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チャーチルお気に入り「プリンス・オブ・ウェールズ」喪失の意味 新鋭艦なぜ極東へ?

  • 2021年9月3日
  • 乗りものニュース

英戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」は当初、英本国艦隊に所属し、独戦艦「ビスマルク」とも砲火を交えましたが、その最期はマレー沖海戦です。東洋艦隊への編入に際し同艦が背負っていたのは、まさに大英帝国の威信そのものでした。

国家の威信を背にイギリス艦艇は極東へ

 イギリスの新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群(CSG21)がインド太平洋地域へ派遣され、2021年8月25、26日に実施された日英米蘭共同訓練(PACIFIC CROWN 21-1)へ参加しました。ちょうど80年前にも、イギリス王室関係の名を冠した戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」がアジアへ来航、イギリス東洋艦隊の中心に据えられています。時代は変われどシーパワー国家の威信を掛けたフネ達です。

 ナチスドイツとの戦いに勝利したイギリス首相ウインストン・チャーチルが戦後、著書『第二次世界大戦回顧録』で「戦争全体でその報告以上に私に直接的な衝撃を与えたことはなかった」と述べているのが、1941(昭和16)年12月10日にマレー半島東方沖で日本海軍航空隊によって戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が撃沈されたことです。

 このマレー沖海戦は「戦闘行動中の戦艦を航空機だけで沈めた世界初の海戦」とされ、大艦巨砲主義から航空機へと主役交代の契機になったといわれます。その20年前、1921(大正10)年7月21日にアメリカが実施した、第1次世界大戦の賠償艦であるドイツ戦艦「オストフリーストラント」を標的とする爆撃実験で、爆撃機がこれを沈めたことはあり、航空機が戦艦の強敵になるだろうということは認識され始めていましたが、実戦ではどうなのか誰にも分りませんでした。

 航空推進派だった山本五十六連合艦隊司令長官さえも「(巡洋戦艦で防御力がやや劣る)『リナウン』(同型艦の『レパルス』のこと。東洋艦隊へ派遣された具体的な艦名は分からなかった模様)は撃沈できるが、『キング・ジョージV世』(同じく『プリンス・オブ・ウェールズ』のこと)は大破だろう」と発言し、戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を撃沈できない方にビール10ダースを賭けたといわれます。博打好きだった山本長官らしい逸話ですが、士気を高め、慢心をいさめるお芝居だったのかもしれません。

海洋国家イギリスの象徴としての「プリンス・オブ・ウェールズ」

「プリンス・オブ・ウェールズ」はキング・ジョージV世級戦艦(2代目)の2番艦として1941(昭和16)年1月19日に就役したばかりの新鋭艦で、就役半年足らずの5月24日に最大のライバルだったドイツ戦艦「ビスマルク」の追撃戦にも参加しています。本調子の出ない新米艦ながらも「ビスマルク」に大きな被害を与えますが、自らも被弾して戦線を離脱。この後5月27日、「ビスマルク」は味方より撃沈されています。

 チャーチルはこの「プリンス・オブ・ウェールズ」がお気に入りだったようで、同艦はイギリスを象徴する戦艦として外交の表舞台にも登場します。1941年8月14日には艦上でチャーチル首相とアメリカのルーズベルト大統領が会談し、両国の第2次世界大戦後の方針を決めた「大西洋憲章」の宣言の舞台となりました。

 この段階で、イギリスは「バトルオブブリテン」を切り抜けたとはいえドイツと苦戦中で、アメリカはまだ正式には参戦していません。しかし、この時期に戦後について話し合うことができたのは、「太陽の沈まぬ帝国」(ある領土で太陽が沈んでいても、別の領土では出ているくらい世界中に領土を持っている=植民地帝国、の意)の底力を感じます。

 また当時、主戦場である大西洋にはビスマルク級2番艦「ティルピッツ」がまだ残り、シーパワー国家たるイギリスを支える植民地権益があるアジアには日本の謎に包まれた大和型戦艦の影がちらつき、そしてその日本は、フランス領インドシナ南部へ進駐を開始するなど勢力拡大策を進めている状況でした。イギリスにとって海軍リソースの配分は植民地経営戦略と直結しており、難しいかじ取りを求められます。

「プリンス・オブ・ウェールズ」と共に沈んだものとは

 チャーチルは「プリンス・オブ・ウェールズ」をアジアの東洋艦隊(当時は中国戦隊など極東に置かれた3つの戦隊の総称。1941年12月8日、東インド戦隊と中国戦隊を統合し正式発足)へ派遣するよう求めますが、海軍は欧州を重視し、「日中戦争に5年もかけてまだ勝てない」日本を過小評価して反対します。しかし東洋艦隊は、対外的な抑止力の示威と、内政的には植民地体制維持という、植民地に居住するイギリス本国の国民に対する安全保障の要でした。結局、国内外への宣伝効果も期待して「プリンス・オブ・ウェールズ」は東洋艦隊に編成され、12月2日、同艦隊の拠点であるシンガポールへ到着します。

 しかし、太平洋戦争開戦2日後の12月10日に「プリンス・オブ・ウェールズ」は、日本海軍航空隊の攻撃で撃沈されてしまいました。

 歴史学者であるアーノルド・J・トインビーは「1941年、日本は全ての非西洋国民に対し、西洋は無敵でない事を決定的に示した。この啓示がアジア人の志気に及ぼした恒久的な影響は、1967年のヴェトナムに明らかである」と後に評しています。

 太平洋戦争後から急速に、それまでの各国の植民地体制は崩壊していきます。「プリンス・オブ・ウェールズ」の亡失が、チャーチルにとって回顧録に残すほどの衝撃だったのは、お気に入り艦だったからではなく、相手が航空機だったことでもなく、トインビーが後に評したように、イギリスの絶対的と思われていた植民地権益がアジア人に脅かされる危険性を感じ取ったからではないだろうかと、筆者(月刊PANZER編集部)は思います。

 2021年現在、「プリンス・オブ・ウェールズ」は比較的、浅い水深に身を横たえ、条件が良ければ海面からもその姿を見ることができるといいます。空母「クイーン・エリザベス」の来航と、南シナ海に覇を唱えようと進出してきた五星紅旗を掲げる艦の往来を、海底の彼女はどのように見ているのでしょうか。イギリスは現在でも地政学的に「太陽の沈まない国」です。80年前と同じ歴史が繰り返されないことを、彼女は海底から祈っていることでしょう。

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