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【会えなくなるかもしれない生き物図鑑】122頭がわずか4頭に。日本のラッコの未来とは?

  • 2022年5月5日
  • Walkerplus

野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、三重県の「鳥羽水族館」で39年にわたりラッコの飼育に携わる石原良浩さんにお話を聞いた。

■前足を器用に使う、頭のいい動物
――鳥羽水族館では現在、鳥羽水族館生まれのメイ(17歳)と和歌山県のアドベンチャーワールド生まれのキラ(14歳)の2頭のラッコを飼育している。

メイはちょっと神経質で怖がりなところがありますが、動きは活発で非常に頭のいい子です。一方キラはおっとりした性格で、細かいことに動じないマイペースな子。たとえば、水槽の周りで工事の音が聞こえると、メイは敏感に反応しますが、キラは全く動じず気にも留めない。性格は正反対です。

ラッコは前足を器用に使うことができる、非常に頭がいい動物です。おもしろい前足の使い方をしたり、さまざまな遊びをしたりと、ほかの動物ではなかなかできないことを見せてくれるので、とても魅力的です。

たとえば、脇の下に皮膚のたるみがポケットのようになっている部分があって、メイはそこにプールの底に落ちている小さな貝殻を貯めています。でも、泳いでいるとぽろぽろこぼれてしまうので、貝殻がこぼれないよう割っていない貝殻でふたをしています。これは、メイが自分で編み出したこと。私たちが教えた訳ではないのに、ラッコはそういう工夫ができる動物です。単にかわいさだけじゃなく、そういうところも見ていただくと、より面白いと思います。

■早朝出勤すると、まさかの光景が……
――鳥羽水族館でのラッコの飼育は1983年10月3日に始まり、今年で39年。飼育を始めたころの忘れられない出来事を、石原さんは振り返る。

当時、アラスカからやってきたオス1頭、メス3頭の内、長旅の疲れもあってかあるメスの体調が思わしくなく、獣医さんと相談しながら治療をすることに。ただ、その個体が妊娠していた場合、使用する薬剤の影響で流産の可能性がありましたが、それでもその個体を助けることをまずは優先しました。

それからしばらくして翌年の2月23日、早朝6時半ごろに出勤したところ、メスの1頭が何か変なものを抱いていたんですね。「なんだこれは!?」と驚いてよく見たら、赤ちゃんを抱いていた。しかもそれは、治療に薬剤を使用した個体だったんです。これが日本で初めて生まれたラッコで、のちにチャチャと名付けられます。

ただ、当時はラッコの飼育方法自体わからないことが多く、そこに赤ちゃんが生まれてしまったので「これからどうすべきか?」と、ちょっと頭の中が真っ白になってしまいました。その後元気に育ってくれましたが、今でも一番記憶に残っている出来事です。

■遊びに対する根気は特筆もの。ガラスだって打ち砕く
――飼育当初は水面からの姿しか見えなかった水槽も現在は改装され、水面だけでなく水中の姿も見ることができる。これは、飼育にあたりどのような水槽が向いているのか試行錯誤した結果でもある。

実はアラスカからやってきて数年がたった時、プールを壊されてしまったことがあるんです。貝殻でたたいて、防水層に穴をあけてしまった。それは力であけたのではなく、根気であけたものです。ラッコは面白いと思ったことはひたすらやり続ける動物でして…(笑)。ほかの園館では、コンクリートの中から出てきた石で、ガラスを割ってしまった事例もあります。だから、常に遊びに関しても目を離さないようにしなければいけない。特に若いと、遊びだしたら食事も放り出して夢中になる個体もいます。

■実は皮下脂肪がほとんどない。だからこそ気が抜けない
――飼育を開始した当初、ラッコの飼育方法のデータは少なく、石原さんたちも手探り。それから40年近くが経ちデータの蓄積も増えたが、現在でもラッコの飼育は気を抜けない点が多い。

非常に寒いところに住む動物は、通常皮下脂肪をたくさん蓄えて寒さから身を守ります。ところが、ラッコは皮下脂肪がほとんどありません。そのかわり、高密度に生やした毛皮の中に空気の層を作って、断熱や浮力を得ています。

断熱のためには常に毛をきれいにしておかなければならず、それを担うのが彼らの前足です。しかし、そこにちょっとでも切り傷があったりすると、毛の中に血を塗り込んでしまいます。そうなると、皮膚に水がしみ込み、ラッコはあっという間に死んでしまうのです。

ですから、前足のケアや状態の確認には非常に気を使います。なのにラッコは割とそそっかしく、割った貝殻でちょくちょく切ってしまうので、そのたびにピリピリしますね。

また、毛皮が非常に分厚く、エコーや血液検査などいろんな検査ができません。常に病気に気を付けて、状態の確認にも神経をとがらせています。ラッコは非常に適応能力のある動物なので、飼育自体はそれほど難しくはありませんが、けがや病気に対する注意が他の動物以上に重要で、治療も非常に難しいんですよ。

