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コーヒーで旅する日本/関西編|専門店だからこそ平易な言葉で、日常にコーヒーを楽しむシーンを広げる。「かみかわ珈琲焙煎所」

  • 2022年3月22日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

大阪・豊中の「かみかわ珈琲焙煎所」。関西の人気ロースタリー・カフェで長年、焙煎に携わり、日本で数少ないQグレーダー資格を持つ、経験豊富な店主の河上さんが提案する、「お砂糖やミルクがいらないコーヒー」の真意とは。

Profile|河上達哉
1978(昭和53)年、徳島県生まれ。幼少時に大阪・豊中に転居し、大学時代に地元の自家焙煎コーヒー店でのアルバイトでコーヒーの魅力に開眼。大学卒業後は、大阪・兵庫で19店を展開するロースタリー・カフェ「ヒロコーヒー」に入社。製造部で13年を経て、2017年、豊中に「かみかわ珈琲焙煎所」をオープン。

■コーヒーマンとしてのあるべき姿を学んだ“大先輩の背中”
豊中市民の憩いの場・豊島公園の向かい側。交差点の角に立つ店の前には、さりげなく、こんな看板が立っている。“砂糖やミルクがいらないコーヒーを焙煎しています”。思わず目を引く一文こそ、店主・河上さんのスタンスを端的に伝えるメッセージだ。「住宅街にあって、来られるのは地域の方々。専門的な用語や難しい言葉を使うと、コーヒーの魅力が伝わらないので、開店にあたり、まずはどんな人にも通じる表現を考えました」と河上さん。一見、大胆にも聞こえるが、長年、プロとしてコーヒーに携わってきた経験があるからこそ、生まれたフレーズだ。

河上さんのコーヒーとの出会いは、大学時代にアルバイトをしていた地元の自家焙煎コーヒー店でのこと。「マスターが貿易の仕事を引退後に始めた店でしたが、コーヒーへのこだわりが強く、豆の種類も多くて、当時プレミアムコーヒーと呼ばれた、高品質な豆も扱っていました。その頃、自分が飲んでいたのは甘い缶コーヒーくらいでしたが、マスターの勧めで初めてブルーマウンテンを飲んだら、ブラックでも“おいしいな”と思えたんです」

この店で4年間勤めた経験から、どこかで“コーヒーを仕事に”との思いが芽生えていたのだろう。就職を考える時期になって、関西の老舗ロースター・カフェ、ヒロコーヒーの求人を見つけたのも、偶然ではなかったかもしれない。

「多くの支店を展開する人気店で、しかもコーヒーの焙煎に関わる製造部の募集は珍しいこと。これは何かの縁だと思って、迷わず応募しました。後で知りましたが、仕事には配送も含まれていて、免許を持っているのが条件にあったのですが、たまたま自分だけが持っていたそうで。採用後の最初の仕事はトラックの運転でした」。そう苦笑する河上さんだが、ここでつかんだチャンスと幸運が、大きなターニングポイントとなった。

当初は、小さなロースターでサンプル用の豆の焙煎を担当し、2年後に兵庫県猪名川町に工場が移転・拡張したのを機に、本格的に焙煎の仕事に携わり始めた河上さん。「社長が探求心旺盛で、自ら現場での仕事にも関わる方で、その姿を見て、自分もコーヒーのことなら何でも応えられる、“社内で一番のコーヒーマン”を目指そうと思いました」

そんな社長の職人気質を表す好例の一つが、工場に設置された焙煎機のバリエーション。フジローヤル、プロバット、ディートリッヒとメーカーもさまざまなら、サイズも3~60キログラムと多種多様。「これほどタイプの違う焙煎機が使えることはなかなかないこと。同じ豆でも、機種による仕上がりの変化を実感できたことは得難い経験でしたね」と振り返る。そうなると他店の焙煎も気になり始め、いろいろな自家焙煎店を飲み歩くようになり、コーヒーの味作りに面白みを見出していった。

