほしい。
医療監修=a0ba