全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
建物はオーナーの吉田さん、奥さんの恭子さん、父親で作ったというから驚き
九州編の第104回は大分県中津市にある「食堂喫茶 Alpha」。Googleマップなど地図アプリで住所や店名を検索しないとおそらくたどり着けない。それぐらい普通の住宅地にあるカフェだ。オープンしたのは2024年6月。店を営む吉田茂樹さんと奥さんの恭子さんはもともと、福岡市を拠点にハンバーガーとコーヒーを柱としたキッチンカー「STREET SPOT CAFE」を営み、九州各地で開催されるイベントを中心に活動。福岡市在住者ならグレーのボディに、アメリカンなロゴの看板を掲げたキッチンカーを見たことがあるという人も多いかもしれない。
Alphaは一番星の別名なのでロゴのイラストにも星を描いた
そんな吉田さん夫妻は結婚、賃貸していた住居の契約満了など、さまざまなタイミングが重なり、さらに「いつかは地元で自分のお店を持つ」という目標を叶えるために茂樹さんの地元・中津市に帰郷。およそ2年かけて建物を完成させ、オープンに至った「食堂喫茶 Alpha」。屋号に込めた「日々の暮らしに安らぎをプラスアルファできるような場所に」という思いは、どんな風にお店づくりに表れているのか。
オーナーの吉田茂樹さん
Profile|吉田茂樹(よしだ・しげき)さん
大分県中津市生まれ。生まれつき耳が聞こえず、大分県ろう学校を卒業後、県外の自動車製造会社で8年勤務。ただ、長年の夢だった飲食業に挑戦したいと福岡市の調理の専門学校に入学。2年間、専門的な知識を学び、専門学校の同級生だった恭子さんと一緒に2018年、「STREET SPOT CAFE」を開業。コロナ禍でイベントが激減するなど、大変なこともある中、2人で試行錯誤、知恵を出し合いながら、移動販売を地道に続ける。その後、結婚などのタイミングで中津市へUターン。2024年6月、故郷の中津市に「食堂喫茶 Alpha」を開業。
■目配り・気配りにサービスの本質を知る
子どものころから飲食店で働きたいと考えていた吉田さん
「食堂喫茶 Alpha」の店主、吉田茂樹さんは生まれつき耳が聞こえない。飲食店を営業する上で、耳が聞こえないのは大変だと容易に想像できるが、おそらく我々が考えている以上の困難が多くあるはずだ。ただ吉田さんはそんなハンディキャップを微塵も感じさせないほど、いつも笑顔!こちらが元気をもらえるほどの明るさで、店を切り盛りしている。
取材時も一気に複数のお客さんが訪れて、忙しい時間帯を迎えたが、レジ前に手書きの文字で「スタッフは耳が聞こえません」と書かれたメモ。お客さんたちもそれを読めば納得で、メニュー表を指さしてオーダーしたり、ジェスチャーで伝えたり、言葉は交わさずとも、しっかり意思疎通はとれている。むしろ耳が聞こえないからなのか、吉田さんの目配り、気配りは完璧だ。お客さんがスイーツをシェアしたい雰囲気を察し、取り分ける用に小皿を用意したり、おしぼりが必要そうだったら追加で持っていったり、サービスの質は高い。
■レトロをテーマにゆったり過ごせる空間を
おすすめのベイクドチーズケーキとオレンジアイスコーヒーをペアリング
移動販売の「STREET SPOT CAFE」はオリジナルビーフパティなどこだわりを詰め込んだハンバーガーとコーヒーを柱とし、今も「食堂喫茶 Alpha」と並行して営業している。ゆえに「食堂喫茶 Alpha」は「STREET SPOT CAFE」とはメニューから大きく変えている。レトロをテーマに鉄板で供するナポリタン(1000円)、豚肩ロースのトマトチーズデミソースセット(サラダ・スープ付き1400円)といったフードに加え、プリン(420円)、ティラミス(550円)、ガトーショコラ(550円)などスイーツも充実。食堂喫茶を冠しているように食事、ティータイムと利用シーンは多彩だ。
ナポリタン。半熟の目玉焼きの黄身を割りながらいただく
中でも人気が高いのがナポリタンとベイクドチーズケーキ(550円)。それぞれのメニューについて吉田さんに筆談でこだわりを教えてもらった。
