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列車もろとも「消えた」根府川駅 語られぬ関東大震災最大の鉄道被災地 谷を駆けた土石流

  • 2021年9月1日
  • 乗りものニュース

関東大震災では、激震によって発生した土石流に東海道本線の列車が巻き込まれ、根府川駅もろとも消失する被害が生じています。当時どのような様子だったのか、残された資料や写真から考察してみます。

激震による山津波発生 飲み込まれた東海道本線

 1923(大正12)年9月1日に起きた関東大震災。震源域が神奈川県南部から千葉県房総半島南部にかけてだったため、そのエリアを通る鉄道路線、とりわけ東海道本線(現・御殿場線も含む)や横須賀線、北条線(現・内房線)ではトンネル壁や橋梁、駅舎などの崩壊が多発しました。

 その一方、東京の山手線や中央線では、揺れによる鉄道施設の被害は比較的軽い状況でした。死者約10万5000人という未曽有の大災害でしたが、東京や横浜での死者は大火災によるものが約9万1000人と大半を占めています。

 そのような中、鉄道への最大の土砂災害が起きたのが、根府川駅(神奈川県小田原市)とその近くの白糸川鉄橋です。

 当時の東海道本線は熱海〜函南間の丹那トンネルが未開通で、現在の御殿場線がその一部でした。熱海方面へは、熱海線という名称で国府津から小田原を経由して真鶴までが開通していました。根府川は小田原から2駅目です。

 海沿いの崖上に位置する根府川駅は、崖崩れと地すべりにより、ホームや駅舎、それに到着しかけていた列車ごと相模湾に転落してしまいました。まさに駅自体が消滅してしまったのです。そのわずか200mほど熱海寄りの白糸川鉄橋には、白糸川上流から土砂が押し寄せ、鉄橋は完全に破壊されました。近年多発している豪雨による土石流ではなく、激震による山津波の発生でした。

 根府川駅の状況から見ていきます。地震発生は午前11時58分。その時、東西から2本の列車が根府川駅に近づいていました。下り東京発真鶴行きと上り真鶴発東京行きの普通列車です。

巻き込まれた上下列車の様子とは

 時刻表では下りが根府川12時00分発、上りが同12時01分発。当時は単線だったので、同駅で上下列車が行き違いをします。なお鉄道施設は将来を見越し、すでに複線分が建設されていました。日中に限れば同駅での列車交換はこの時だけ設定されており、乗車する人や見送り人、出迎え人がやってきて、この小さな駅でその日一番の賑わいになっていたようです。

 まさに最悪のタイミングで地震が発生します。下り真鶴行き列車(蒸気機関車977号機と客車8両)は駅構内の敷地もろとも垂直落差45m、距離にして75m先の海へ落下してしまいます。後ろの客車2両は連結器が切断されて海岸に横たわり、残りの車両は海中に沈みました。海岸の2両の客車は一度海中まで落ち、その後やってきた津波で打ち上げられたという証言もあります。

 海中で車両から脱出して海岸まで泳ぎ着いたり、付近を航海中の船に救助されたりした生還者もいますが、全乗客乗員約150人のうち約100人が死亡または行方不明となりました。また根府川駅にいた人々の中で生存者はいないとされています。

 海中に転落した機関車は、1932(昭和7)年に引き上げられています。機関車自体はスクラップとなりましたが、この977号機(1889年ベイヤー・ピーコック製)のナンバープレートは現在、さいたま市の鉄道博物館に展示されています。

 もう一本の東京行き上り列車は、真鶴〜根府川間の寒ノ目山トンネル内を走行中に地震に遭い、機関車がちょうどトンネル出口に差し掛かった時に坑門の外で土砂が崩落。機関車は埋没し、乗務員2人が死亡しています。乗客は、いったんは全員無事でしたが、救助にかけつけた職員と共にトンネルから歩いて外に出た直後に山崩れに遭い、旅客数名と同職員6人が亡くなっています。

土砂が流れ下った場所 危機意識の共有は今も

 現在の根府川駅の跨線橋からは、すぐ先に白糸川鉄橋が見えます。トラスなどほぼ同じ形状で再建されたものです。激震によりここから上流約4kmにある大洞山で崩壊が起き、大量の土砂が、海までわずか5分で達する速さで、白糸川の谷を駆け下ったとされます。谷沿いの根府川集落159戸のうち78戸が土砂に飲み込まれ、死亡者は289人に及んでいます。

 その押し寄せるエネルギーは凄まじく、この白糸川鉄橋の橋脚をいともたやすくなぎ倒しました。コンクリート造りの橋脚6本のうち5本が切断され、橋脚3本と橋桁1本は100mほど下流の海中に没してしまいます。

 土砂が激しく流れ下る際に跳ね上がった土は、白糸川鉄橋より少し上の山腹にまではっきりと痕跡を残しました。現在、東海道本線のすぐ上流側に東海道新幹線の橋梁(在来線の白糸川鉄橋より低い位置に架橋)がありますが、土砂はその橋桁に達するくらいの高さを流れたと推定されています。

 東海道本線下り電車の車窓から白糸川の渓間を見下ろすと、畑や人家ののどかな光景が目に入るだけで、かつて惨劇があったことなど何も感じさせません。しかし根府川駅のある片浦地区は、土砂災害に関する住民意識が高いことが、地元メディアでも報道されています。小田原市が市内各地区で開催した「土砂災害に関する住民説明会」でも、片浦地区は対策や避難行動などで特に活発な意見が飛び交ったといいます。

 この数年多発するようになった豪雨での土砂災害はもとより、地震も含めて、日頃からの対策、避難ルートの確認など、準備を怠りなくしておきたいものです。

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