
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
コロンビアのジョナサン・ガスカはサーマルショック・ウォッシュドという珍しい生産処理を施したコーヒー。豆売りは16グラム693円
九州編の第110回は福岡県北九州市にある「ASLAN Coffee Factory」。およそ90万人の人口を有する北九州市において、約20万人が暮らす小倉南区にあるロースタリーだ。ただ店がある上葛原は小倉駅周辺のように繁華街というわけではなく、決して店を営むのに恵まれた立地というわけではなさそう。一方で「ASLAN Coffee Factory」には東京や大阪など遠方からコーヒーマニアが訪れることが徐々に増えてきているという。当然、近くを通りかかってといった偶然ではなく、同店のInstagramやホームページを見て、狙ったうえでの来店だ。その理由が「ASLAN Coffee Factory」を訪れてみると見えてきた。
【写真】ロースターの柳生弘志さん、バリスタの有香さん
Profile|柳生弘志(やぎゅう・ひろし)さん、柳生有香(やぎゅう・ゆか)さん
福岡県北九州市出身。高校卒業後、東京の大学に進学し、都市社会学を学ぶ。卒業後、自分自身が本当にやりたいことを模索。手に職をつけたいという思いからさまざまな仕事の現場を見て回る中、焙煎を体験したのを機にコーヒーのおもしろさに開眼。広島のニシナ屋珈琲で焙煎の修業を積む傍ら、シアトル系コーヒーチェーンでダブルワーク。そこでバリスタ業務、サービスのイロハを学ぶ。2019年6月、ニシナ屋珈琲の代表に背中を押され、「ASLAN Coffee Factory」をオープン。有香さんはもともとは客で、同店に通い始めてコーヒーの奥深さ、味わいの多様性を発見。結婚し、今は2人で店を切り盛りしている。
■一度の焙煎体験が人生を変えた
豆売りをメインに、店内にカウンターもあるのでカフェのように利用するのもOK
国道10号からサンリブシティ小倉というショッピングモール方面に向かっていくと、小さな建物にCOFFEEという看板と、ライオンをモチーフにしたロゴマークを見つけた。ここが「ASLAN Coffee Factory」だ。屋号に掲げたASLANはトルコ語でライオンを意味し、勝利の象徴でもあること、さらに語感がよかったことから命名。笑顔で出迎えてくれたオーナーロースターの柳生弘志さんは、見るからに穏やかで優しそうな雰囲気で初見ではライオンのイメージはない。店に入ってまず目を引くのが店舗空間の1/4ぐらいを占める大きな焙煎機。フジローヤル半熱風式5キロと初めて導入する焙煎機としては比較的大きめのサイズ感だ。もともと広島にあるロースタリー・ニシナ屋珈琲を入口にコーヒーの世界に入ったという柳生さんだが、その理由は一般的なそれとは少し異なる。
興味を持ったらとことん突き詰める性格の柳生さん
「大学では都市社会学を専攻し、トルコの大学に留学したりもしましたが、さまざまな理由から社会学者になる道をあきらめました。ただ学ぶこと、探求することは好きだったので、なにか手に職をつけたいと思って、職人の仕事についていろいろ調べました。実際に体験できる機会があればチャレンジもし、そのときにコーヒーの焙煎に出合い、直感的にもっと学びたい、もっと知識を深めてみたいと感じたんです。その場で師匠に弟子入りを志願して、およそ4年間、焙煎を学ばせていただきました」と、柳生さんはコーヒーの世界に入った経緯を話す。
ほとんどのコーヒーは試飲を用意。フレンチプレスで抽出
修業を積んだロースタリーは深煎りメイン、一方でプライベートで通うコーヒーショップは東京発のスペシャルティコーヒー専門。このショップで浅煎りならではのフルーティーな味わい、明るいアシディティ、華やかなフレーバーに魅了された柳生さん。
「もちろん妖艶な味わいのクラシカルな深煎りも大好きなのですが、浅煎りのシングルオリジンは深めの焙煎のそれとは違う魅力があることに気づかせてくれました」
焙煎の基礎を学んだのは深めの焙煎を主とする老舗ロースタリーだが、コーヒーの世界観をさらに広めてくれたのはスペシャルティコーヒーに特化した東京発の気鋭のロースタリー。そんな少し変わった環境に身を置いた修業時代の約4年間を経て、柳生さんは2019年6月に「ASLAN Coffee Factory」をオープンさせる。
■100グラム数千円の特別な豆を積極的に
コーヒーは大きくハウスブレンド、比較的スタンダードなシングルオリジン、プレミアムなラインの3カテゴリに分かれる。常時12〜14種の豆をラインナップ
開業した当初は比較的仕入れもしやすく、他店でもよく目にする産地、生産処理の豆を選んでいたが、少しずつ希少品種、生産量が少ないプレミアムな豆に心が向かっていった柳生さん。100グラム単位の販売価格が3000円、4000円、なかには1万円近くするような生豆を仕入れ、焙煎をするようになっているのがここ1、2年の動き。そういった豆を1〜2杯分抽出できる16グラム単位で販売しているのは同店ならでは。
超希少なアブーコーヒーはイートインだと1杯1815円
