全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第27回は、愛媛県松前町の「Nao Coffee」。松山市の南隣にあって、のどかな田園風景が広がる住宅地で、2020年に開業。店主の佐々木さんは、幼いころからコーヒーに親しみ、学生時代にスペシャルティコーヒーと出会ったことで、まっすぐにロースターの道へ。生来の職人気質もあって、子供のころから日常にあったコーヒーのさらなる魅力を発信している。日々、コーヒーシーンが進化を続ける中で、「新たな発見を通してロースターの醍醐味を実感しています」という佐々木さんが、自ら作ったコーヒーを一番届けたい相手とは。
Profile|佐々木奈緒(ささき・なお)
1995(平成7)年、大阪府生まれ。幼いころから母の影響でコーヒーに親しみ、学生時代にコーヒーショップ開業を志す。卒業後、調理専門学校のカフェオーナー学科に入学し、コーヒーに関する技術と知識を習得。2018年に、結婚を機に愛媛に移住。西条市のロースターで焙煎を学び、クラウドファンデイングを活用して自宅の一角に店舗を構え、2020年、「Nao Coffee」をオープン。
■小学生時代から始まったコーヒーライフ
店主の佐々木さんが、初めてコーヒーをドリップしたのは、小学生のころ。毎日、コーヒーを愛飲する母親が、家で淹れている姿を見て、その所作や工程に惹かれたからだとか。「子供のころから、手を動かすこと、モノづくりが大好きで。母の真似をして、小3か小4ぐらいで初めてドリップを体験しました。以来、朝、コーヒーを淹れるのは自分の役目になって、そのために30分早く起きていましたね」と振り返る。もちろん、当時は味のことは分からなかったが、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいたそうだ。まさに三つ子の魂をそのまま持ち続けてきた佐々木さんにとって、コーヒーショップは天職ともいえるだろう。
佐々木さんにとって、子供のころから日常にあったコーヒーに対するイメージが、ガラリと変わったのは学生時代。スペシャルティコーヒーとの出会いからだった。今までにないフルーティーな香り、みずみずしい甘味を体験したことで、コーヒーへの探求心に拍車がかかった。ほどなく就職活動の時期を迎えたが、「会社勤めにピンと来なくて」と自分の進むべき道を改めて探したが、意外にもすぐにはコーヒーの仕事には思いが行きつかなかったという。「あまりに当り前のものになっていて、そのころには、自分がコーヒー好きだとは自覚してなかったんですね。改めて思い返して、コーヒーがあったと気づいたくらいで」と苦笑する。
とはいえ、それまで誰に教わるでもなく、我流でやってきたため、コーヒーの基礎から学ぶべく調理専門学校のカフェを専門とするコースに進学。学校に通いながらカフェでのアルバイトを掛け持ちしたり、気になる店を訪ね歩いたりと経験の幅を広げていった。すでにサードウェーブが上陸し、マイクロロースターが街に増え始めていたころ、佐々木さんの関心は抽出から焙煎へと変わっていった。「自分であれこれ調べるなかで、コーヒーの味を左右するのは、焙煎の良し悪しが大きいと知りました。子供のころから、何かしらの職人になりたいという思いがあって、それがコーヒーと結びつけられるのが、焙煎という仕事でした」。生来の職人気質もあって、このころからロースター志向を固めていた。
■初志貫徹を後押しした専門学校の恩師の言葉
ただ、学校のカリキュラムはカフェの運営やバリスタの技術、製菓・製パンと多岐にわたり、肝心の焙煎に触れる機会はほとんどなかった。本格的に取り組めたのは、卒業後、知人の縁を通じて愛媛に移り住んでからのことだ。ここまでほぼ独学でコーヒーの勉強をしていた佐々木さんは、西条市の人気ロースターでレクチャーを受け、改めて焙煎のイロハを知ることになる。「焙煎というと豆を焼く技術に目が行きますが、むしろカッピングが大事だということを知りました。コーヒーの風味がわからないと、ちゃんと焼けたかどうかの判断ができないので、まずその感覚を教わりました。ある程度は学校で得た知識で何とかなりましたが、今まですごくアバウトにしてきたから、味覚表現や専門用語もここではじめて知ったくらい。実践の中でしかわからないことがあると感じました」と振り返る。小型の焙煎機から始めて、豆を焼いてはカッピングをひたすら繰り返し、プロの感覚を共有することを目指した。
