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旧ソ連の「米ダグラスそっくり機」列伝 始まりはソ連版DC-3 共産圏の独自設計機たち

  • 2021年6月14日
  • 乗りものニュース

日本では馴染みは薄いものの、実は自国で旅客機を多数生み出す「航空大国」だった旧ソ連。なかには、米の名門、ダグラス社の旅客機に瓜二つのものが存在します。ソ連製DC-3完成から、その後のそっくり機誕生の経緯までを見ていきます。

ダグラスDC-3は海外で生産されたものも

 旅客機といえば、アメリカのボーイング社、ヨーロッパのエアバス社といったように、欧米諸国のメーカーが主導権を握っているというのが、日本国内においては長年の認識といえるでしょう。ただ「日本への飛来数」となれば、欧米勢には及びませんが、現在のロシア、旧ソビエト連邦も、多くの旅客機を生み出している航空大国のひとつでした。

 航空界では、同じエンジンなどの推力発生装置(出力が近い場合も含む)、同じ飛行速度、同じ搭乗人数、同じ飛行距離を目標として設計すると似た機体になる――なんてことも一部では言われています。戦後、次々にデビューしたソ連の旅客機もこの例に漏れませんでした。

 そしてことの始まりは、かつて存在したアメリカの名門メーカーだったダグラス社(現ボーイング社の一部)のプロペラ機、DC-3でした。以降、ソ連はダグラス社の旅客機とそっくりな飛行機を次々に生み出していくのです。

 ダグラスDC-3は同社でもっとも売れたプロペラ旅客機で、「第2次世界大戦前の飛行機として1万機以上生産された」として広く知られています。だた、これにはウラがあります。

 実は、ダグラス社がDC-3として新造したものは607機に過ぎず、軍用型として1万174機製造されたC-47が、戦後民間に放出され、DC-3として登録されました。このなかには戦後にANA(全日空)が使用した機材も含まれます。つまり、DC-3の大半は、軍用出身ということになります。

 そして、DC-3の話は、ここで終わりません。この機は、本国アメリカ以外の国でも、生産されているのです。製造権を購入しそれぞれの国で生産する「ライセンス生産」というもので、日本でも、昭和飛行機にて1940年代に416製造され、旧日本海軍で使用されました。

 そして、旧ソ連でもDC-3が製造され、それがソ連産「DC-3そっくり機」へと発展するのです。

ある意味そっくり機伝説の始まり? ソ連産「DC-3」

 ソ連での「DC-3」は、ダグラス社に派遣された経験があった技術者のボリス・パヴロヴィッチ・リスノフが、正式にダグラス社から製造権利を取得して製造することとなりました。ただ、ソ連の飛行場や気候に合わせるため、1000以上の設計変更が必要だったそうで、ソ連版DC-3は「Li-2」という名称が与えられました。Li-2は5000機近くが製造され、おもに軍用輸送用として使われたほか、アエロフロートで旅客便としても導入されました。

 このハナシがこれだけで終わらないところが、さすがのソ連です。具体的な関係性についてはなんともいえないところがありますが、以降ダグラス機によく似た旅客機が生み出されることになるのです。

 同国のイリューシン設計局では、1957(昭和32)年、4発プロペラ機のIl-18をデビューさせます。この機は、同局独自設計で、欧米における航空路線の長距離化に対応するために開発されたエンジン4発を装備する機体です。

 このIl-18は、1950(昭和25)年に初飛行し1348機製造された双発プロペラ機、Il-14の後継として開発されました。Il-14は、DC-3やLi-2の後継機種として、ソ連圏のブルガリアやチェコだけでなく中国や北朝鮮でも使用されました。Il-18はIl-14のエンジンを増やし、大型化したようなイメージなのですが、その様子はまさに、ダグラスが開発した「DC-4」や「DC-6」と瓜二つなのです。

ダグラスターボプロップそっくり機 でも違いも

 あまりにルックスが似通っていることから、ソ連版「ダグラスDC-4」とも言うべきイリューシンIl-18は、DC-4よりあとに開発されたモデルということで、先進的な面もあります。

 この機では、イリューシン設計局として初めて、現代のプロペラ旅客機で一般的となっている「ターボプロップ・エンジン」を搭載しました。これは、DC-4やDC-6で搭載されている「レシプロ・エンジン」よりもパワフルで軽く、メンテナンスもしやすいエンジンといえるでしょう。

 IL-18は700機近くが作られ、ソ連からアフリカ、南アメリカ、極東などへの路線に投入されたほか、東ドイツのVIP機としても使用されました。また、耐久性の面でも非常に優れた旅客機としても知られており、アジアでは、2000年代になってもなお使用されていたといった記録も残っています。

 その後1960年代に入る頃から、世界では、ジェット旅客機がデビューし、時代を席巻するようになります。当然イリューシンを含めたソ連の航空機メーカーも、この潮流に乗りました。このときも、ソ連で、欧米産の旅客機の「そっくりさん」が生み出されることになるのですが、そのお話はまたの機会としたいと思います。

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