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世界でも繁殖例はわずか5園のみ。サメ・シロワニは生まれる前からハードモード!?【会えなくなるかもしれない生き物図鑑】

  • 2023年2月2日
  • Walkerplus

野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館に取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、2021年にシロワニの繁殖に日本で初めて成功したアクアワールド茨城県大洗水族館の徳永さんに、お話を聞いた。



■20年をかけてようやく繁殖に成功
――アクアワールド茨城県大洗水族館は太平洋に面した、国内屈指の規模の水族館。中でも、サメの飼育に力を入れていて、同館のシンボルマークにもサメが使われているほど。現在、60種類(2023年1月現在)ものサメが飼育されている海の総合ミュージアムだ。そんな同館に2021年2月、朗報がもたらされた。環境省の海洋生物レッドリストで2017年に絶滅危惧種に選定されているサメ・シロワニの妊娠が判明したのだ。

2020年3月に、シロワニの交尾が確認されました。それを見た我々は「うまくいって赤ちゃんができればいいな」と期待をかけてシロワニの様子を見守っていました。だんだんおなかも大きくなってきたのですが、それだけでは妊娠が確定したというわけではありません。シロワニの場合、おなかが大きくなった後に受精しなかった卵を一斉に排出するということもあるので、どうなるのか飼育員一同で見守っていました。

でも、いつまでたっても卵の排出は起こりませんし、おなかもどんどん大きくなっていきます。そして2021年2月、母親のおなかの胎動を認めました。ガラス越しでも赤ちゃんが、おなかの中でポコンと動いたのが分かりました。

そこで初めて妊娠が確定。それからはこれまで以上に力の入った観察、見守りの日々です。サメの妊娠期間は9カ月から12カ月ぐらいと言われていますが、その間飼育員が交代で24時間体制に近いぐらい、ガラス越しに見守りました。

シロワニは、とても穏やかな性格のサメです。ただ、子育てをしたり、子供を守るといった性質はありません。同じ水槽にはほかの種類のサメもいるので、赤ちゃんがほかのサメから攻撃されたり、噛みつかれたりする可能性があります。なので泊まり込みもしつつ、必ず誰かしらが水槽のそばにいる状況をつくり、赤ちゃんが生まれたらすぐに水槽からすくい出そうと、ずっと張り付いて観察していました。

■24時間体制で出産に臨む
――飼育員たちは片時も目を離さず、母シロワニの状況をつぶさに見守った。そして2021年6月17日、ついにその時がやってきた。

生まれてきたのはお昼に近く、スタッフがたくさんいる時間帯でした。事前に確認した情報では出産直前に母親のおなかと排泄孔から白濁液が出ると聞いていて、確かに出産の数時間前にそれを観察できました。これを受けて「いよいよ生まれる!」となり、大人数のスタッフを動員してしっかり体制を組みました。その甲斐あって、無事に赤ちゃんを水槽からすくい出すことができました。

これは国内初の繁殖例で、海外でもわずか5例とほとんど例がありません。赤ちゃんを絶対に成長させなければいけないと、飼育員が付ききりでエサを与えて、とても大切に育てました。

私自身も生まれる瞬間をガラス越しで張り付いて見ていたのですが、生まれた直後は涙が出るぐらいうれしくて、実は興奮のあまり細かいところはほとんど覚えていないほどです(笑)。水槽の上で待機しているスタッフが赤ちゃんをすくい出してくれるまでは、祈るような気持ちで見ていました。

■赤ちゃんがエサを食べない!
――赤ちゃんの誕生は同館にとっても大きな喜びだ。ただ、繁殖例が少ないということは飼育に関する情報も少ないということでもある。

国内では繁殖の成功例がなかったため飼育に関するノウハウがなく、手探りで飼育しなければいけないのが苦労した点です。

生まれて10日間は全くエサを食べてくれませんでした。私たちも心配になって棒の先にエサを付けたものを作り、それを口元まで持っていって匂いを嗅がせたりしたのですが、それでも食べてくれません。10日目になってようやく、アジをひと切れ私の手から食べてくれて、ひと安心しました。エサはイカやアジを与えてみましたが、どうもアジが好きなようです。

