2024年10月上旬、大阪府にあるスターバックス コーヒー 河内長野高向店、堺美原青南台店、LINKS UMEDA 2階店のパートナー(従業員)と、大阪府森林組合南河内支店(以下、森林組合)の職員が、檜尾山観心寺(大阪・河内長野)の鎮守の森にて、実生苗採取のワークショップを行った。今後はこの苗を店舗の植栽として育て、将来はスターバックスがまちの小さな森のような役割になればと考えているという。その経緯を追った。
■人の縁で始まったたい肥作りが、人の縁でさらに広がる
河内長野高向店では、21年9月のオープン当初から森林組合と協働し、店舗敷地内に設置したコンポストで、店舗でコーヒーを抽出した後に出るコーヒー豆かすと森林組合が産出する木材チップを混ぜ、たい肥作りを行っている。LINKS UMEDA2階店の店舗づくりにおおさか河内材や大阪産の木材を使用したことからスターバックスと森林組合とのつながりが始まり、その縁から河内長野高向店が誕生。以来、河内長野高向店では「地域のつながりのきっかけとなる場所であるためにできることを」と、森林組合とともに森林循環につながる活動を続けている。
いつまでも大切にしていきたい地域の森のためにできることを。そんな想いを胸にオープン前から思考錯誤しながら作り上げたコーヒー豆かす・木材チップのたい肥は、22年春、たい肥の成分検査をクリア。どんぐりの育苗実験を経て、スギとヒノキの苗木を育成し、その苗木は23年3月に河内長野市内の森林に植林された。同年7月には大阪府、大阪府河内長野市、大阪府森林組合と『「コーヒー豆かす×森」地域資源循環プロジェクトに関する協定』を締結。店舗で作ったたい肥を地域の中で活用することも可能になった。たい肥を通して豊かな地域循環を目指し、現在は店舗のほか、森林組合でもたい肥作りを行い、量産を試みている。
河内長野高向店では、森林組合とともにたい肥を作りながら、地域や森林循環、子どもたちの学習の機会など、地域や森に貢献できるような方法に取り組む、ラボ的な役割を担う。今回のワークショップは、河内長野高向店と森林組合だけでなく、他の地域の仲間も参加した新たなチャレンジだ。
新たに参加する堺美原青南台店は、河内長野高向店から北へ10キロメートルほどの場所にあるドライブスルーのある店舗。ここで、植栽をより豊かにするためにコーヒー豆かすと木材チップのたい肥を使って植栽の土壌を改良する実証実験を行う。土壌改良をした後に一部のスペースに植える苗木を、河内長野市で1300年もの間、地域を見守り続けている観心寺の鎮守の森から譲り受けることになったのだ。
701年開創と伝わる観心寺は、国宝に指定されたご本尊・如意輪観世音菩薩像をはじめとする多くの文化財を有し、墓もある楠木正成ゆかりの寺としても有名だ。河内長野高向店と森林組合の活動に共感し、「苗を譲ることは、タンポポの綿毛が飛んでいくのと同じ。人のご縁で、飛んでいくのです」と、協力を快諾したという。寺を守るように囲む鎮守の森について、住職の永島全教さんはこう語る。
「もともとある森に、訪れる方々に心穏やかでいてほしいと願って桜の木を植えたり、ツバキなどの花を植えたりと、時代時代に合わせた植物を加えてきています。自然を守りながら手を加えつつ維持しているのです」
遥か昔からある自然に、人の営みや願いが加わり、1300年もの長い間守られてきた森なのだ。
■雨の中にあふれる笑顔。土のにおいを感じる実生苗の採取
ワークショップ当日はあいにくの雨空だったが、それもまた自然の恵み。雫が鎮守の森の静謐さをより感じさせてくれる。踏みしめる土のふわふわとした柔らかさ、体を巡る土や緑の香りを感じながら、パートナーや森林組合の職員はレインウエアを着て、住職とともに鎮守の森を歩きながら実生苗を採取。
