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理想の未来は「自然林のよう」。妥当な競争と自分らしさ生かす調和的社会

  • 2018年5月15日
  • THE PAGE

 人口が減少し、社会の成長が見込めない時代といわれます。一方で、科学技術の進化が、高齢化の進む日本の未来を、だれにとっても暮らしやすい社会に変えるのではないかともいわれています。わたしたちは一体どんな社会の実現を望んでいるのでしょうか。

 幸福学、ポジティブ心理学、心の哲学、倫理学、科学技術、教育学、イノベーションといった多様な視点から人間を捉えてきた慶応義塾大学教授の前野隆司さんが、現代の諸問題と関連付けながら人間の未来について論じる本連載。9回目は「理想的な未来」がテーマです。

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平和、行き渡った満足感、豊かさ……。江戸時代の日本

 前回は世界平和というマクロな視点から未来について述べましたが、今回は僕が思い描く、ミクロレベル(生活レベル)から見た理想的な未来について述べましょう。

 江戸時代の日本について書かれた『シュリーマン旅行記 清国・日本』(講談社学術文庫)をご存知でしょうか。いくつかの私の書籍(たとえば『幸せの日本論』(角川新書、2015年))でも引用した文章です。

 シュリーマンは、江戸時代末期の日本に一ヶ月滞在した際の様子について、以下のように述べています。

「団子坂(文京区千駄木)の丘から眺めると、江戸は森の真ん中にある二つの広大な街のようである。我々は数々の美しい庭園と公園を横切って、さらに王子まで旅を続けた。」

「日本人はみんな園芸愛好家である。日本の住宅はおしなべて清潔さのお手本になるだろう。」

「日本人が世界で一番清潔な国民であることは異論の余地がない。」

「この国には、平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にも増してよく耕された土地が見られる。」

「玩具の(中略)仕上げは完璧。しかも仕掛けが極めて巧妙なので、ニュルンベルグやパリの玩具製造者はとても太刀打ちできない。」

「彼ら(日本の役人)に対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも現金を贈ることであり、また彼らの方も、現金を受け取るくらいなら『切腹』を選ぶのである。」

憎しみ合ったり優越感を感じたりする競争は不要

 うれしいですねえ。美しい森のような都市、江戸。そして、そこに住む、精神性の高い日本人。すばらしいと思いませんか。

 平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、といわれると理想化しすぎではないかとも思いますが、もし江戸時代はそれに近かったのだとすると、なんだか羨ましい気がします。現代社会では、日本の幸福度はあまり高くないと言われていますから、もっと幸せな社会にしたいものです。

 幸せな社会とは、幸せの4つの因子(拙著『幸せのメカニズム』参照)から明らかなように、「多様なみんながそれぞれの強みを生かしてワクワクいきいきしていて、そんなみんなが信頼し合い、前向きに、自分らしく生きている」社会です。

 江戸時代のように、緑に満ちているといいですね。緑に囲まれていると幸福度が高い、という研究結果もあります。争いがなく、犯罪も少なく、政治的に安定していて、過度な競争社会ではなくみんなが信頼し合っている社会。

 こんなことをいうと、競争をせずにみんながニコニコと信頼し合っている社会なんて、活気がなくて不気味なのではないか、という人がいます。確かに、催眠術にかけられたかのようにみんなに覇気がない社会だとしたら、それは幸せな社会ではないでしょう。

 私のイメージは、1億人の人がいたら、1億通りのやりがいがあって、みんながそれをやっている状態です。もちろん全世界であれば、75億通り。それは、幸せの四つの因子(やってみよう、なんとかなる、ありのままに、ありがとう)が満たされている社会です。活気や覇気がないどころか、現在以上に、みんなが生き生きしている社会です。

 競争がないと覇気がないはずだという人もいます。私が言いたいのは、人々が相手を蹴落とそうとして戦って、憎しみ合ったり優越感を感じたりするような競争は不要で、相互に尊敬し合いながら切磋琢磨する、スポーツマンシップのような競争ならば大歓迎、という世界です。

 ただし、レッドオーシャン(競争の激しい既存市場)ではなく、ブルーオーシャン(新規開拓市場)戦略が中心となるような競争の方がいいとは思います。レッドオーシャン市場で、各社が同じような製品・サービスによって争っている状況では、各社の製品・サービスに個性や独創性を出しにくい状態なので、低価格化が進みがちです。すると、利幅が少ない過酷な争いになったり、過剰労働になったりして、労働者は疲弊しがちです。

 一方、何か新しい製品・サービスを出したり、個性・独創性を発揮したユニークな製品を出すことができれば、誰も蹴落とすことなく、つまり過当な競争をすることなく、自分らしさを発揮することができます。自分らしさは働く人の幸福度を高めます。