誕生時の赤ちゃんの体長は92.2センチ。成体は3.2メートルほどの大きさになるので、比べるとその小ささが分かると思います。その後4カ月ほどで常設水槽にて一般展示を開始し、このときの体長は108.8センチ。さらに誕生から約1年が経過した2022年6月13日の計測では160.5センチにまで成長し、体色も薄茶色からだんだんと濃くなり、成体に近い茶色に変化しました。

今でもエサをちゃんと食べてくれているのか、体調を崩していないのか、細かく注意を払って飼育しています。

■生存競争はお腹の中から始まっている
――サメの出産形態には卵を産んで孵す卵生と、胎内である程度の大きさまで子供を育てて出産する胎生の2つの形態がある。シロワニは胎生で、1メートル近い大きな赤ちゃんを産む。

当館では卵生のサメの繁殖にも力を入れていて、成功例も結構あります。サメ全体の4割ぐらいが卵生で、13~15センチぐらいで生まれてくる赤ちゃんもいます。それでも彼らはその小さな体で、自力で生きていかなければいけません。

一方、シロワニはかなり大きくなるまでお腹の中で育て、生まれた時点で1メートル近くにまでなっています。これは、生まれた時点でほぼ生きていけるだろうという大きさで産むからだと考えられます。

シロワニの子宮は2つあり、一度の出産で最大2匹の赤ちゃんが生まれます。受精後、子宮の中では受精卵から孵化した赤ちゃんがどんどん出てきますが、最初に生まれた大きな赤ちゃんが次々に生まれてきた他の赤ちゃんを食べて、自分の栄養にして育ちます。

■野生のシロワニの調査から、水温をダイナミックに調整
――胎生とはいえ、子宮内では激しい生存競争が繰り広げられ、その結果赤ちゃんが誕生してくる。そこに至るまでにはさまざまな試行錯誤を繰り返したという。

繁殖の成功例がなかったので、どのような環境を作ってやればうまく繁殖できるのかといった情報もありません。当館では20年以上前、シロワニの飼育を始めた当初から繁殖を目標に掲げていました。その中で水温を夏場は上げて、冬場は少し下げるといった変化を付けたり、水槽の照明時間を季節によって長くしたり短くしたりするなどの調整をしてきました。

その結果、2015年には初めて妊娠の確定まで至りました。残念ながら死産で小さな赤ちゃんが早く出てきてしまったのですが、妊娠したことでこの方法が間違いではなかったことが分かりました。ただ、その後も継続してチャレンジはしていましたが、そこから先には進んでいませんでした。

何かが足りないのではないかと頭を抱えた時期もあったのですが、私が小笠原の野生のシロワニの調査に行ったときに分かったのが、彼らは結構水温の変化がダイナミックなところで生活しているということ。一定の水温でずっと暮らしているのではなく、水温の変化の激しいところで生活していたんです。そこで飼育下でも、水温の幅をさらに広げるというチャレンジを開始。水槽にはほかのサメもいるのですが、まずはシロワニの繁殖を優先させたいと温度の調整をしました。これが成功につながったかどうかは明確ではありませんが、結果的に成功したという流れです。

■巨大な子犬と呼ばれる、穏やかな性格のサメ
――シロワニは写真でもわかるように、サメらしいルックスの持ち主だ。だが、性格はとても穏やかだという。

シロワニはいかにもサメらしいサメという感じの、かっこいい体形。むき出しの歯であったり、目付きであったり、こちらが圧倒されるぐらいの迫力です。一方で性格は非常に穏やかでのんびりしています。そのあたりのギャップが魅力ですね。

英語では「巨大な子犬」と表現されることもあり、確かにそう言われてみればそんな感じです。野生のシロワニを見ても動きがとてもゆっくりで、のんびりしています。時間の流れが緩やかに感じられて、スローライフという言葉がぴったり合うようなサメです。

