全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
関西編の第23回は、奈良県大和郡山市の「K COFFEE」。2014年のオープン当初は、古いガソリンスタンドを改装した店構えと、“金魚が泳ぐ電話ボックス”で話題を集めたが、近年は奈良の実力派ロースターとして関西でも注目の存在に。幼いころからコーヒーが苦手だったという店主の森さんは、郡山への移住を機にコーヒーの魅力を再発見。旺盛な探求心と行動力で店を立ち上げた今も、焙煎に対する追求は止まることがない。興味を持ったらとことんまで、“好きこそものの上手なれ”を体現する森さんが追求する理想のコーヒーとは。
Profile|森和也(もり・かずや)
1978(昭和53)年、大阪府大阪市生まれ。大阪のお好み焼き店で5年の勤務を経て、結婚と奥様の出産を機に奈良県大和郡山市に移住。家事・育児中心の主夫生活の傍らコーヒー店の開業を目指し、コーヒー教室やシアトル系カフェでのアルバイトで経験を積み、地元の商店街で週末カフェをスタート。2013年、市内の空き家を活用したアートイベントで、ガソリンスタンド跡地の展示会場でコーヒーを提供し、終了後も継続出店する形で、2014年に「K COFFEE」をオープン。2021年には奈良県北葛城郡に2号店「MORI ROASTERY」をオープン。
■郡山への移住を機に、コーヒーの真の魅力を再発見
金魚の養殖で全国に知られる奈良県郡山市。「K COFFEE」が店を構えるのは、城下町の面影を残す目抜き通り・柳町商店街の入口。と言っても、ぱっと見は古いガソリンスタンドの跡地で、目立った看板も見当たらない。もちろん、歴としたコーヒーロースターだが、「知らずに来た方には、“ここは何の店?”と聞かれますね」と屈託なく笑う店主の森さん。界隈の雰囲気とは一線画した、この店の不思議な存在感は、そのまま森さんのユニークなキャラクターを体現している。
そもそもは出身地の大阪でお好み焼き店の開業を考えていたという森さん。5年ほど働いた修業先の店では店長まで務め、家に鉄板やテコなどの道具も揃えていたほど。その頃は、コーヒーはむしろ避けていたという。「子供の頃に缶コーヒーでお腹を壊して以来、苦手意識がついてしまっていたんです」と振り返る。結婚して子供が生まれたのを機に、育児・家事が生活の中心に。出産から2年後には、奥様の実家でもある奈良県郡山市に移住することになり、森さんは仕事を辞め、本格的に主夫へと転身。ただ、これが思わぬ転機を呼び込むことになる。「郡山に移り、家族で出かけたカフェで、久しぶりにコーヒーに手を伸ばしたら、“今は意外と飲めるやん”と気付いたんです。それ以上の特別な感慨はなかったんですが、それがきっかけで、 “淹れ方はどうしてるのか?”ということが気になりだしたんです」
自らを評して、「人に勧められて興味を持つことがないけれど、自分から関心を抱いたものにはとことん向かっていくタイプ」という森さん。早速、コーヒーのことを学べる場を探し、地元の焙煎卸・香豆舎が主催する月1回の教室に通い始めた。「抽出とか手焙煎とか、ここでコーヒーのイロハを教わりました。豆に湯を注ぐと膨らんでいく様子や、シャカシャカと手網を振る作業は思ったよりも楽しくて、おいしいコーヒーは豆が新鮮であること、というのも知って、どんどん深みにはまっていきました」。そこで、もしかしたらカフェならできるかもしれないと、近隣のスターバックスでのアルバイトもスタート。それまで訪れたことすらなかったが、とにかく家の近くの店で経験を積もうという一心だった。ただ、実際の現場は、教室で学んだことと異なることも多く、「店に入りたてにも関わらず、違和感のあることに対しては、改善の提案まで出したことがありましたね」と森さん。ひとたび関心を持つと、旺盛な探求心は止まることはなかった。
それでも、実際に開業するにはまだまだ足りないものが多かった。そこで、手始めに市内の商店街で週末カフェを開き、地域のお祭りやイベントにも参加して、コーヒー店主として実践の場を得た森さん。当初は手網の焙煎で豆を用意したが追いつかず、初めて電熱式の小型焙煎機を導入。さらに知人の所有する焙煎機を借りるなどで対応するなかで、ほどなく自らの焙煎機を購入することになるのだが、この時のエピソードからも森さんのキャラクターが伝わる。「大型の焙煎機を探していくうちに、井上製作所製の中古の直火式焙煎機を見つけたんです。ただし、条件が“宮崎県での引き取り”。それでも、どうしても欲しくて、フェリーに乗って取りに行きました。しかも日帰りで(笑)」
