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なぜ、日本はサンショウウオの楽園なのか?

  • 2022年5月5日
  • tenki.jp

5月5日からは二十四節気「立夏」。暦上、以降は夏となる区切りの節気です。生き物たちにとっては繁殖の季節。カエルやヘビなど、変温動物にとってもいよいよ本格的な活動時期に入ります。ところが、両生類でありながら冷たい環境を好み、冬眠もしない不思議な生き物・サンショウウオが日本列島には生息しています。日本列島は世界でも特例的なサンショウウオの楽園なのです。

そもそもサンショウウオって何?どこで見られるの?

サンショウウオ(山椒魚)は、両性網有尾目に属し、狭義にはイモリ上科とサイレン上科を除くサンショウウオ上科(Cryptobranchoidea)に属する種、広義にはこれに加えてイモリ上科のプレソドン科、トラフサンショウウオ科なども含む種とする場合、さらには有尾目全体をサンショウウオと総称する場合もあります。その上サンショウウオと称する種のうちほぼ90%がイモリ上科に属しているというややこしさで、イモリやサイレンなどの近縁の両生類との区分は、世界の動物相的に見るとあいまいです。

しかし日本列島の在来種の場合、イモリ上科に属するのは奄美・沖縄諸島に局所分布するシリケンイモリ・イボイモリを除けばアカハライモリ(ニホンイモリ)一種のみで、それ以外の有尾目の両生類は、すべて狭義のサンショウウオということになります。
そして狭義のサンショウウオとなるサンショウウオ上科に限ってみると、世界のサンショウウオ科(Hynobiidae)とオオサンショウウオ科(Cryptobranchidae)のうち、サンショウウオ科の90種のうちの47種、オオサンショウウオ科の3種のうち1種が日本列島に自然分布し、しかもキタサンショウウオを除く47種が日本固有種。日本はサンショウウオ上科の世界的に例を見ない特殊な動物相を持ち、動物学者の千石正一(1949〜2012)氏は、「日本本土の動物界の至宝を選べ、というのなら、私ならグループとしてのサンショウウオを推す。」と述べています。氏の生前の時代から、今なお日本のサンショウウオは毎年のように新種が発見されており、未だにその「至宝」の全容は解明されていないと言えるでしょう。

関東から福島にかけて生息する止水系のトウキョウサンショウウオ
関東から福島にかけて生息する止水系のトウキョウサンショウウオ

サンショウウオとイモリは、見た目も非常によく似ていて、また前述したとおり世界的にはその区分もあいまいです。
日本のアカハライモリと、関東地方と福島県に分布する止水に生息する代表的サンショウウオの一種トウキョウサンショウウオを比べてみますと、まず皮膚の質感がイモリの場合はざらざらしているのに対して、サンショウウオは水ようかんのようにつるっとしています。
また、イモリもサンショウウオも幼生の時代はおたまじゃくしに似てエラ呼吸をし、水中で暮らしますが、イモリの成体は変態後に一時的に陸生になったのちにふたたび水生にもどるのに対し、サンショウウオの成体は水辺近くの湿った環境の陸地です。ただし後述するようにオオサンショウウオは一生を水中ですごしますし、また、陸生でありながら山間渓流生息型のハコネサンショウウオ属には肺がなく、呼吸は全て皮膚呼吸に賄っています。繁殖行動も異なり、イモリはメスの体内で受精する体内受精で体外受精です。

けれども何よりサンショウウオ科の特徴をあげるならば、彼らが変温動物には珍しく、寒冷適応した両生類だ、ということでしょう。
言うまでもなく、ヘビやトカゲやカメなどの爬虫類、カエルやイモリなどの両生類は暖かくなると活動期に入り、冬を迎えて気温が下がってくると土や泥水の中などに籠って仮死状態となり冬眠します。そしてそれらの動物の生息域の密度は当然熱帯や亜熱帯、暖温帯に偏ります。
ところが、サンショウウオの多くは、冬眠しません。零下になる環境でも、餌が少なくなり活動が鈍ってじっとしているとはいえ、仮死状態にはならないのです。彼らは、現在の東アジアの亜寒帯・冷温帯の冷湿な環境に適応した両生類で、氷河期時代には、そのような環境が今よりずっと南にまで広がっており、その時代に繫栄した種の末裔たちなのです。