■水槽の底を観察してみよう。抜け落ちた歯が落ちているかも
――特に特徴的なのがむき出しで鋭い歯だろう。

あのサメの歯はかなり頻繁に抜け替わります。正確な測定ではないのですが、おおよそ1週間に1回ぐらい生え変わっているようです。水槽の底には抜け落ちたサメの歯が散らばっているので、機会があればご確認ください。抜け落ちた歯は貴重な標本になるので、回収できるものは回収し、標本として蓄積しています。特にシロワニの場合は極力集めるようにしています。

シロワニはその歯も相まって見た目が怖く、お客様からは「人食いサメですか?」と言われることもあるのですが、そういったことはないと毎回ご説明しています。

エサはもっぱらアジ。丸ごと1匹を水槽の上から投げ入れるような形で与えていて、シロワニたちは水槽の底に落ちたアジをおとなしく拾って食べます。ただ、3メートルを超えるような大きな体なのに、意外と小食。1日に食べるアジの量は1~2匹ぐらいです。食べる日と食べない日がありますが、平均するとそれぐらいになります。あまり活発ではなくゆったり泳ぐ種類なので、1回食べるともう、しばらく食べなくても済むぐらいエネルギーを使わないのでは?と思われます。

■毎日の細やかな観察が、シロワニの健康を守る
――あまり食べないとはいえ、直接触れ合ってチェックしづらいサメにとって、食欲は大切な健康のバロメーターだ。

サメの体調チェックはガラス越しでの観察がメイン。体色や泳ぐ早さ、食欲、目の輝きなどを、触らなくても毎日細かくチェックしています。それによって日々の状態の変化が分かり、細かいところまで確認できます。

また、すべての個体を識別していて、どの個体がどのぐらいのエサを食べたかも欠かせない情報になっています。食欲はサメの健康度合いにダイレクトにつながっているのです。

サメにはさまざまな病気があります。寄生虫が付いてしまったり、食べない日が続いてやせすぎたり、逆に太りすぎたり、ストレスもあります。神経質なサメの場合、水槽の環境にも細かく気配りしています。

■大きな島にわずか50個体ほど。なかなか増えない生息数
――シロワニの生息域は限定的で、日本国内では小笠原諸島でのみ観察されているほか、オーストラリア、アメリカなどの比較的暖かい海に点在している。

野生下でもだんだん数が減少し、日本国内では急激な増加が望めないということで環境省の絶滅危惧種に指定されています。小笠原諸島では個体識別をしていて全部で50個体ぐらい識別されているので、それぐらいかもう少し多く生息しているとは考えられますが、大きな島でたった50個体前後というのは非常に少ない個体数だと考えられます。

減少の理由は、一時期釣りの対象になったり、誤って漁網にかかってしまったりということが原因だと考えられています。海外では保護すべき種として位置づけられているため生息数が増えればいいのですが、繁殖のスピードが遅く生まれる子供の数も少ないので、一度減少するとなかなか回復しないのだと思われます。

■顔は怖いけど、かわいらしいシロワニ。そのギャップを見て
――徳永さんは来館者に、シロワニについて「見た目とのギャップを見てほしい」とアピールする。

性格がとてもおとなしいということを知ったうえで、見ていただきたく思います。当館では毎日午前中に給餌をしています。上からエサが落ちてくる様子や、水槽の前でエサを食べているサメをチェックしている飼育員がいたりするので、その時間帯に運よく当たったら、シロワニたちがエサを食べる様子を見てください。顔は怖いけど、とてもかわいらしく食べる様子が見られます。

アクアワールド・大洗は日本国内で一番たくさんの種類のサメを展示しています。シロワニ以外にもいろいろな魅力があるので、ぜひ水族館に足を運び、サメに出合っていただければと思います。

取材・文=鳴川和代
監修=久保田潤一(NPO birth)

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