思わず舌を巻くたくましい行動力で、着々と設備を整え、日に日に開業への気持ちが高まっていた森さんに、チャンスが巡ってきたのは2013年。地域の空き家を活用したアートイベント・はならぁとの開催にあたり、期間中にコーヒーを提供することになった場所が、すでに役目を終えていたガソリンスタンドだった。
敷地内の電話ボックスを水槽に改造した、“金魚電話ボックス”の展示と併設される形で、森さんが会期中の1週間、コーヒースタンドとして営業。イベント終了後は作品と共に撤去される予定だったが、この場所に可能性を感じた森さんは、このまま継続したいと主催者に直談判。その熱意が認められて、2014年、改めて「K COFFEE」としてオープン、新たな拠点を手に入れた。
■気鋭の焙煎士に刺激を受けて深めた焙煎への手応え
念願の開店を実現したものの、店の敷地に残された金魚電話ボックスが界隈の新名所となったことで、当初はコーヒー店への関心は薄かったという。「店より電話ボックスが有名になりすぎて、しばらくは作品目当てのお客さんがほとんど。半ば観光地化してしまったこともあり、一時は焙煎所を別の場所に移していたほどで、コーヒーは“おまけ”みたいな状態でしたね」
ただ、この時点で焙煎の知識や技術は、焙煎機購入時に説明を受けたくらいで、ほぼ独学に近かったという森さん。改めて、焙煎を本格的に学ぶべく、ローストマスターズ委員会が主催する焙煎士の研修合宿・リトリートに参加。毎回、異なるテーマで機体や豆を変えて、チームで検証、ディスカッションを行う場で、同業との交流を増やしていき、焙煎に対する知識は飛躍的に向上する。
「合宿ではローリングやプロバット、ディートリッヒ、フジなど、さまざまな焙煎機を使います。その中で、焼き上がりが気に入ったのはプロバットとギーセン。中でもギーセンは、風力やドラム回転数などの可変要素が多いのが決め手になって、思い切って当時最新の機体を導入しました」
当時は関西ひいては国内でもギーセンの焙煎機を持つ店はまだ少なく、実際に触れることができるのは貴重とあって、同業者からの問い合わせが相次いだ。その中の一人に、焙煎技術の競技会・JCRCの優勝者で、世界大会出場を控えた沖縄・豆ポレポレの店主・仲村さんがいた。「世界大会の公式焙煎機がギーセンだったため、うちの焙煎機を使ってトレーニングしたいと申し出があって、奈良まで訪ねて来られました。思わぬ形で焙煎の日本チャンピオンと接する機会ができて、一層の刺激を受けましたね」。まさに望外のご縁を得て、さらに焙煎の追求に拍車がかかり、同業者が集まる焙煎の勉強会や、ローストマスターズ委員会の交流イベント・チームチャレンジにも相次いで参加。イタリアで行われた世界大会の視察にも足を運んだ。
「手網で焙煎していた頃から考えたら、勉強会で同業の人に認められたことは単純にうれしいし、時に競技会のファイナリスト以上の評価を得られたりすると刺激になる。こういう場に加わらなければ、ここまでの向上心は湧かなかったかもしれませんね」。JCRCのチャンピオンや気鋭の若手ロースターが集う場で腕を磨き、手ごたえと自信を深めていった。
■淹れる人を選ばない、お客それぞれが心地よく感じるコーヒーを
店で提供するコーヒーは、開店当初は3~4種だったが、今では10種以上にまで広がっている。ただ、メニューは産地や焙煎度などが記されている程度で、何とも素っ気ないのは、「カッピングしても言語化するのが苦手で、口でもあまり言わないし、メニューもすごく簡単にしています」と森さん。焙煎を始めた頃は中深煎りがメインで、浅煎りを焼く技術はなかったが、「徐々に中煎りがおいしく感じるようになって、酸が穏やかなコーヒーが好みだと気付きました。今は浅煎りも好きになりましたが、派手な味は苦手で、落ち着いた味わいで、続けて飲めるコーヒーが理想」という。
森さんが目指すコーヒーの方向性は、抽出に対する姿勢によく表れている。「僕は豆の選別と焙煎が仕事で、誰が淹れてもおいしいコーヒーが理想。だから、“ここで僕が淹れたコーヒーがおいしい”と言われるのは、ちょっと違うんです。特定の誰かが淹れないとおいしくない、というコーヒーは求めていない。お客さんに抽出のことを聞かれても、“分量だけはちゃんと計ってくださいね”と伝えるくらいで、後は各々で好きな濃度を知ってほしい。数字や手順を守るのではなく、自分なりの基準を作って、好みの味の感覚を持つことが大事。お店で淹れるよりも、この豆を使って家で淹れてもらった方がおいしい。そう勧められるだけの自信は持っているつもりです」と、ロースターとしての矜持をのぞかせる。
近年、コーヒーの味わいを説明する専門用語は飛躍的に増えているが、日ごろ訪れるお客は知らない人がほとんど。それでも、あえてお客と専門用語の共有しようという考えはないようだ。「そもそも、人によって感覚も言うこともばらばらで、お互いの感覚を合わせることは難しい。プロでも、焙煎の勉強会などでは毎回、ある豆を基準に味の捉え方を調整する基準合わせ・カリブレーションをしますが、数年やっていても感覚は更新されて変わっていきますから」と森さん。
