
岸善幸監督と菅田将暉さんが、「あゝ、荒野」以来7年ぶりのタッグを組んだ映画「サンセット・サンライズ」。都会から移住したサラリーマンと宮城県・南三陸の住民たちとの交流や、コロナ禍や地方の過疎化、震災などの社会問題を盛り込みながらユーモアたっぷりに描く。
お二人に、ロケ地となった気仙沼での撮影秘話やヒロインを演じた井上真央さんとのエピソード、さらにアメリカの独立系映画スタジオA24のおすすめ作品などを語ってもらった。
映画「サンセット・サンライズ」でタッグを組んだ岸善幸監督と菅田将暉 / 撮影=三橋優美子
■竹原ピストルさんが歌うシーンに「“唄歌いってこういうことか!”とハッとさせられました」
――「あゝ、荒野」以来7年ぶりのタッグとなる本作は、脚本を宮藤官九郎さんが手がけています。菅田さんはどのように台本と向き合っていかれたのでしょうか?
【菅田将暉】毎回、役が持ついろいろな特徴をひとつの鍋に入れて、そこから何が出来上がるかと想像をするようにしていて、今回演じた晋作には“釣りが好き”、“コロナ禍でリモートワークが可能になったサラリーマン”、“意外とエリート企業に勤めている”、“言葉ではあまり自己主張をせずに周りとの調和が取れる人”といった特徴があったので、それを混ぜ合わせながら“どう演じようか”と考えていきました。
ただ、そんな中で宮藤さんのエッセンスが濃く反映されているシーンにおいては、家で考えるよりも現場で共演者の方々に会ったほうがつかめるだろうと思ったので、クランクインしてから固めていく部分もありました。
映画「サンセット・サンライズ」場面写真 / (C)楡周平/講談社 (C) 2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
――ちなみに宮藤さんが現場を訪れることはあったのでしょうか?
【岸善幸監督】「モモちゃんの幸せを祈る会」(井上真央演じる百香を気にかけている独身男4人で結成)のメンバーが集まる居酒屋のシーンと、某大事なシーンの見学に2回来てくれました。
【菅田将暉】僕は山の中で晋作が熊に怯えるシーンの撮影のときに、宮藤さんがいてくれたらなとちょっと思いました。
【岸善幸監督】どうして?
【菅田将暉】今回、一番“難しい”と感じたのが熊と遭遇するシーンで、ちょっと狂気的な場面でもあるので、どう演じるのが正解なのかわからなくて。
【岸善幸監督】たしかに、熊は難しかった。でも、菅田さんが晋作を演じてくれたおかげで、宮藤さんの台本のおもしろさが倍増したんじゃないかな。1日に1回は笑いすぎて涙が出たぐらいだったし。
【菅田将暉】そう言っていただけるとありがたいです。
【岸善幸監督】監督としては現場で思わず笑ってしまった“おもしろい”という感覚を、そのまま映画として完成させなければいけないと考えていたので、そのプレッシャーを感じながら撮っていたのを覚えています。
――三宅健さん、竹原ピストルさん、山本浩司さん、好井まさおさんが演じた「モモちゃんの幸せを祈る会」のメンバー4人と晋作が絡むシーンはどう転がっていくのかわからないおもしろさがありました。アドリブ芝居もあったのでしょうか?
【菅田将暉】アドリブはほとんどなかったです。もしアドリブに見えたのであれば、宮藤さんが書いたセリフにそう思わせる力があったということなのかなと思います。
――「モモちゃんの幸せを祈る会」の4人とのシーンの撮影で印象に残っているエピソードがあれば教えていただけますか?
【菅田将暉】ピストルさんがカラオケで歌うシーンが印象に残っています。“「唄歌い」ってこういうことか!”とハッとさせられました。
映画「サンセット・サンライズ」場面写真 / (C)楡周平/講談社 (C) 2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
――歌声がめちゃくちゃ沁みますよね。
【菅田将暉】わざと癖強めに歌う感じがまたうまくて、痺れますよね。僕はピストルさんの歌声をお店の外で聞きながら自分のシーンまで待機していたのですが、その間は“いい歌だな…でもよすぎてちょっとムカつくな”と思っていました(笑)。もう少し聞きたい気持ちと、曲の途中で邪魔するかのようにお店に入っていかなければいけないという気持ちの狭間で揺れていました。それぐらい歌声が沁みました。
あと、ピストルさんがリアルに地元民っぽく感じられて、なんでなんだろうと思っていたら、本作のロケ地の気仙沼によくライブで訪れていたそうで。その理由が意外だったんです。
――どんな理由なのでしょうか?