2024年12月取材時の最も高価な豆はパナマ アブーコーヒー ゲイシャ ウォッシュドで16グラム1800円、48グラム4701円。なかなかここまで高価なコーヒーを常時扱っているロースタリーは多くなく、おそらく九州では数えるほどしかないだろう。この、他店ではなかなか取り扱いがない希少なコーヒーが、冒頭で述べた遠方からコーヒーマニアが同店をめがけて訪れる理由になっているというわけだ。一方でハウスブレンドは100グラム727円、スタンダードなシングルオリジンは100グラム1200円程度と、デイリーで求めることができる価格帯のコーヒーも常時用意している。
試飲して好みの味わいを見つけてみよう
柳生さんは「プレミアムなコーヒーを用意しているのは、他店との差別化という側面もありますが、一番は私自身が世界的にも高い評価を得る豆を焙煎してみたいという点に尽きます。そういう生豆があることを知ってしまうと、自分だったらどんな風に焙煎できるか試したくなる。とにかく興味があることは体験して、知って、深堀りしたいんです」と目を輝かせながら話す。
気になるコーヒーはドリップバッグから試してみるのもいい
この“知りたい欲”が「ASLAN Coffee Factory」の一番の強みだろう。当然、商売なので売れる・売れないは考えなければいけないが、まずは自分が味わってみたい・焙煎してみたい、さらにはよそではなかなか見かけないハイグレードかつ特別なコーヒーがあることを多くの人に知ってほしい。この思いが同店の豆のラインナップに表れているといえるだろう。
おもに抽出、サービスを担当するのは妻・有香さん
バリスタとして店に立つ妻・有香さんもまた抽出に際し、同じように探求を止めない。目新しい器具は積極的に試し、より自身が表現したい味わいを引き出せる器具をセレクト。現在使っているのは、円錐形とフラットボトムのいいとこ取りのようなフォルムのLiLi Dripper。
SIBARIST Boosterはドリッパー底面にセットし、その上にペーパーフィルターを重ねて使用
そこにドリップアシストツールのSIBARIST Boosterを組み合わせることでコーヒーはより甘みを増し、ジューシーな味わいに。さらに抽出した液体をParagonで急冷し、香り、フレーバーを引き立たせる。ここまでよりおいしい一杯を抽出するためにさまざまな器具を用いているバリスタもまた多くない。そういう意味では弘志さんと有香さんのコンビは最強かもしれない。
■独自の工夫で焙煎セオリーを覆す
半熱風式のマシンで、完全熱風式に近い火の入り方ができないか模索中
マニアも楽しませる「ASLAN Coffee Factory」は、焙煎の方法から独自性のあるやり方を一貫している。ユニークだったのが、焙煎機のドラム内の圧力を測る計器を独自に取り付けていた点。なぜドラムの内圧を計測する必要があるのか聞いてみると、「完全熱風式の焙煎機のように真空に近い状態で生豆にカロリーを加えたいと考え、計器を取り付けました。要はドラム内の対流熱をもっと上げたいと考えた末のカスタムです」と柳生さん。半熱風式の焙煎機ではなかなかやらない方法だが、今ある環境でどうにか理想とする焙煎に近づけようとする姿勢は、探求を止めない柳生さんらしい。さらに柳生さんはジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ(JCRC)に出場し、願わくば自身が納得できる結果を残したいという思いを強く持っている。
オンラインストアの商品説明も大切にしている。それぞれの豆の裏側に流れる物語を感じられる
「自分の焙煎、味作りの方向性が果たして間違っていないのか客観的に知りたいという思いはもちろんですが、競技会に挑むことでたくさんの学びを得たい。そして、そういった経験から得た学びをお客様に還元していけたらと考えています」と柳生さん。明確な目標を語る姿はロゴマークに掲げたライオンのように力強い。他店とは一味違う豆選びをしたり、味わいづくりを意識し、実行する「ASLAN Coffee Factory」。これから注目を集めていく、北九州市発の個性派の一店になっていきそうだ。
■柳生さんレコメンドのコーヒーショップは「通山珈琲」
「福岡市の鳥飼にある『通山珈琲』さん。まず、オーナーロースターの通山さんの人柄が素晴らしく、それがコーヒーの味わいにもにじみ出ているよう。比較的新しい店ではあるのですが、“人”ありきで多くの方々に魅力が伝わってきた福岡のコーヒーカルチャーを自然体で体現できている一店だと僕は感じています」(柳生さん)
【ASLAN Coffee Factoryのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 半熱風式5キロ
●抽出/エスプレッソマシン(★★機種名入れる★★)、ハンドドリップ(LiLi Dripper)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム727円〜
取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)
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