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コーヒーで旅する日本/関西編|お客本位の姿勢はそのままにコーヒーの質を追求。「Coffee Temple」が示す、進化した喫茶店の形

  • 2023年9月5日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第68回は、神戸の中心・三宮で半世紀続く老舗「Coffee Temple」。早朝から、界隈に勤める人々でにぎわう、街のオアシス的な存在だ。17年前に家業を継いだ2代目の田和さんは、2009年にスペシャルティコーヒーの展示会に参加したのをきっかけに、大きく変化するコーヒーの新たな波に刺激を受け、知識や技術を深めることに邁進。一方で、長年のお客の嗜好とのギャップをいかに近づけるかに腐心してきた。コーヒーシーンの劇的な変化と街の喫茶店に求められる役割、その間で模索を続けた田和さんがたどり着いた、共存の形とは。

Profile|田和佳晃 (たわ・よしあき)
1979年(昭和54年)、神戸市生まれ。会社員を経て、2006年から「Coffee Temple」の店長として家業を継承。2009年にSCAJに参加したのを機にコーヒーへの関心を深め、コーヒーマイスター資格の取得を皮切りに、競技会にも出場。ジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップ2012 5位入賞、ジャパン カップテイスターズ チャンピオンシップ2018 セミファイナリスト。2016年より、SCAJブリュワーズ委員、競技会審査員も務める。2018年に、自店の焙煎所をリニューアルし「Temple Coffee Roaster」としてリニューアル。豆の販売に力を入れている。

■“店に求められていること”に気付いた2代目の大変身
市役所をはじめ、多くの官庁や企業、商業施設が集まる、神戸の中心・三宮で、1972年から続く「Coffee Temple」。早朝のモーニングに始まり、ランチタイム、食後のコーヒーブレイクと、店内は界隈に勤める人々が入れ代わり、立ち代わり。いまや見ることも少なくなったが、コーヒー片手に一服する姿も、ここでは日常のこと。気取らぬ雰囲気はまさに、オフィス街のオアシスといった趣だ。

店名のTempleは、お寺のように誰もが集まれる場所に、との意味合いもあるが、実はもう一つ由来があるとか。「元々は、先代の伯母が栄町で喫茶店を始めたらしいのですが、叔母がアメリカの女優、シャーリー・テンプルのファンだったからとも聞いています」とは、店主の田和さん。ハイカラな名づけのルーツに、神戸らしさを感じさせる。

田和さんが2代目として店を継いだのは、2006年から。ただ、喫茶店が家業だからといって、コーヒー好きだったかというと、さにあらず。むしろ料理が好きで、調理師免許も持つほどだが、コーヒーには関心がなく、飲むこともほとんどなかったという。「店は継ぎたいと思っていましたが、当時は、料理を主にした店をしたかった」と田和さん。最終的に、先代に諭されて家業に入ったものの、はじめの5、6年はコーヒーに関心が湧かなかったという。

当初の思惑を諦めきれない時期が続いたが、店に立つうちに徐々に、この店に求められていることに気付く。「うちに来るお客さんは、料理は求めていなかったんですね。それならば、コーヒーがおいしい店にならないと。元々あるリソースを生かさないともったいない、と思い直したんです」。この心境の変化から、一気にコーヒーに邁進し始めた田和さん。そこで大きな転機となったのは、2009年に初めて訪れた、日本最大のスペシャルティコーヒーの展示会・SCAJでの体験だった。それまでにない、多彩な豆の個性と、コーヒー本来の酸味を生かした浅煎りの風味にフォーカスした、新たなコーヒーの潮流の影響に大きく感化された。

以来、2010年にコーヒーマイスター資格を取得したのを皮切りに、生豆商社で行われるCOEのカッピングや競技会に参加するなど、人が変わったようにコーヒーを追求し始めた田和さん。中でも、2012年、第1回の開催だったジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップ(JHDC)では、初出場ながら決勝に残り5位入賞。抽出技術で高い評価を得た。その後、JHDCでの成績は振るわなかったが、それでも、「大会に出るたびに、結果に対して疑問が湧いてきて。それを解決するための理由を知りたかった」との思いから、今度はジャッジとして競技会の運営に参加。続けるうちに、多くの気付きを得たという。「ハンドドリップの大会は使う原料が同じなんですが、人によって淹れ方が変わるだけで、味が変わるのがおもしろいところ。大会運営に参加する中で同業の知人も増えて、他の地域の店主さんから、各地のお客さんの嗜好やコーヒー事情を聞けたのも、貴重な経験でした」

■コーヒーの新たな波とお客の嗜好の狭間で
その間、店の仕事も、店長的な仕事に加えて、焙煎にも携わるようになった田和さん。とはいえ、コーヒーシーンの大きな変化に流されていた部分もあったという田和さん。「スペシャルティコーヒーが急速に広まって、一時は“これが今の正しいコーヒー”という思い込みもありました。業界でベテランと呼ばれる方も感化されたほど、影響は大きかったですね。この頃は、良質な酸味を楽しんでほしいとの思いを持って、新しいコーヒーの醍醐味を伝えようという思いが強かった」。店内の一角に豆の販売スペースを作ったり、ブレンドの焙煎度を浅くしたり、といった試みはその表れだったが、お客の反応は芳しいものではなかった。「そもそも、“おいしいコーヒーを飲みにいこう”という店ではないから、いい豆を仕入れても、やっぱりみんなブレンドを買っていく。そのブレンドも、焙煎度が浅めになっていって、卸先から酸っぱいと言われることもありました」と振り返る。

