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フジコ・ヘミング、音楽の原点は“色”「センチメンタルなものもいいじゃない」

  • 2018年6月14日
  • THE PAGE

 60代で一夜にして名が知られることになったフジコ・ヘミングは、遅咲きのシンデレラとも呼ばれる。1999年2月11日に放送されたNHKのドキュメント番組で特集され、それが大きな反響を巻き起こしたのだ。フジコの持つ波乱万丈のストーリーや、比類のないノスタルジックな演奏が多くの人の心を捉え、その後、デビューCD「奇蹟のカンパネラ」をリリース。累計200万枚と、日本のクラシック界では異例のヒットを記録した。いまや世界中から招かれ、演奏活動をしているが、今月16日には自身の今の活動や半生を振り返ったドキュメンタリー映画「フジコ・ヘミングの時間」(小松莊一良監督)も公開される。

一番最初の記憶は音楽ではなく「色」

 フジコと音楽の出会いは、幼少期にさかのぼる。東京音楽学校(現・東京芸術大学)出身のピアニスト、大月投網子とロシア系スウェーデン人の画家で建築家、ジョスタ・ゲオルギー・ヘミングを両親としてベルリンに生まれたフジコは、5歳のとき帰国し、母の手ほどきでピアノを始めた。父は日本に馴染めず、家族を残してスウェーデンに帰国してしまう。10歳からは、父の友人だったロシア生まれのドイツ系ピアニスト、レオニード・クロイツアー氏にも師事した。

 「でもね、一番最初、赤ん坊のときに頭に残っているのは音楽じゃなくて『色』なんです。チョコレートの紙か何かで、金色の緑がかった色がきれいで。その色が一番最初の私の想い出になりました。その次は、桜なんです。桜の花を見に行って、すばらしい桃色でした。それから、ピアノを始めたときに子ども用の大きな楽譜を使ったんですが、その中にサンタクロースみたいな真っ赤な絵が描いてあって、それを観るたびに胸がドキドキして。音楽のほうはぜんぜん覚えてなくて、その絵のほうにドキドキしていました」

 フジコの演奏の特徴は、まるで色をつけるように弾くこと。そこには、幼少期にふれた色の想い出が関わっているようだ。

 「音の色、ですよね。だから、すばらしい絵を見て好きだと思わない人は音楽やってもダメだと思う。両方つながってるでしょ。絵や美術を観るのが好きな人は、音楽も本当にわかるんだと思います」

大切なリサイタル直前に聴力を失う 治療の傍らピアノ教師となり演奏活動を継続

 東京芸大卒業後、本格的な演奏活動に入り、日本フィルはじめ数多くの国内オーケストラと共演。来日中だったフランスのピアニスト、サンソン・フランソワは、フジコのショパン、リストの演奏を絶賛した。28歳でドイツへ留学、ベルリン音楽学校を優秀な成績で卒業すると、長年ヨーロッパに在住しキャリアを重ねた。

 今世紀最大の作曲家・指揮者の一人と言われるブルーノ・マデルナに才能を認められ、彼のソリストとして契約。この契約に際しては、フジコの演奏に感銘を受けたレナード・バーンスタインやニキタ・マガロフ、シューラ・チェルカスキーからの支持と援助があったという。ところが、「一流の証」となるはずのリサイタル直前に風邪をこじらせ、聴力を失ってしまう。

 失意の中、ストックホルムに移住したフジコは治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を取得、ピアノ教師をしながらヨーロッパ各地でコンサート活動を続けた。

 母の死をきっかけに失意の帰国、貧困と戦いながらも日本での活動を続け、冒頭のNHKのドキュメント番組に取り上げられた。そして国内でも一躍脚光を浴びることになった。

フジコが目指す音楽とは? 誰が演奏しているかはあまり重要ではない

 フジコが昔から一貫して大事にしているのは、モーツァルトもショパンもまったく知らない人たちにもいい音楽だなと思ってもらえる演奏なのだとか。ビギナーがクラシック音楽に親しむにはどうするのがよいか、ヒントを聞いた。

 「好きなジャンルの音楽を聴くなら、誰が演奏しているかはあまり重要ではない。誰が弾いていてもいいから、聴きますよね。私の母はうまいピアニストじゃなかったけれど、私が子供のときに夜寝ると、ショパンのノクターンなんかを弾き出して、それがすごく良かったんです。さほどうまくない人でも、一生懸命稽古したものを演奏すれば、人を感激させることはできると思うんです」

 自身はベートーヴェンやモーツァルト、ハイドンらよりも、印象派のフランスの音楽家ドビュッシーやロシアのチャイコフスキーらのほうが好きなのだという。

 「そういう音楽会のポスターを見れば、時間さえあれば行きたいです。最近は忙しくて行けないから、せめてCDを毎日かけています」

 理屈は抜きで、聴きたいと思った音楽を存分に聴くことが大事ということなのだろう。

楽しいことばかりの人生なんて 「センチメンタルなものもいいじゃない」

 幼少時に別れたスウェーデン人の父への複雑な想いやピアニストの母からの厳しいレッスン、ハーフへの差別、国籍の消失、貧しい留学生活、音楽の成功を目前に聴力の喪失など、フジコの人生はまさに山あり谷あり起伏の激しいものだった。

 「楽しいことばかりあって悲しいことはないっていうのはちょっとどうかと思う。センチメンタルなのもいいじゃない」

 映画「フジコ・ヘミングの時間」のなかでフジコ自身が何気なく語っている言葉だが、それはそのままフジコの生きてきた時間を端的に表現しているような言葉だ。同作ではヨーロッパや日本などいろいろ場所にフジコがいて、その場の光がやさしくて印象に残る。

 「私は光がすごく好きで。とくに夕暮れの、電気をつける前の、太陽が射しているとき。じーっと外に座って、ああショパンの生きてたときも同じ光が射していたのかな、と思っちゃいますね」

(取材・文・撮影:志和浩司)

「フジコ・ヘミングの時間」(小松莊一良監督)
6月16日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

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