そして何より河上さんが、この仕事の醍醐味を感じたのは、後に製造部で品質管理責任者になった頃から。味作りに必要な生豆を精査するポジションを得て、さらに楽しさが増したという。「実は品質管理者になる前に、自発的にカッピングジャッジ(※1)の資格を取っていました。ワインのソムリエと同じで、コーヒーの風味をテイスティング、審査するスペシャリストです。受講に40万円必要でしたが、どうしても取りたいと思って、当時乗っていたバイクを売って受講料を捻出しました。身銭を切ったぶん、集中して取り組みましたね」

当時、資格所有者はまだ珍しく、さらにその後は、カッピングジャッジを統合した新規格のQグレーダー(※2)も取得。生豆の仕入れの判断にもカッピング(SCAAカッピング方式)が導入されるようになった。時に原料1年分の仕入れを判断する仕事は、プレッシャーも相当に大きいが、それを上回る熱意で、知識と技術に磨きをかけた河上さん。かつて目指した“社内一のコーヒーマン”と呼べるような実力を身に着け、独立を考え始めたのは開店の2年前だった。

■能書きよりイメージでコーヒーを飲むシーンを提案
店を開くなら地元・豊中でと、自転車で駆け回って見つけたのが、駅から少し離れた喫茶店の跡地。「近くには成人式を行った市民会館もあり、思い入れのある場所。製造部にいた強みを生かして、当初から豆の販売をメインに考えていました」

満を持しての開店にあたり、“お砂糖やミルクがいらないコーヒーを焙煎しています”の看板を掲げることになったのは、前職の最後に就いた直営カフェのホールで、接客した時の気付きから。「十数年ずっと製造部にいて、お客さんと直に向き合うことがなかったので、接客をすることで偏った感覚をリセットする意味もありました。実際、来店するお客さんは、そこまでコーヒーに詳しいわけでもないですし、例えば、コーヒーの風味特性がいちごやオレンジといってもほとんど伝わらない。そこでまず、イメージを共有できる言葉が必要と感じて、思案を重ねた末にできたのがあの看板なんです」

とはいえ、決して砂糖やミルクの使用を否定するものではない。各々の個性が際立っているスペシャルティコーヒーならではの風味を、まずはそのまま味わってほしい、という思いの現れ。いわば店のコーヒーに関心を持ってもらうための入口なのだ。近年は産地や品種、精製方法など、ますます細かく、かつ複雑になりつつあるコーヒーの世界。専門店であっても、いかに身近な分かりやすい言葉で伝えるかが、河上さんが最も腐心していることの一つだ。

「前職時代には、トップオブトップのスペシャルティグレードから一般流通の豆まで幅広いカッピングをして、味の幅を体感していたのが今になって生きています。お客さんの大半は“コーヒーをよく知らないから”と迷われるので、この経験をベースに会話して好みを探り、求める声をくみ取って、通じたときの嬉しさと言ったらない。それが次の味作りの刺激になりますね」

製造部にいた頃は、「コーヒーそのものがおいしければいい」という思いがあった河上さんだが、実際に味を伝える難しさを知り、飲んでいるシーンを想像してもらうという方向にアプローチを変えた。店頭に並ぶコーヒーは13~14種。とりわけ、店の代名詞ともいえるのが、「日常のいろんなシーンで飲んでほしい」と提案する5種類のとよなかSONeブレンドだ。

浅煎りから深煎りまで、焙煎度も異なる各ブレンドのポップに添えられた“マスターの一言”に、お客とのコミュニケーションの工夫が垣間見える。例えば、浅煎りなら“~桃色のときめき~さわやかなフルーティな風味は目覚めの一杯に”、中煎りなら“~グリーンの穏やかさ~マイルドNo1。豊中の穏やかな日常をブレンドで表現しました”、といった具合。細かなスペックや能書きは一切なし、直感的に伝わる言葉がコーヒーを飲む情景のイメージを広げてくれる。