それゆえ、お客には、以前に飲んだコーヒーと比較してもらったり、豆の購入時に無料でコーヒー1杯をサービスし、実際に味を試してもらったり、“基準合わせ”に近い提案に腐心している。「勉強会で評価が良くても、お客さんにおいしいと言われるわけではない。いろんな方が店に来るようになっても、どの人もおいしいと言われるコーヒーを目指したい。店としてのお勧めや打ち出しはなくて、それぞれのお客さんが単純に自分の好みで、心地よく感じるコーヒーが出せればいいと思います。風味のインパクトより、飲んだ後にふと、“あ、なんかおいしかったな”と、感じてもらえればうれしい」
■開店から8年、ロースターとしての本領発揮はこれから
ロースターとしての地歩を固めながら、営業すること4年を経て、金魚電話ボックスの撤去が決まる。その後の2年ほどは客足もガクッと落ち込んだが、「本来のコーヒー目当てのお客さんが増えて、同業者の口コミで訪ねてくれる方も多くなりました」と森さん。店は紆余曲折を経ながらも、“おいしいコーヒーを出したい”という気持ちは、当初から変わることはない。
ただ、焙煎を始めた頃は、豆が焼ければなんでも楽しかったが、今ではコーヒーへの向き合い方も変化してきた。「最近は、今までより自分の焙煎に対するハードルが上がっている感覚はあります。中~浅煎りの豆は特に、“これは焙煎由来の風味か素材由来の風味か?”“甘さはもっと出ないか?”などと考えることが多くなりました。今までは、豆の仕入れ時のカッピングでイメージをつかんで、サンプルも焼かずにいきなり焙煎して味を判断していましたが、だんだん感じ方がシビアになってきて、狙いがさらにピンポイントになってきていますね」と、今もって“おいしさ”のアップデートは続いている。
一方で2021年には、初の姉妹店「MORI ROASTERY」をオープン。本店とは打って変わってスタイリッシュな店は、豆や器具の販売。テイクアウトもでき、広い駐車場も備えている。「新たにスタッフも加わって、今まで、ここでできなかったこと自分がやれなかったことを形にしていこうと。この数年はコーヒーに集中しすぎたので、ペアリングとか、違う方向にも間口を広げたい」と森さん。今まで主夫業も大きなウェイトを占めていたが、子供の成長と共に徐々に時間に余裕が生まれ、勉強会や交流できる機会が増えたことも大きいという。
長年、言われ続けてきた“金魚電話ボックスの店”のイメージを払拭し、ようやく本来のロースターとしての本領を発揮している森さん。それでも、飄々として、気さくにお客を迎える姿は、気負いは感じさせない。「結構、長く続けてきて、うまくいったりいかなかったりもありましたが、ようやく“コーヒーもおいしいよね”と言ってもらえるようになりました。僕、普段から切磋琢磨してる風には見えないでしょう?ちょっと謎めいたイメージで、“変わった店だな”と思ったらコーヒーはめちゃくちゃおいしいとか、かっこいいじゃないですか(笑)。これで焙煎日本一とかになったりしたら、それこそすごいですが、今でもノリとしては趣味の延長。まだまだ野望はありますが、楽しく続けられるのが一番ですね」
■森さんレコメンドのコーヒーショップは「TABI Coffee Roaster」
次回、紹介するのは、奈良県奈良市の「TABI Coffee Roaster」。
「店主の田引さんは、奈良の自家焙煎コーヒーの老舗・珈琲館 煦露粉(クロコ)で長年、焙煎を担当。独立される前に、相談に来られたことが縁で、奈良市内に行ったときは、店によく立ち寄ります。名店ゆずりの、深めの焙煎がメインで、マイルドな味わいは“古き良きコーヒー”の印象。お洒落で物腰柔らかな田引さんの人柄も、人気の理由です」(森さん)
【K COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ギーセン 6キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(フラワードリッパー)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(440円~)
●豆の販売/シングルオリジン14~15種、200グラム1000円〜
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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