まさに初志貫徹で、開業を目指した佐々木さん。元々はテナントで小さく始めることを考えたそうだが、焙煎の師匠から、最初に大きい焙煎機を入れて自分の拠点を作った方が、店に対する気持ちが決まるというアドバイスもあり、自宅の横にショップを構え、焙煎機も5キロを導入。2020年にオープンした「Nao Coffee」は、佐々木さんのブレない意志の賜物と言える。
その準備の過程で思い出していたのが、専門学校時代の先生から聞いた「お金を理由に店を諦めてほしくない」という一言。店舗の建設にあたっては、資金の一部をクラウドファンディングで募り、多くの支援を受けたことも、開店にいたるまでの大きな心の支えとなった。店があるのは、松山市との境に近い田んぼの中の住宅街。コロナ禍と同時期のスタートになったが、不安はなかったという佐々木さん。クラウドファンディングを通じて、広く応援してくれるファンを集めたことも、店の存在を知ってもらう一助となった。
■コーヒーが苦手な人にこそ多彩な魅力を届けたい
現在、コーヒーのラインナップはシングルオリジン5種類を、時季ごとに入れ替えて提案。黒糖のような甘味とトロピカルなニュアンスを持つコロンビア、フローラルな香りが華やかなエチオピア、チョコレートライクな余韻が印象的なグァテマラなど、多彩な個性を生かした浅煎りの豆がそろう。「チョコ系、フルーツ系、トロピカル系など、風味が重複しないようにセレクトしています。深煎り主体のお店はすでにいっぱいあるからほかに任せて、浅煎り主体で、自分が感動したスペシャルティコーヒーの醍醐味を伝えたい」
念願のロースターとしてスタートして4年。店を始めてみて気づくことも多いという佐々木さん。「お客さんとプロの視点は違うなと感じます。プロは細かいところに目がいきがちですが、お客さんは気にしてなくて、単純においしいかどうかだけを判断する。見ているところが全然違う。店にこもって焙煎しているとすごく気になることも、例えばイベント出店でお客さんの反応に触れると、そうでもないことに気づく。このコーヒーを飲むのは誰か、という意識を忘れてはいけないなと思います」
一方で、スペシャルティコーヒーの登場以来、コーヒーシーンは常に変化を続け、豆の品種やプロセスもさらに進化を続けている。「同じ国や農園でも、年ごとにどんどん新しい風味が出てきて、産地の人もチャレンジしていることがわかる。いつか産地にも行ってみたいですね」と、ロースターの醍醐味を日々実感している。そんな佐々木さんが、自ら作ったコーヒーを届けたいのは、同世代の友人たちだという。「私はずっとコーヒー好きでしたが、学生時代までは周りに同じように好きな人はいなくて、専門学校で初めて同好の人に出合ったくらいで。カフェに行っても、みんなスイーツの話題が多かったですね。コーヒーが苦手な理由を聞くと苦い、渋いという子が多かったんですが、そればっかりじゃなくて、コーヒーはもっとバラエティ豊かだと伝えたい。今、苦手な人ほど飲んでほしいし、逆にそういう人ほど、一度知ればはまると思っています。向こうから関心は持たないので、それをどう届けるかが大事になる。イベントや異業種とのコラボとか、ジャンルの外で間口を広げていきたいですね」
■佐々木さんレコメンドのコーヒーショップは「Peaceful Coffee Roaster」
次回、紹介するのは、同じ愛媛県松山市の「Peaceful Coffee Roaster」。
「私とほぼ同時期にオープンした、店主の島田さんのこだわりが詰まったコーヒーショップ。“好きなものしか売らない”というスタンスがはっきりしていてすごいなと感じます。コーヒーの焙煎はもちろん、独自のスイーツやカップのチョイスなど、店のすみずみまで島田さんの目が届いています。着眼点が新鮮で、行くたびに新しい要素が加わっていて、コーヒー以外のジャンルにも詳しい。お店を訪ねて、話していると、いつも刺激をもらえます」(佐々木さん)
【Nao Coffeeのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 5キロ(半熱風式)
●抽出/フレンチプレス
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ なし
●豆の販売/シングルオリジン5種、100グラム850円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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