【菅田将暉】「お気に入りのラーメン屋があって、そこに行きたいからライブをする」と言っていました(笑)。それは冗談も入っていると思いますけど、ラーメンが食べたいからライブをしに行くってなんかいいですよね。
――ちなみに竹原さんお気に入りのラーメン屋さんは教えてもらったのでしょうか?
【菅田将暉】教えてもらってないです。教えてもらって今度みんなで行けたらいいですね。そういえば、僕もおいしいラーメン屋を見つけて、滞在中に2回行きました。気仙沼はおいしいお店がたくさんあると聞いたので、またみんなで行きたいです。
■郷土料理モウカノホシは「食べた瞬間に衝撃が走るぐらいおいしかった」
――百香役の井上真央さんとは、2010年に放送された連続ドラマ「獣医ドリトル」以来の共演になりますね。
【菅田将暉】当時はまだ10代で2本目の連ドラ出演だったのですが、僕が泣かなきゃいけないシーンを井上さんがサポートしてくださったのを覚えています。お芝居の経験が少ない僕のために、井上さんが先に泣いてこっちの感情を促してくださったんです。そのときにすごく優しくてカッコいい先輩だなと思った記憶があります。
――井上さんと久々にご一緒されてみていかがでしたか。
【菅田将暉】14年ぶりの共演ということで、すごく不思議な気持ちでした。当時から気さくでしたが、今回改めて地に足のついた素朴な方だという印象は変わらなかったです。アウトドア系の私服を着てらっしゃるのも素敵だなと思いましたし、井上さんのおかげですんなりと役に入ることができたように思います。
――井上さんから「スター将暉」と呼ばれていたと伺いました。
【菅田将暉】あははは!井上さんはちっちゃいダジャレが好きみたいです。気仙沼のコンビニで井上さんとバッタリ遭遇したことがあって、あいさつしたらつまみを物色しながら「うぃい」っておじさんみたいなリアクションが返ってきたこともありました(笑)。そういうチャーミングなところが素敵だなと思います。
【写真】14年ぶりの共演となった菅田将暉さんと井上真央さんのワンシーン / (C)楡周平/講談社 (C) 2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
――劇中にはおいしそうな郷土料理が登場するので、観ていておなかが空きました。お二人のおすすめはどの郷土料理ですか?
【菅田将暉】監督は何が好きでした?
【岸善幸監督】僕はモウカノホシ(ネズミザメの心臓の刺身)。
【菅田将暉】モウカノホシはレバ刺しみたいな味でしたね。
【岸善幸監督】食べた瞬間に衝撃が走るぐらいおいしかったです。
【菅田将暉】隣町まで持っていくと鮮度が落ちると言われるぐらい新鮮で、漁師さんだけが食べられるような刺身だそうです。とにかくめちゃくちゃおいしかったですね。レバ刺しよりうまいかもしれない。
【岸善幸監督】ぜひ気仙沼で食べてもらいたいですね。
――竹原さん演じる健介が「どうだ」って得意げにモウカノホシを晋作に出していましたしね。
【菅田将暉】そうそう。撮影以外でも現場付近の居酒屋でみんなで食べたり、市場で買って捌いて食べたりしました。実はモウカノホシを食べるシーンはもともと台本にはなかったんですよね?
【岸善幸監督】なかったんだけど、モウカノホシとハモニカ焼き(メカジキの背びれの付け根の塩焼き)はうますぎて、急遽台本を変更してもらいました(笑)。もうひとつおいしかったのがメカブ。
【菅田将暉】現場で漁師さんたちが自家製のメカブを持ってきてくれて、ご飯の上にかけて食べたらめちゃくちゃおいしかったんですよね。メカブを舐めてました(笑)。
【岸善幸監督】撮影の今村(圭佑)さんが、お世話になった漁師さんたちに教えてもらったメカブを東京に帰ってから取り寄せて食べたらしく、それもめちゃくちゃうまかったと教えてくれて。僕も取り寄せちゃいました(笑)。
――スーパーに売っているメカブとどんなところが違いましたか?