■焙煎に必要なのは理論+作り手の思考と感情
専門店だからこそ、親しみやすい言葉でコーヒーの楽しみ方を伝える河上さん。もちろん、そのイメージをリアルに感じてもらうには、コーヒーのクオリティが伴ってこそ。ヒロコーヒーでよく使っていたというプロバットの新鋭機・プロバットーネで引き出す味わいは、滑らかな口当たりとともに、個性的なフレーバーの輪郭が鮮やかに際立つ、清々しい味わい。曇りのない、あくまでクリーンな飲みごたえに、焙煎職人として磨いてきた確かな技術と矜持が伝わる。

「理想は飲みはじめと後味がきれいなこと。焙煎は理論が土台ですが、そこに“このコーヒーを飲んでくれる人のために”という、作り手の感情が必要だと思っています。これは、前職の社長の味作りに共感する中で得られたもの。厳しい指導に感謝ですね(笑)」。誰のためのコーヒーなのかという、お客本位の姿勢ももちろんだが、生産者への思いも、焙煎には欠かせない感情の一つ。「以前、アジアのコーヒー農園で、生産者の仕事ぶりや現地の環境を見て以来、焙煎時にその姿が浮かぶようになりました。同じ豆でも、作り手の体験や思考は必ず出来上がりに現れると思います」

■ますます広がる新たな提案は“山で飲むコーヒー”
普段から食べることが好きで、評判を聞いて方々の店に足を運ぶことも多いという河上さん。「他のジャンルのおいしいものとコーヒーのおいしさも共通する部分があります」と、時々に味わったメニューに感銘を受けたり、味作りのヒントになることもあるとか。日ごろからコーヒーを飲む場面を想像するなかで、河上さんが新たに思いついたのは、“外で飲むコーヒー”だ。

「コロナでおうち時間も増えましたが、だからこそ外でコーヒーというのもいいなと思って、山登りをしたときに飲むブレンドのコーヒーバッグを開発中です。遠足で食べるお弁当と同じで、実際に自分で登山に出かけて飲んでみたら、本当に旨いんです!コーヒーバッグならかさばらないし、麻袋で作った専用サコッシュとステンレスカップをセットにして提案したい」

その名も「山ブレンド」シリーズは5月にリリース予定。いずれは季節ごとの山ブレンドも出したいという河上さん。気分に合わせて、コーヒーを味わうシーンはあらゆる場所へ。日々、味作りのイメージは膨らむばかりだ。

■河上さんレコメンドのコーヒーショップは「COLINA COFFEE」
次回、紹介するのは大阪府吹田市の「COLINA COFFEE」。「東京の共通の同業が関西の催事に来た時に知り合って、同じ北摂の店として、地域のコーヒーシーンを盛り上げています。プロバットの兄弟機的な存在でもあるギーセンの焙煎機を使う岩田さんのコーヒーも、クリアな味わいがうちと似ているので、普段どんなコーヒーを推しているのか、気になる存在でもあります」(河上さん)

【かみかわ珈琲焙煎所のコーヒーデータ】
●焙煎機/Probatone5 5キロ(半熱風)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオV60)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(350円~)
●豆の販売/ブレンド5種、シングルオリジン7~8種、100グラム648円〜

※1…SCAA(アメリカスペシャルティコーヒー協会)が定めたカッピングフォームにのっとり、コーヒーの評価ができると認定されたカップ審査員。SCAA。2010年よりQグレーダープログラムに統合・移行。新規取得は行っていない。
※2…正式には Licensed Q Arabica Grader。SCAAが定めた基準・手順にのっとってコーヒーの評価ができるとCQI(コーヒー品質協会)が認定(場合によってはCQIとSCAAの両方)した技能者。3年ごとに更新試験がある

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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