全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第23回は、徳島市の「HACHIO COFFEE」。街のシンボル・眉山の麓に立つ、一見、民家のような店構えもユニークな一軒だ。1990年代後半のカフェブームに影響を受けた店主の橋本さんは、幼馴染と共にカフェを立ち上げた後、地元の焙煎卸の老舗で本格的にコーヒーの仕事を経験。ロースターとして個性を放つ豆の品揃えを提案しつつも、うんちく抜きの肩肘張らない雰囲気で地元の支持を得ている。橋本さんの柔和な人柄も手伝って、さまざまな人が混ざり合うここは、徳島に新たなカルチャーを生みだす拠り所になりつつある。
Profile|橋本崇功 (はしもと・たかよし)
1975(昭和50)年、徳島市生まれ。大学卒業後、機械メーカーに勤めた後、地元の仲間からの誘いで雑貨店併設のカフェの立ち上げに参加。約3年半の営業を経て、焙煎卸の老舗・徳島ブラジルコーヒに入社。営業から焙煎まで、13年に渡ってコーヒーに関わる仕事を経験し、2022年に独立して「HACHIO COFFEE」をオープン。
■幼馴染の誘いがきっかけで、カフェへの憧れを形に
市街地の真ん中にむっくりとそびえる徳島のシンボル、眉山のお膝元。山を背負うように立つ「HACHIO COFFEE」の店構えは、一見すると民家そのもの。看板がなければ、うっかり見過ごしそうになる。「ここは、僕が生まれ育った祖父母の家。1階の一室と玄関だけを改装して、店のスペースとして造り変えたんです」という店主の橋本さんの半紙を聞けば、さもありなん。まさに、橋本さんの家にお邪魔したような感覚だが、焙煎機や抽出器具が揃う店内はれっきとしたロースターの雰囲気。このユニークな空間が生まれるまでの経緯は、1990年代まで遡る。
大学卒業後、県外の会社に勤めていた橋本さんだが、20代後半の頃に地元徳島にUターン。きっかけは、地元の幼馴染から、カフェを併設した雑貨店の立ち上げに誘われたことだった。当時はカフェブームが全盛の頃で、その波は全国を席巻していた。「まさにブームの真っただ中で、新しいカフェに刺激を受けましたね。店の立ち上げに参加したのはカフェへの憧れからでしたが、始めるにあたって、わからないながらもコーヒーの味にこだわりたいと思ったのが、コーヒーとの関わりの始まりでしたね」と振り返る。カフェでは自家焙煎コーヒー店の豆を使っていたが、その頃は徳島市内でもロースターはまだ少なかった。
友人と3人で始めた店は、3年半ほどで雑貨店が独立することになり、カフェはいったん閉じたが、橋本さん自身はコーヒーへの関心を深めたのを機に、戦前から続く地元の焙煎卸の老舗・徳島ブラジルコーヒに転身する。「カフェ運営での経験を買われたのか、営業職で入って、すぐに製造部門で焙煎に携われることになって。飲食店の仕事に関わるつもりでいたから、入社した時は自分が焙煎に関われるとは思いませんでした」と、本人も驚きの抜擢だった。その後は、営業・配達もしながら焙煎もして、喫茶店の卸やオリジナルのブレンドの開発まで、一人で何役もこなしたという。
■ユニークな空間は地元の仲間のつながりの賜物
その間に、スペシャルティコーヒーの存在を知ったことで、本格的にロースターへの道を描き始めた橋本さん。「徳島でもいち早くスペシャルティやCOEなどの豆も扱い始めていました。SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)の展示会に参加したり、コーヒーに関する資格も取得したり、専門的なことは、ここで一から学びました。この時にはすでに、サードウェーブが話題になっていて、ブルーボトルやフォーバレルといったアメリカのコーヒーショップのカッコよさに影響を受けて、ロースターでの独立を考えるようになったんです」
その頃には、社内で焙煎を一任されるほどになっていた橋本さん。徳島ブラジルコーヒには、業務用の60キロサイズのフジローヤルや、オールドプロバットなど、さまざまなタイプの焙煎機があり、さらには直営ロースタリーカフェの立ち上げ時には、四国でも1,2を争う早さでローリング・スマートロースター30キロも導入。最新の焙煎機に触れる機会を得たことも、貴重な経験の一つだ。「当時としてはとてもいい環境でコーヒーに向き合えたのはラッキーだったと思います」という通り、13年に渡ってコーヒーにまつわるあらゆる業務に携わったことで、自らの店のイメージも明確になっていったという。
「どちらかというと、ずっと裏方の仕事をしてきたので、お客さんの目の前でコーヒーを淹れて、話をしながら楽しんでもらうスタイルでやりたかった」という思いを形にした「HACHIO COFFEE」は、ロースターとしてこれまで経験したことを表現できる場であり、お客と直に接する交流の場として2022年にスタートした。地元出身であり、カフェやコーヒー会社で培った幅広いネットワークを持つだけに、開店にあたっては、多くの友人、知人が携わっている。