スペシャルティコーヒーとの出会いをきっかけに、店のコーヒーを変えようと取り組んだが、ここにはあくまで街の喫茶店という、代えがたい芯がある。店の方向性とお客の嗜好のギャップをいかに近づけるか、その難しさを感じた。とはいえ、豆の質へのこだわりは、このときに始まったことではなく、実は先代の頃から続いてきたことだ。「父は、原料はいいものを使うと決めて、スペシャルティコーヒーと呼ばれる以前の、グルメコーヒーやプレミアムコーヒーと呼ばれる質の高い豆を吟味していました。だから、巷でスペシャルティの呼び名が広まったときも、ここでは原料の質は変わらなかった。むしろ、2003年頃からCOEの豆を扱っていて、当時としては早かったと思います。ただ、このときも、良さがわからないままで、提案の仕方も分からなく、3年後には買わなくなっていた。今思えばもったいない話ですね」

「Coffee Temple」では、1985年から自家焙煎を始め、阪神・淡路大震災によって店を移転したと同時に、須磨区に焙煎所を立ち上げた。見方によっては、スペシャルティコーヒーのロースタリーカフェとして先駆けた存在でもあった。現在、メニューには、田和さんがセレクトした豆を幅広く揃えているのだが、ほとんどは、座るなりブレンドを注文するお客が占める。お客の回転の速さゆえ、1杯立てでは追いつかないため、今も抽出はネルドリップ10杯立てが基本だ。ピークタイムの15時までは、コーヒーはテンプルブレンド1本に絞っている。15時以降は、シングルオリジン含めて、サイフォンの1杯立てで提供するが、その理由も「サイフォンがいいのは熱々で出せるから。ハンドドリップは抽出温度が低くなり、お客さんにぬるいと言われることがあるので」と田和さん。質にはこだわりつつも、あくまでお客本位がこの店のモットーなのだ。

■お客本位をモットーに、長く愛される街の喫茶店に
競技会で培ったハンドドリップの技術や、多彩な豆の品揃えが生かされないのは、一見、もったいないように思える。それでも、「店としては、カップがおいしければそれでいい、というスタンス。店を出る時に、“なんかコーヒーが旨かったな”、と思ってもらえればそれでいい」と田和さん。特段、スペシャルティを打ち出すわけでもなく、看板のテンプルブレンドや極深煎りのアイスコーヒーといった定番に注力する。

もちろん、今のコーヒー事情をよく知る田和さんだけに、葛藤もあった。同業者からは、“スペシャルティの豆をそんなに深焼きにするの?”と言われたこともあった。それでも、「クリーンカップであることは明らかで。甘味の広がり方などはスペシャルティならではのもの。ただ、自分たちが“これがいい”と思っていても、お客さんに無理強いするのは違うと思うんです。コーヒーの勉強をしてきたけど、店が続いていくことが何より大事ですから」。街の喫茶店へのニーズとコーヒーの質の劇的な変化、その間で模索を続けた「Coffee Temple」のスタイルは、決して妥協の産物ではなく、両者の共存の形を体現している。

その中にあって、2018年、白川の焙煎所を改装して、新たに「Temple Coffee Roaster」としてリニューアルオープン。豆の販売専門店としてスタートした。「喫茶店の併設ではなく、単独で豆の販売をしたかった。コロナ禍もあって、家庭で豆を使うことも増えたし。作り手としては、もっといろんな豆を売りたいという思いはある。今までに蓄積した経験が、ようやく生かされる場所ができました」と田和さん。スペシャルティグレードの豆を扱っているが、フレーバーやスペックの表記は書かないというあたりに、テンプルイズムが生きている。「記すのは産地と焙煎度くらい。フレーバーを書くとそれに引っ張られる。先入観の影響は大きい。こういう情報はお客さんにとって余計なものだと思うので」

それは、店で飲むときも同じこと。元よりコーヒーの味作りに手を抜くことなどなく、素材や焙煎に洗練を重ねてきたが、お客にとっては一番重要なことではない。むしろ街のコミュニティとして、場所、時間を共有することが喫茶店の本領だ。「家業を継ごうと思ったのは、この店の名前を残したいという思いが一番強い。といっても全国的にとかでなく、神戸という街の喫茶店としてあり続けたい」。衒いのない姿勢に、街の喫茶店の矜持が伝わる。

■田和さんレコメンドのコーヒーショップは「辻本珈琲」
次回、紹介するのは、大阪府和泉市の「辻本珈琲」。
「元々は日本茶茶舗から転身されたユニークなコーヒー店です。店主の辻本さんとは、一緒にブラジルのコーヒー農園視察に行ったのが縁で、今ではSCAJの委員会でも一緒に活動しています。最初は委託焙煎のドリップバッグの販売から始まって、自家焙煎のコーヒーショップとして開店されたという、一般的なコーヒー屋さんとは異なるアプローチがおもしろい一軒です」(田和さん)

【Coffee Templeのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 12キロ(半熱風式)
●抽出/ネルドリップ、サイフォン
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(480円~)
●豆の販売/ブレンド6種、シングルオリジン12種、200グラム1100円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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