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ボードスポーツの二刀流・平野歩夢の挑戦、わずか半年の間に2つのオリンピックを経験した選手はいない

  • 2021年10月11日
  • Walkerplus

横乗り『二刀流』という前人未到の挑戦をする平野歩夢選手。国内外を転戦しながら、練習やトレーニングに没頭してきた平野選手が感じた世界との壁、コロナ禍での葛藤、東京オリンピックの延期、そして次に控える北京オリンピックへの思い。ベールに包まれた約3年間の歩みについて話を聞いた。
※本稿は『Two-Sideways 二刀流』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■激動の3年間の始まり
二刀流は時間との勝負でもあった。二刀流宣言から2年後に東京オリンピック、そしてその2年後には北京オリンピック。その短いスパンの中で、両方の代表に選ばれるということの難しさは、容易に想像がつく。二刀流宣言後、平野の生活は激変する。まず、スケートボードに専念するために、2019年シーズンはスノーボードの大会出場や練習は全て中断した。

「いままでは10年間くらい、毎年何月にはこの大会、というように同じルーティンでスノーボードのツアーを回って1年を過ごしてきました。でも、スケートボードを始めてからは、全てが新しい感覚で、すごく刺激的でした。会う人も違うし、乗ってるものも違うし、初めての場所にも行く」

平野はこのルーティンを越えた未知をも乗りこなしたいと考えていた。

「もしもスケートボードに挑戦していなかったら、次の冬季オリンピックに向けて、平昌のときと同じような4年間を過ごすことになっていたと思います。このチャレンジは平昌オリンピックまでの4年間と、北京オリンピックまでの4年間を違うものにしたいという気持ちも影響しているんです」

時間は足りないながらも、2019年の時点では平野の中である程度明確なプランができていた。

しかし2020年3月。そのプランは大きく揺らぐ。新型コロナウイルスの影響を受け、東京オリンピックは大会史上初めての延期を決定。大会開催は2021年8月にスライドし、2022年2月に予定されている北京大会を含め、半年間に夏冬2つのオリンピックが催されることになった。つまり、スノーボードだけに集中して北京に備えるための期間は、たった半年しかないという状況になってしまったのだ。

延期が決まった3月からは全ての大会が中止。平野は地元の新潟県村上市で地道なトレーニングを繰り返した。午前中はスケートボードのバーチカルの練習と、雪がなくても練習ができる専用施設でスノーボードのエア。午後は村上市のスケートパークに移動し、パークの技術を磨く。1日9時間以上滑り続ける毎日。それだけやらなければ、2つの競技を並行して行うには準備が間に合わない状況だった。体にもダメージが残り、先が見えず、メンタル的にもキツい日々が続いた。

「もともと、いままでの限界を突破しなければ無理なことだとは分かってました。スケートだけやってきた人たちと俺とでは、練習の絶対量は比べものにならない。足りないのは時間だけじゃなくて、技術的にもメンタル的にもまだまだ。二刀流に挑戦すると決めたときから、そのあたりは分かっていたことです。だから人一倍やらないと仕方がないし、なにも始まらない」

誰もやったことがないことに挑む平野にとって、オリンピック延期は決してネガティブなことだけではなかった。そんな苛酷な状況すら、貴重な経験だと捉えられるのが平野の強さだ。わずか半年の間に2つのオリンピックを経験した人間は、歴史上1人もいないのだ。

「コロナのせいでなんて考えていられないくらい自分のやるべきこと、やりたいことがあったので、それどころじゃないっていうのもありました。でも、オリンピック延期という事実に対しては、正直『正面から捉えちゃったら、悪いほうにいっちゃうだろうな』とは感じていた。俺の場合は、それでなくても初めての二刀流という時点で不安が多いわけですから、ネガティブなほうに自分を持っていかないようには意識していました。とりあえず、今日、明日。意識を強引にでも、近くにフォーカスしていました」

そして2021年。その忙しさはピークを迎える。2月にはコロラド州アスペン、3月は日本でのトレーニングを経て、4月にはスノーの全日本選手権で2位に入る。4月中旬からは地元の村上に戻り、トレーニング漬けの日々。5月中旬にはアイオワ州でのスケートボードの大会に参戦し、そのままサンディエゴへと移動してパークを巡り、最終調整。文字通り世界を股にかけた怒涛のスケジュール。下手をすれば、両種目とも選考から落ちるかもしれないプレッシャーとも戦い続けた。

「スケートボードに寄せ過ぎたら、スノーボードが落ちるし、逆もまたしかり。どっちかに集中しなきゃいけないタイミングも多かったので、メンタル的なキツさはありました。自分としては、十分な準備ができているとは決して言い切れない。でも、踏むべき場所は踏めてきたとは思っています」

結果、見事夏への切符を掴み、冬のオリンピック出場に重要なナショナルチーム入りも果たしている。激動の3年間は、「常識」という名の限界を突破し、より強い平野歩夢に生まれ変わるために必要な期間だったのだ。

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