食器は、かつて一緒に立ち上げに参加した雑貨店・CUE!から、エプロンは藍住町のアパレルブランド・ジョックリックのオリジナルと、いろんな分野の地元の仲間とのつながりが店を形作っている。「だいたい同世代で、活躍してる人も多く、刺激をもらっています。それぞれの店のお客さんが、ここに来たりして、今もその輪は広がっています」。焙煎所とスタンドが一体になったような空間は、専門店の堅苦しさとは無縁。民家の趣を残すリラックスした雰囲気が、お客との距離も近づけ、カウンターでの話にも花が咲く。
■人とカルチャーが交わり、新しいことが生まれていく場所に
ここでは、「気軽にさらっとコーヒーを飲んでほしい」という橋本さん。定番のブレンドは地元の嗜好に合わせて、エチオピア主体でさっぱりとした中煎り、ほのかに苦味が出るくらいの中深煎り、油分が出るほどコクのある飲み応えの深煎りと、深めの焙煎度で3種を用意。片やシングルオリジンは浅煎り主体で、時に希少な豆も登場するが、飲みやすさを重視したセレクトを提案している。「徳島は深煎り嗜好が根強いが、若い方は逆に苦味を避ける傾向があって、浅煎りから入ってコーヒー好きになる人が多い。コーヒーを勉強している方もいて、お客さんから教わることもよくあります」
店ではコーヒーの蘊蓄を披露することはまずないが、味作りには独自の試みを随所にのぞかせる。例えば、中深煎りのブレンド・ダークには、近年広まりつつあるプロセスの一つ、アナエロビックの豆を配合。シングルでは独特の発酵香が前面にでるが、ブレンドでは強い個性がスパイスのように効いて、ありそうでなかった新鮮な風味は印象的だ。「最新のプロセスで、香りに特徴がある豆を少し入れると味の立体感が際立ちますし、組み合わせの幅も出てきます」と橋本さん。また深煎りのダーク80は、当初ウォッシュドだけの配合だったが、「切れが良すぎたので、甘みとコクを加えたい」と、インドネシア・ガヨマウンテンのナチュラルを配合するなど、細やかに工夫を重ねている。
また、本連載に登場した、同じ徳島のカモ谷製作舎・岡崎さんとトーコーヒー・森田さんが始めた焙煎の勉強会にも、立ち上げから参加。「焙煎の技術も時代ともに進化もしています。前職ではきっちり教わったわけでもなく、自分でやりながら覚えていったところがあるので、改めて学ぶことが多い」と、開店後も常に味作りを磨き続けている。
基本は豆の販売が主体だが、不定期で入荷する焼菓子も楽しみの一つ。店のデザインを手掛けた設計士の奥様が営むfew coffee stand、bake shop TAMU、カフェJohnと、仕入れ先も橋本さんとつながりのある市内の人気店から。逆に、それぞれの店に橋本さんがオリジナルブレンドを提供しているという、まるで物々交換のような近しい関係も、この店ならではだ。地元の人のつながりでできたこの店では、「来てくれたお客さんとおしゃべりしつつ、コーヒーを淹れて、いろんな人が集まれる場が理想。その時、コーヒーはどこか傍らにあればいいという感覚。コーヒーショップではありますが、それだけでなく、いろんな人の個性、カルチャーがここで混ざって、新しいことが生まれていく拠り所になれたらと思っています」と橋本さん。その思いは、最初にカフェの立ち上げに携わった頃から変わらない。この店の大らかな空気は、まだSNSなどなかった頃、人が集まることの価値の大切さを知る世代だからこそ。ロースターとしては新しいが、経験豊富なオールドルーキーが、かつて憧れたカフェの持つ力を体現している。
■橋本さんレコメンドのコーヒーショップは「sumiyoshi4丁目 COFFEE STAND」
次回、紹介するのは、同じ徳島市の「sumiyoshi4丁目 COFFEE STAND」。
「店主の石くんに出会ったのは、まだブラジルコーヒーに勤めていた頃。開業してすぐ、営業として店を訪ねたのが縁の始まり。コーヒーの話で意気投合して、独特の世界観に刺激を受けました。コーヒーに対する思い入れが深く、味わいにも、柔らかな人柄がにじみ出ているように感じます。バリスタとしての修業経験が長く、うちにはないエスプレッソ系のメニューが充実しているのも魅力です」(橋本さん)
【HACHIO COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル3キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ウェーブドリッパー)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(600円~)
●豆の販売/ブレンド3種、シングルオリジン5種、100グラム800円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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