育てば大木になる落葉樹のエノキ、かわいい花をつける山野草のヤブラン、切り株に着床したモミジ…。根を傷つけないようにスコップや手で少しずつ掘り起こし、育苗ポットに移す。地を這う昆虫などが目に飛び込んできて、自然との触れ合いで笑顔になっていく。
苗を採取するパートナーたちに、
「たい肥作りをしているから、この土がいい感じであることがすぐ分かりますよね?」
こう語りかけるのは、プロジェクト当初からたい肥作りを共に行う森林組合の倉橋陽子さん。
実生苗とは、自然に生えた苗のこと。なぜ今回、鎮守の森で実生苗を採取するのか。
「森は、生き物のすみかであり、水源や気候の安定などいろいろな役割があります。そのなかでも特に鎮守の森は、人に安らぎを与えて、文化や学びの場になります。堺美原青南台店の植栽は、森林循環プロジェクトでスターバックスのパートナーや森林組合、地域のみんなで実施してきたことがつながる「小さなまちの森」のような存在になる可能があるのではないかと取り組んでいます。また、その地域の鎮守の森から実生苗をいただくことで、できるだけ土地に負荷なく育てていける植生をつくるヒントが得られるのではと期待しています」
この鎮守の森の前には、さらに上方から流れてくる石見川があり、四万十川と同じ最高水準のAAの水質を誇る。面積の約7割が森林という河内長野市が、古の人たちから大切に受け継いできた恩恵だ。
■鳥が佇む「小さなまちの森」を目指して
雨の中の採取を終えると、本坊に集まってコーヒーを飲みながらこの日の感想や今後の実証実験について語り合う時間となった。
「豊かな土壌のにおいをかぎながら、お寺の歴史にも思いを馳せ、苗を採取できました」
「自然の大きさを感じながら苗をいただき、それをお店に持ち替えられるのはすごいこと。どう成長していくのかがとても楽しみです」
「観心寺の方、森林組合の方、各店舗のパートナー、いろいろな人とのつながりを肌で感じることができました」
そう想いを語るパートナーたち。
森では、寺を創建した弘法大師の一番弟子の墓所、下賜された昭和天皇即位の大礼で使用した装飾品などを用いて建てられた恩賜講堂など、多くの歴史的価値のある場所を巡った。
「歴史には意味があります。1300年続いてきたこの森を、次の1300年へ続けていかなければいけません。これからも大切に木々を育てていきたい」と語り掛ける住職の永島さん。
「自然のこと、植物のこと、パートナーの人たちがこれだけ取り組まれていて、自然に触れることで気持ちのゆとりにつながり、それがいい意味でお店のお客様へ循環するのではないでしょうか。ワークショップで経験したパートナーの想いが大事だと思います」
この日採取された実生苗は、育苗ポットでいったん休ませた後、11月の植樹を目指す。堺美原青南台店の植栽の一画、1メートル四方の敷地で豆かすたい肥などを混ぜ込み土壌改良を行い、苗を植えて根付くかどうかを見守る。同時に、既存の植栽の樹勢回復のためにできることも検討していく。すべて、豆かすたい肥を地域循環させるため、森林組合とともに行う実証実験だ。「外部業者にお願いして任せきりにするのではなく、パートナーと一緒に作り上げる植栽にしていきたい。これらからが楽しみです」と、森林組合の職員たちも期待を寄せる。
この時間にみんなで飲んだコーヒーは、この日のためのカスタムブレンド。河内長野の地形に共通点のあるグアテマラ、大地をイメージしたスマトラなどをブレンドし、チョコレートチャンククッキーが添えられた。相乗効果のあるフードペアリングのように、LINKS UMEDA2階店から河内長野高向店へ、そして堺美原青南台店、観心寺へと広がっていったご縁をイメージしたという。数年後、十数年後に、この縁のように実生苗が根付き小さな森が広がる様を、見られる日が来るかもしれない。
※今回採取した範囲は、観心寺境内で観心寺住職確認及び同行のもと行っています