犬などは体温が上がると、口で息をして体温を下げます。ところがラッコには、意図的に体温を下げる機能がありません。熱を逃せなくなるため治療の際に興奮させてしまうと、高体温症でショック死してしまう可能性も。ですので、治療に対しても非常に神経を使います。よくこんな不安定な生き物があんな厳しい自然環境で命を紡いでいるなと、不思議に思います。

■繁殖力旺盛なラッコが国内では激減。その理由は草食系男子化?
――一時は日本国内だけで28か所、122頭も飼育されていたラッコだが、現在は激減し、鳥羽水族館を含めその数わずか4頭。適応能力が高いはずのラッコがなぜ激減したのか、その理由を石原さんはこう語る。

減少の理由はたくさんあると思いますが、日本ではアメリカから野生のラッコを導入してたくさん繁殖をしていたので、数が増えました。しかし、ある時点から輸入がストップしています。これはワシントン条約ではなく、アメリカの海洋哺乳類保護法という乱獲や海洋哺乳類の生息地を守るための法律の影響によるもので、野生の個体の捕獲ができなくなりました。

動物園や水族館で長く、何代にもわたって動物を飼育する場合は、血統が濃くならないよう、定期的に新しい血統を入れることが大切です。ところがそれができなくなり、さらに、たくさん生まれた個体も世代を重ねるごとに繁殖能力が劣ってきました。まず生まれたオスが、メスに対して交尾ができない。

水槽生まれの世代はやさしい個体が多く、パワフルなオスが少なくなってきました。これを「草食系」と評した新聞社の方もいましたね。交尾が成立しても妊娠しなかったり、母乳が出ないメスもいたりして、水族館で生まれた個体の繁殖力が落ちたことも理由の一つです。そのようなことが重なり、悪循環のような形で個体数が減少しました。

■ラッコの展示に未来はあるのか?
――現状国内で飼育されているラッコ4頭のうち、メスの2頭はすでに繁殖が難しいとされる16歳以上となり、残りのオスとメスは同じ両親から生まれた兄弟なので、繁殖させることはできない。日本にいるラッコの将来展望は非常に厳しく見える。ただ、どこかから個体が入ってくる可能性がゼロという訳ではない、と石原さんは話す。

ラッコはアメリカやロシアに生息していますが、生息地では親がサメに食べられたり、シャチに襲われたりして、海岸に打ち上げられた子供の座礁(ストランディング)ラッコが毎年見つかっています。座礁ラッコの赤ちゃんはアメリカの動物園や水族館で、人工哺育で育てられます。ただ、ここで繁殖をしてしまうと新たなストランディング個体を受け入れられなくなるので、保護されたオスはすべて去勢されます。それでもアメリカの園館ではすでに飽和状態になっているため、海外への輸出が始まっています。

日本では今まで繁殖させてそのデータを積み上げてきたので、ストランディング個体は受け入れてこなかったのですが、現状を考えるとそうも言っていられない。ラッコはとても興味深くおもしろい動物なので、これからも継続して日本の皆さんに見ていただきたいです。

それから、以前は絶滅したと言われていた北海道のチシマラッコが、近年になり戻ってきていると言われています。現在でも絶滅危惧種に指定されている希少種で、これは大変喜ばしいことです。しかし順調に繁殖が進んだ場合ラッコは大量の魚介類を食べるため、漁業者と摩擦が起きる可能性も。また、事故が原因で赤ちゃんが取り残されてしまうケースも考えられます。そういうことがあった時、何らかの対応ができる体制だけは整えておきたいと考えています。

■5分でも足を止めて、気づいて興味を持って
――愛くるしく、愛嬌たっぷりのラッコ。石原さんは「かわいいだけじゃなく、道具を使って工夫をするなど、よく見ていただくと本当に面白い動物」とラッコを評する。

5分でもいいので、足を止めていろんなところを見ていただきたいです。たとえばプールに潜った時、水圧で押し出された空気の泡がラッコの後ろに星くずのように流れていくところや、プールの底にある食べ物を探る時に、ひげや前足でプールの底をこすりながら泳いでいく様子など、ちょっと立ち止まって見ていただくと面白いことが見えてきます。

時間をかけて見てみると、今まで気づかなかったことがたくさん分かるはずです。気づいて興味を持つことが、自然保護などさまざまな入口になるので一番大切。私も39年見ていますけど、まだまだ分からないことだらけですし、これからも面白いことがたくさん見えてくると思っています。

取材・文=鳴川和代

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