 明らかに、レッドオーシャン型競争よりも、ブルーオーシャン型競争の方が、幸せの条件に合致しています。他人の動向を気にせず、自分らしく、やってみよう、というわけですから。

妥当な範囲での競争は自然林に似ている

 各人が生き生きと自分らしく、過当競争ではなく妥当な範囲での競争を繰り返し、みんなと調和的に生きる社会というのは、自然栽培や自然林に似ていると思います。

 木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」をご存知でしょうか(たとえば、『リンゴが教えてくれたこと』 (日経プレミアシリーズ 46) 新書 −2009年、木村秋則著 参照)。全く肥料を与えず自然な状態で行う農業です。例えばリンゴを栽培する場合、地面には雑草が生えている状態。農薬を使わないばかりか、有機肥料も使いません。単に自然のままにするのではなく雑草を刈るなど多少の手は加えるものの、多種類の植物や細菌が共生する状態で農業を行うのです。

 木村さんは、自然に生えているリンゴの木を見たときにこの農法を思いついたと言います。自然の森の地面には落ち葉が堆積しています。落ち葉をかき分けてみると、土はふかふか軟らかく、湿っていて、ツーンと酸っぱいようないい匂いがします。これが、自然の状態です。たくさんの生物の共生。そこで育つリンゴは、多様性のバランスの中で生きています。

 一方、一般的な農業では、農薬を使って、育てたい植物以外はいない状態を作ります。土からの養分が育てたい植物だけにいくように。極めて人工的です。

 人工的なピラミッド組織のようです。合理的、効率重視、無駄の排除、多様性の抑制、利益最大化が目的。一方、最近流行りのホラクラシー組織(たとえば『社長も投票で決める会社をやってみた。』(WAVE出版,2018年))やティール組織(たとえば『ティール組織』(英治出版、2018年))では、階層構造を廃し、自然なネットワークを推奨し、それぞれの個性を生かし、各人が多様な中で幸せに働くことを重視します。第4回目(https://thepage.jp/detail/20180122-00000013-wordleaf)(理想のない現実論は危険、現実のない理想も危険、でも理想は実現可能である)に述べた競争型社会と協創型社会の違いとも対応しています。

 林業用の針葉樹林と自然の混合林の違いも似ています。スギやヒノキを一定間隔に植えた人工林と、多様な広葉樹が生えた自然林の違いも明らかです。人口の杉林の地面にはあまりいろいろな植物は生えていません。下草を刈るからでもあるでしょう。

 一方の、自然林は、前にも述べたように、落ち葉が堆積し、その下にはいい匂いのする湿って軟らかい地面があります。多様な広葉樹が生えていて、春には新緑、秋には紅葉、冬には木の枝のシルエットが美しいです。人工林と自然林では、明らかに生物種の数が違います。

大きなビルと巨木、緑溢れた未来の東京

 で、人間も同じだと思うのです。幸せな世界とは、すべての人間が、それぞれの多様性を生かして、信頼し合い、尊敬し合い、生きる世界。組織やルールで型にはめられたマニュアル人間としてではなく、自然の動物や植物のように自由でありのままに生きる世界。

 そして、そんな世界は、環境も森のようであってほしいと思います。以前、あるハウスメーカーの役員の方が、「日本は植物がすぐに育つから、日本の街を美しくするためには、もっと緑を増やすに限る」とおっしゃっていたことに強く賛同します。科学技術が発展した未来社会だからこそ、遠隔通信や遠隔勤務も活かして、自然林の中で自然と共に生きるような世界が実現できるのではないかと思います。

 長期的には都会の森化は可能だと思います。これからは人口が減っていきますから、都市で人が減ったぶん緑化を推進していけばいいと思うのです。もちろん地方はすでに自然が豊かですから、このままそれを活かしていけばいい。さらには、針葉樹だけになってしまった人工林も、すこしずつ自然林に戻していくのがいいと思います。そうすれば自然の多様性は高まりますし、スギ花粉も減りますし。人々の家は、森の中になるべく隠れるように建っているのがいいと思います。

 大きなビルと巨木が天に向かってともに伸び、そこで生き生きと人々が暮らす、緑に溢れた未来の東京が楽しみです。

【参考図書】
・前野隆司,幸せの日本論―日本人という謎を解く ,角川新書,2015年
・前野隆司,幸せのメカニズム−実践・幸福学入門,講談社現代新書,2013年
・木村秋則,リンゴが教えてくれたこと,日経プレミアシリーズ 新書 ,2009年
・フレデリック・ラルー,ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現,英治出版,2018年
・武井浩三 ,社長も投票で決める会社をやってみた。,WAVE出版,2018年

※次回は5月30日ごろ掲載予定です。

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