「食事メニューで人気のナポリタンは昔ながらのスタイルを表現するために太めの麺を採用しています。さらにモチモチした懐かしのテイストにするため、茹で時間など調理方法にも工夫を加えているのもポイント。味付けもケチャップの酸味が立ちすぎないように、ナポリタンのためのケチャップベースのソースを自家で作っています。ベイクドチーズケーキはワンポーションが大きめなので、甘くなりすぎないようさっぱりめとしながらも、デザートとしての満足度を意識して配合、バランスを重視しました。表面の焼き目からはキャラメル感、チーズケーキそのものからは柑橘系のまろやかな酸味を感じるテイストなので、トッピングにマーマレードとアーモンドプラリネを添えています」
■コーヒーが苦手な人でも飲めるアレンジも
【写真】サーバーにあらかじめ入れたオレンジスライスの果汁の甘味、酸味、香りをコーヒーにプラス
一方で、移動販売時代から変わらないのがコーヒーへのこだわり。コーヒー豆は福岡県久留米市にロースタリーがあるCOFFEE COUNTYのシングルオリジンを使用。産地は特に限定はせず、その時期のラインナップから吉田さん自身がおいしそうだと感じたものを購入するようにしているそうだ。抽出はエスプレッソマシンとハンドドリップ。ドリップコーヒー(500円)、カフェラテ(550円)など定番もあるが、吉田さんイチオシなのがオレンジアイスコーヒー(550円)。
グラスにもオレンジスライスを入れて提供
「コーヒーのフレーバーから発想したドリンクです。コーヒーが苦手な人でも飲みやすいアレンジとして考案しました。コーヒー豆自体、もともとはコーヒーチェリーという果物ですし、コーヒー豆の特徴を表すとき、ワインのように『柑橘系の』『オレンジのような』『チョコレートのような』という表現をするので、果物と合うのではと考えました。最初はエチオピアの浅煎りの豆で作ってみたところ、とてもおいしくできました。エチオピアが一番合うかなと思ったのですが、紅茶感や柑橘系の香りが感じられる浅煎りの豆だと比較的どれも合わせやすい印象です」と説明文をくれた吉田さん。
オレンジアイスコーヒーはワイングラスで提供しており、より香りも感じやすい
実際飲んでみると、ティーライクで非常にすっきりとしたテイスト。浅煎りかつフルーティーでジューシーなコーヒーの魅力をうまく引き立てている。シロップを入れて飲んでみてもまた違った印象になりそうで、これならコーヒーが苦手な人にもおすすめできそうだ。
■自分たちでできる店づくりはこれからも
壁も天井も床も、扉もすべて自分たちで作ったというから驚きだ
まだオープンして半年足らずながら、大分市や北九州市といった遠方からもお客が足を運び、少しずつ認知を広めている「食堂喫茶 Alpha」。店はもともと車庫だった場所で、建物は吉田さん、奥さんの恭子さん、父親と一緒に約2年かけて建てたというから驚かされた。階段の手すりなど細部まで装飾を施すなど、一つひとつ手が込んでいる。
レトロがテーマだけに、店内には古いミシンなども
今年の年末までに2階にもカフェスペースを新たに作る予定だそうだ。耳が聞こえないというハンディキャップをものともせず、やりたいことを実行に移す行動力、そして常にポジティブな姿勢。会話はできずとも吉田さんの笑顔を見れば、きっと元気がもらえるはず。
吉田さんはイラストレーターとしても活動中。原画の販売も行っている
最後に吉田さんに今後の目標、夢を記してもらった。
「常連さんとかがいる喫茶店にずっと憧れていて、やっぱり長く愛されるお店になりたいと思っています。目下の目標は焙煎機を導入して、自家焙煎に挑戦することです」
■吉田さんレコメンドのコーヒーショップは「A little COFFEE」
「福岡市・鳥飼にある『A little COFFEE』は専門学校時代、講師としてバリスタの技術を教えてくださった牛島先生が営むコーヒーとイタリアンを柱としたカフェです。牛島先生が淹れるコーヒーはもちろん、奥さんが作られる料理、スイーツ、すべてがおいしい!誰かについ教えたくなるお店です」(吉田さん)
【食堂喫茶 Alphaのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし
●抽出/エスプレッソマシン(LA MARZOCCO)、ハンドドリップ(Kalita ウェーブ)
●焙煎度合い/浅煎り〜中煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/なし
取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)
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