月はどこからでも同じように見えるようでいて、実は国や地域によって、その模様の見え方や解釈が異なることを知っていますか?
日本では月の模様を「餅をつくウサギ」と表現しますが、筆者が住むフランスでは全く異なる表現をするのです。
本記事では、フランスで親しまれている月の模様の見え方について取り上げます。月が美しく見える条件や、月がいつもより大きく見える現象についてもお伝えします。
月の魅力を新たな角度から探っていきましょう。
中秋の名月ともよばれるように、月を見るなら「秋」ですよね。
この感覚は日本でもフランスでも同じですが、なぜ秋なのか?と気になりませんか?
古来より、月を眺めるのに秋が最適とされるのは、下記の理由からと考えられています。
■気象条件(空気の透明度)
まずは、空気の透明度です。
秋は夏の湿気が少なくなります。そのため空気が澄んでクリアに観察できるようになるのです。
■気象条件(観測条件)
とはいえ、空気の透明度でいえば、一般的には秋より冬のほうがさらに良くなることが多いです。であれば、冬のほうが適しているじゃないか?と思う方もいるかもしれません。
ただ、冬は寒いですよね。これは日本でもフランスでも同じですが、特に冬の夜ともなれば0℃以下になるようなところも多いです。つまり、冬の凍えるような寒さがなければ、夏のうだるような暑さもない、秋が最適なのです。
■月の高度
月が夜空に昇る高さは季節によって変動します。
夏ほど低く、冬ほど高く昇ります。秋はちょうどその中間に位置するので、この点からも秋が適しているとされています。
個人的に感じたことですが、私がフランスに住み始めて以来、「月が大きい!」と思うことが何度かありました。
地球から月までの平均距離は約38万4400キロメートルです。しかし、月は地球の周りを完全な円ではなく、楕円軌道で公転しているため、地球と月の距離は一定ではありません。
つまり、月が地球に近い時と遠い時があり、この距離の変化により、地球から見た月の大きさや明るさにも若干の違いが生じます。
地球と月が1年のうちで最も近づいた時の満月は、通常よりも月が大きく、明るく見えるということで「スーパームーン」と呼ばれたりもしますね。
しかし、月がいつもより大きく見えるケースは、これだけではありません。実際に「なんだか月がいつもより大きい気がする」と感じた経験はありませんか?
そのときの月は、地平線(水平線)近くにあることが多いかもしれません。
月が地平線近くにあるときに大きく見える現象は、「月の錯視」と呼ばれる視覚的な錯覚です。
この現象は、地平線近くにある月は、空高く昇っているときよりも大きく見える、というものです。
スーパームーンとは全くの無関係で、月との距離や月の大きさが実際に変わっているためではありません。月の写真を撮ってみると、地平線近くにあるときも、空高い位置にあるときも、同じ大きさに写ることが確認されています。
なぜこのような錯覚が起こるのかについては、議論が尽きておらず、完全に解明されているわけではありません。
広く知れ渡っている考えの一つは、地平線近くにある月は、建物、木々、山などの地上の景色と一緒に見られるため、これらの物体との比較で月が大きく見えるという説です。
一方、空高く昇った月は比較対象がなく、周囲に広がる広大な空と一緒に見ることになるため、相対的に小さく感じられます。[※1]
フランスは日本より高緯度にあるため、月が見える角度が少し異なり、若干低い位置に見えやすいです。ひょっとするとそれが原因で、フランスの方が「月の錯視」が起こりやすいのかもしれませんね。
ただし、あくまでも視覚的な錯覚によるものなので、月が大きく見えると言い切れるものではありません。
この説は、多くの教科書にも取り上げられましたが、地平の見えない暗黒中でも月の錯視が起こる、などの反証も多く出されています。[※2]
いまだに解明されていないこの現象、非常に興味深いですね。
〈出典〉
[※1]国立天文台
https://www.nao.ac.jp/faq/a0202.html
[※2]日本心理学会
https://psych.or.jp/interest/ff-04/
日本では、月の模様として「餅をつくウサギ」というイメージが古くから親しまれていますね。
しかしフランスでは、ウサギではなく別のものに例えられています。
地球上の多くの場所から見た月の模様はほぼ同じです。しかし、地球は球体であり、月を観測する場所の緯度によって、見える月の角度が変わります。
例えば、南半球では月が北半球とは逆さまに見えるため、模様も上下が反転して見えるなど、地理的な位置によって異なるケースもあります。
しかし、国や地域によって月の模様の捉え方が違うのは、主に文化的な解釈の違いによるものです。
例えばフランスを含むヨーロッパでは「カニ」や「本を読むおばあさん」など、様々なものに例えられています。
白く見える部分を顔、黒く見える部分を髪の毛と捉えた、月の模様を「人の横顔」に見立てる解釈も広く親しまれています。
ここから生まれた「月の男(L’Homme dans la Lune)」に関する物語は、ヨーロッパの多くの地域で今に伝えられています。地域や時代によって内容は少しずつ異なり、様々なバリエーションがありますが、その中のひとつに「月に送られた男」という伝説があります。
キリスト教の伝統では、日曜日は仕事をせずに安息する日とされています。
この物語では、ある欲深い男が財産を増やそうと、安息日を守らず日曜日も休みなく働きました。このことが神を怒らせてしまい、永遠に月に閉じ込められる、という運命を背負ってしまいました。そして、月の中で一生その罰を受け続ける、という物語です。
月に追いやられた理由が「安息日に働いた罪」とは驚いてしまいますね。宗教的や社会的なルールを守ることの大切さを教えるために語られたのでしょうか。
多くのフランス人のように、休むことも大切にしたいですね。
フランスと日本、それぞれの国での月の見え方や捉え方には違いがありますが、共通して月が美しさと神秘性を兼ね備えた存在であることは間違いありません。
月は地球のどこからでも見ることができ、その模様の解釈は見る人の文化的背景によって異なります。
同じ天体でありながら、異なる地域や文化がそれぞれの物語を紡いでいることが面白いですね。
満月の頃に月を見ながら、その模様の様々な解釈と照らし合わせてみると楽しいですよ。普段見慣れている月にも新しい発見があるかもしれません。