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御殿場線に残る「東海道本線」の歴史 単線の脇で複線時代の痕跡を探す

  • 2018年11月18日
  • 乗りものニュース

神奈川県と静岡県を結ぶ御殿場線はいまではJRのローカル線のひとつですが、かつては「日本の大動脈」東海道本線の一部でした。「大動脈」の名残や山越えに使われていた蒸気機関車の歴史を訪ねてみました。

昭和初期まで日本の大動脈だったローカル線

 JR東海の御殿場線は、東海道本線の国府津駅(神奈川県小田原市)から御殿場駅(静岡県御殿場市)を経由して再び東海道本線の沼津駅(静岡県沼津市)に至る、全長60.2kmのローカル線です。都心からのアクセスが便利で、富士山をはじめ、美しい車窓風景を楽しめることで知られています。

 その御殿場線が、かつて日本の大動脈である東海道本線の一部だったことをご存知でしょうか。1889(明治22)年に静岡まで開業した東海道本線は、箱根の山を避けて御殿場経由で建設されたのです。しかし、1934(昭和9)年12月に熱海〜函南間の丹那トンネルが開通すると、東海道本線国府津〜沼津間のルートは熱海経由に変わりました。これに伴い、御殿場を経由する区間は東海道本線から分離。御殿場線として独立したのです。

 東海道本線のルートが変わったことで、御殿場線は、2〜4両編成の電車が走るのどかなローカル線に変わりました。ルート変更から80年以上が経過したいまでも、沿線には東海道本線時代の面影があちこちに残っています。

 御殿場線に残る東海道本線の面影を見るなら、山北駅から次の谷峨駅までの区間(4.1km)がうってつけです。この区間には、東海道本線時代のさまざまな遺構が残っているからです。おおむね線路に沿って神奈川県道76号が通っており、歩いても1時間半ほど。山北駅前にはNTTドコモが提供するサイクルシェア(レンタサイクル)があり、電動アシスト自転車を借りてたどることもできます。

複線時代の施設が多数残る

 山北駅の沼津寄りには、線路の掘割を挟んで約130本のソメイヨシノが植えられ、毎年春になると桜のトンネルが現れます。その並木道を過ぎ、県道76号に入って酒匂川(さかわがわ)の左岸に出ると、右手に御殿場線の小さな鉄橋が現れました。箱根第1号トンネルと箱根第2号トンネルに挟まれた50mほどの区間で、現在の線路の手前にはもうひとつ、いまは使われなくなったトンネルと鉄橋が残っています。

 現在の御殿場線は、東海道本線時代の1901(明治34)年までに複線化されました。御殿場線となった後もしばらくは複線でしたが、戦時中の1943(昭和18)年に片側の線路が撤去されて単線に。これにより不要となったレールは、ほかの路線の建設などに使われています。このとき撤去されたのは旧上り線で、その後は旧下り線を上下の列車が走っていましたが、1968(昭和43)年に完成した電化工事では上り線を復活させ、線路を旧下り線から移設しました。いまは使われていないトンネルと鉄橋は、このとき廃止されたものです。

 鉄橋の前から県道を600mほど進むと、左手に箱根第2号トンネルの御殿場寄りの坑口が現れ、その上に赤い鳥居が見えます。あれは「線守稲荷神社」。「線路を守る」という意味の名前が付けられた神社には、こんな伝説があります。

 明治時代、御殿場線のトンネル工事によってキツネの巣が壊され、人々はキツネの仕返しを恐れていました。やがて鉄道が開通すると、大きな置き石や赤いカンテラを振る人、髪を振り乱した女の人といった不思議な幻が、列車から何度も目撃されたといいます。

東海道本線時代の橋脚が現役

 ある日、列車の機関士が線路上に寝そべる牛を見つけましたが、また幻だろうとそのまま走り続けると、強い衝撃がありました。あわてて停車して確かめると、線路脇で1匹のキツネが死んでいたのです。

 トンネル工事を請け負った親方は、住処(すみか)を追われたキツネを哀れに思い、当時の山北機関区と相談してトンネルの上に祠(ほこら)を作りました。京都・伏見の稲荷神社からお札を受けた祠は「正一位線守稲荷神社」と名づけられ、盛大に祭礼を行ったところ、不思議な現象はなくなったそうです。

 この神社は線路の安全を守る神社となり、いまも毎年4月には、JR東海御殿場工務区長が祭主を務めて祭礼が行われています。

 線守稲荷の先では、狭い谷を酒匂川が蛇行し、御殿場線は3度も鉄橋で渡ります。明治時代に流行した『鉄道唱歌』で、「今も忘れぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ」と歌われているのはこの辺りの風景。県道を歩いて行くと、第2酒匂川橋りょうを見晴らすことができます。

 現在架かっている鉄橋は1965(昭和40)年に架けられたもの。それ以前は1877(明治10)年に多摩川に架けられた東海道本線・旧六郷川橋りょうのトラス橋が大正時代に移設され、約40年にわたって使われていました。このトラス橋は引退後に鉄道記念物に指定され、一部は愛知県の博物館明治村に、別の一部は静岡県三島市の「JR東海 総合研修センター」に保存されています。一方、立派なレンガ造りの橋脚2基は、1889(明治22)年の東海道本線開業時に建造されたものが現役。東海道本線の歴史を伝える、貴重な文化遺産です。

 第2酒匂川橋梁から谷峨駅までは、県道で約1.7km。谷峨駅の手前には小さなドライブインもあり、いまの時期なら紅葉を見ながら手軽な歴史散策を楽しめます。

48年ぶりに動き出した御殿場線の蒸気機関車

 ところで、山北〜御殿場間は25パーミル(1000m進むごとに25mの高低差)の急勾配が連続する、通称「山北越え」の区間。東海道本線時代からの難所で、1943(昭和18)年までは山北駅の構内に峠越えの補助機関車が待機する車庫(山北機関区)がありました。

 現在、その跡地は山北鉄道公園となり、D52形蒸気機関車の70号機が保存されています。1944(昭和19)年に製造され、1951(昭和26)年から1968(昭和43)年まで御殿場線で活躍した、国内最大級の蒸気機関車です。

 70号機は引退後、山北駅で静態保存されていました。しかし、地元の山北町が国から支給される地方創生交付金を活用しての動態保存展示を発案。2016年春、山北町と国鉄OBを中心とした有志によって運転用の線路が12m敷かれ、圧縮空気を使って動かす動態保存が実現しました。現在はイベント開催時などに運行されており、将来はレールを120mに延長する構想もあります。

 山北以外にも、御殿場線には急勾配に挑んだ名残がいくつかあります。御殿場駅のふたつ先にある富士岡駅も25パーミルの急勾配区間にあり、1968(昭和43)年の電化完成までは平たんな引き上げ線に乗り場を設けたスイッチバック方式の駅でした。旧ホームの跡地は富士山を見晴らす展望台として開放されており、富士山の絶景と御殿場線の急勾配を同時に鑑賞することができます。

 都心から手軽に訪れることができ、鉄道遺産が数多く残る御殿場線。これからの季節、紅葉を楽しみながら鉄道の歴史を訪ねる旅に出かけてみてはいかがでしょうか。

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