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見覚えある色使い…異形の飛行機、エアバス「スーパーグッピー」と日本のほのかな縁

  • 2019年8月4日
  • 乗りものニュース

原型機はB-29爆撃機、機体色はかつて日本の空でしのぎを削った航空3社の一角そのもの……見た目の異形さで知られる「スーパーグッピー」ですが、フランスの現存機は、直接には皆無ながらもほのかに日本と縁のある機体でした。

フランスで羽を休める「スーパーグッピー」、どんな飛行機?

 フランス第4の人口を誇る都市、トゥールーズ。かつて『星の王子さま』の著者としても知られるサン=テグジュペリなどの有名飛行士も活躍したこの地には、国際航空機メーカー、エアバスの本社と旅客機最終組立工場があり、欧州を代表する航空産業の街として有名です。このエアバス社工場に隣接する「アエロスコピア航空宇宙博物館(Aeroscopia aeronautical museum)」には、まるで風船のような愛嬌のある風貌で、しかも一定の年齢以上の日本人ならきっと見覚えのあるカラーリングの航空機が展示されています。

 その名は「スーパーグッピー」。来歴を見てみると、日本とはやはり、不思議な縁で結ばれていました。

「スーパーグッピー」はもともと、NASAのロケットを運ぶため、1960年代にボーイング377旅客機から改造されたアメリカ製の飛行機です。そして、この機体に注目したのが1970(昭和45)年にヨーロッパで設立されたエアバス社(当時はエアバス・インダストリー)でした。同社では、最初のプロダクトであるA300旅客機の胴体や翼などを製造工場から組立工場に運ぶため「スーパーグッピー」のパワーアップバージョンを発注します。これがSGT 201(SGTは「スーパー・グッピー・タービン」の意)です。

 エンジンはロッキード(当時)C-130輸送機と同じ、アリソン・エンジン社のターボプロップエンジンを搭載していましたが、操縦装置はボーイング377旅客機、さらにはその原型であるB-29爆撃機から大きな変更がないなど、登場した時点ですでに旧式機でした。それでも4機の「スーパーグッピー」は、当時のエアバス社のコーポレートカラーである“レインボーカラー”を身にまとい、30年近くもヨーロッパ各地に点在するエアバス社の工場の間を飛び回りました。

既視感がある「レインボーカラー」のワケ

「スーパーグッピー」で運ばれた航空機のパーツは、トゥールーズで組み立てられて初飛行し、世界中の航空会社に納入されていきました。日本の航空会社で最初にエアバス機を導入したのは、東亜国内航空(以下、TDA)です。TDAはそれまで、ボーイングやダグラスといったアメリカ製の旅客機を運航していましたが、機材の刷新と大型化を進めるなかで最新鋭のヨーロッパ製旅客機A300に目を向けたのです。

 こうしてA300の購入契約を交わし、納入を待つばかりとなった1979(昭和54)年秋、日本で開催された国際展示会「国際航空宇宙ショー」に、エアバス社がA300のデモ機を送り込んできます。このデモ機もレインボーカラーでしたが、なんと胴体には「東亜国内航空」の文字が。これは完全なサプライズだったようで、TDAの社長以下役員たちは感激し、このデザインをそのまま自社機に採用できないかエアバス社に申し入れ、正式に譲り受けることになりました。つまり、レインボーカラーの「スーパーグッピー」で運ばれ組み立てられたA300が、同じレインボーカラーを身にまとって日本の空を飛ぶことになったのです。

異形の系譜は「シロイルカ」へ

 TDAの飛行機がレインボーカラーになったことを受け、エアバス社のデモ機はデザインを一新しましたが、「スーパーグッピー」は引退までこのカラーのまま飛び続けました。そしてご存知のように、TDAはJAS(日本エアシステム)に社名を変更、さらにJAL(日本航空)と統合し、やがてレインボーカラーは姿を消します。日本の航空会社が採用したカラーデザインの航空機がここフランスに残っているのは、こうした経緯があるのです。

 このように、間接的に日本とも関わりのあった「スーパーグッピー」でしたが、1990年代に入ると老朽化と輸送力の不足が顕著となり、A300-600ST「ベルーガ」に順次置き換えられていきました。さらにその「ベルーガ」も、より大型の「ベルーガXL」に更新されることが決まっています。

「ベルーガXL」は2019年6月時点で1号機が飛行試験中、2号機も間もなくテスト飛行に入ると見られます。

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