【菅田将暉】出汁がきいていて、ご飯がすすむメカブでした。
【岸善幸監督】漁師さんが言う「うまい」に嘘はないですよね。
【菅田将暉】本当に。ぜひ食べてもらいたいです。

■岸善幸監督と菅田将暉が語るA24の好きな映画
――話は変わりますが、以前インタビューで菅田さんが「ヒット作を続々と送り出している映画制作会社A24のようなムーブを日本でもやれたら」と仰っていました。A24が制作した作品の中からお二人の好きな映画を教えていただけますか。
【岸善幸監督】「シビル・ウォー アメリカ最後の日」はすごかったですね。
【菅田将暉】僕はホラー映画が好きなので、「X エックス」や「ミッドサマー」かな。ホラーじゃないけど「フェアウェル」、「LAMB/ラム」、「MEN 同じ顔の男たち」もおもしろかったです。
【岸善幸監督】「LAMB/ラム」は一体どんな企画書で通ったのか知りたいよね(笑)。
【菅田将暉】確かに「LAMB/ラム」の企画書がどんな内容だったのか気になりますね(笑)。
【岸善幸監督】A24の作品を観ると“どれだけ自分は不自由なんだ?”と感じてしまう。
【菅田将暉】なんとなく仰りたいことはわかります。「LAMB/ラム」は“恐怖という名のロマン”を描いているようなところはありますよね。ロマンと言っていいのかわからないけれど、ああいうのもありなんだって驚きました。観る前はもう少しファンタジー寄りの作品なのかなと思ったのですが、ラストはガツーンとフィジカルで殴られた感覚になっておもしろかったです。
あと、「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」は泣けたし、「mid90s ミッドナインティーズ」もよかった。
――アート系からホラー、戦争ものまで幅広いジャンルの映画を世に送り出しているだけではなく、Tシャツやマグカップ、ほかにもおしゃれなグッズの販売もしているなどおもしろい会社ですよね。
【菅田将暉】A24の作品を観ると“映画ってカルチャーなんだな”と改めて感じますし、“映画ってかっこいいんだ”みたいなことを現代の若い人たちにA24がわかりやすく提示してくれたように思います。家に飾りたいと思えるようなポスターとか、どのシーンを切り取ってプリントしてもカッコいいTシャツになるような映画に憧れますし。
日本では年間400~500本ぐらいの映画が作られていると聞くので、そろそろA24のようなムーブメントが起きてもよさそうですよね。
――お二人がもしも日本でA24のような映画制作会社を一緒に作るとしたら、何かやってみたい企画はありますか?
【菅田将暉】超大作映画やってみます?
【岸善幸監督】超大作ドキュメンタリー映画とか?
【菅田将暉】いいですね!超大作ドキュメンタリー映画って聞いたことないです(笑)。もしも主演をやらせていただくとしたら、基本はバックパッカーのドキュメントなんだけど、僕が何かを追いかける、もしくは僕が何かに巻き込まれるようなギミックを入れて、モキュメンタリーっぽい作品になるかもしれませんね。
【岸善幸監督】でもそれだったら低予算でできちゃうよね。
【菅田将暉】あぶな!低予算だと超大作ドキュメンタリー映画にはならないですね。そう考えると海外ロケがいいのかも。監督はドキュメンタリー作品をたくさん撮っているから海外にも相当行かれていますよね?
【岸善幸監督】40カ国以上は行っています。過去の経験からいうと、素直に感動できる国じゃないとけっこうストレスが溜まりますよ。極端な話、ネズミしか食べるものがないみたいなところもありますから(笑)。
【菅田将暉】それはそれで僕は覚悟してやるんでしょうけど(笑)。それか、思い切って宇宙を目指すとか。
【岸善幸監督】宇宙ですか!壮大なドキュメンタリーになりそうですね(笑)。いつかまたご一緒できるようなおもしろい企画を考えておきますね。
映画「サンセット・サンライズ」メイン写真 / (C)楡周平/講談社 (C) 2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
取材・文=奥村百恵
菅田将暉さん
◆スタイリスト:二宮ちえ
◆ヘアメイク:AZUMA(M-rep by MONDO artist-group)
(C)楡周平/講談社 (C) 2024「サンセット・サンライズ」製作委員会