日本列島は、氷河期は落葉広葉樹の森が広がり、北方・高地の春の草花・木花が咲きそろい、その花を求める昆虫が繫栄し、それを捉える小動物、そしてそれを食べる大型哺乳類が行き交う環境でした。スプリング・エフェメラルと呼ばれる早春の低山・里山の花々やギフチョウなどの原始アゲハ蝶、そしてクマは、当時の日本列島全域の自然の生態系を支えた末裔たちです。
サンショウウオもまた、この複雑に山襞が拠り合う中に豊かに降り注ぐ雨がもたらす湿潤で多様な環境の中で、世界にも類を見ない豊かな進化・分化を遂げて生き継ぎ、そして温暖化の後には、その環境を生かして里山を形成してきた人間の営みが作り上げた二次的自然環境の中で寄り添いながら生きてきた貴重なこの国の宝なのです。

ヒガシヒダサンショウウオの卵塊。バナナ状のゼラチン室に保護されて水中で輝きます
ヒガシヒダサンショウウオの卵塊。バナナ状のゼラチン室に保護されて水中で輝きます

山椒の匂いがするってほんと?「山椒魚」の語源

サンショウウオの「山椒」の語源については、「サンショウウオに山椒の匂いがするから」という説明が多くあり、それに対して、たとえばオオサンショウウオに触れた人が、オオサンショウウオが出す分泌液の匂いが山椒の匂いとはまったくちがうゴムっぽい匂いである、という証言をし、「山椒の匂いというのは嘘」という説明が見られます。
そもそも、サンショウウオを「山椒魚」と表記するのは中国で、日本の場合はその音を移入したに過ぎず、日本の古語ではサンショウウオは「はじかみいお」と言いました。「はじかみ」という言葉が、山椒の古語であることから、やはりサンショウウオの「サンショウ」は山椒と重なってしまうわけですが、この「はじかみ」という言葉、現在も新潟県などに残っている「かじかむ」の方言「はじかむ」の名詞形と考えることはできないでしょうか。

江戸時代初期の俳諧『口真似草』(1656年 高瀬梅盛)に、

はぢかふだ 手さへこたつの火のし哉 喜教

などの作例があります。そもそも山椒を「はじかみ」ということ自体、その清涼感、冷涼感のある刺激から来ていると考えられます。「はじかみいお」は、手がかじかむような冷たい清流にいるサンショウウオ類を、「はじかみ」と譬えたものなのではないかと筆者は考えます。

クロサンショウウオの卵塊は津軽では「トワダのモチコ」と呼び、豊作のシンボルでした
クロサンショウウオの卵塊は津軽では「トワダのモチコ」と呼び、豊作のシンボルでした

多夫一妻?保父さん?不可思議すぎるオオサンショウウオの繁殖行動

さて、「サンショウウオ」というと、小さくてかわいいサンショウウオ科ではなく、特別天然記念物に指定され、知名度も極めて高い日本固有種オオサンショウウオ(大山椒魚 Andrias japonicus)を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
オオサンショウウオは、岐阜県以西の西日本(近畿、中国地方の各所と大分県と四国の局所)の、標高500m前後の中高地の人里近くの河川に生息する完全水生のサンショウウオです。ヨーロッパで発見された近縁種の化石から、2300万年前からほとんど形態を変化させずに生きながらえてきた「生きた化石」とも言われています。

全長は成獣で40〜90cm、まれに1mを超え、記録上の最大個体は飼育下での150cm、30kg弱というもの。かつては日本のオオサンショウウオの亜種ともされてきたチュウゴクオオサンショウウオは、それと同等、あるいはより大型になるともされます。
この両種の大きさは、たとえば世界最大のカエルと言われるゴライアスガエルの大きさが体長30cm、重さ3kgと比べても、重さだけでもその何倍にもなり、サンショウウオ類にとどまらず、現生の両生類のなかでも飛びぬけて巨大な、世界最大の両生類です。

孵化したオオサンショウウオは3〜5年ほどエラのある幼体で生きた後、20cmほどになると変態し、約15〜17年で性成熟し大人になると考えられています。全長40cmほどになる成長期では1年に10cm近くの成長を見せますが、それを超えると成長度は鈍り、年に0.6〜1cmほどになり、単純に計算しますと、たとえば80cmの個体は生後7年前後に40cmになったあと、おおよそ50年かけてそこまで成長したということになります。このためはっきりとした記録はありませんが、捕食やケガ、餓死などがない場合は100年くらいは生きるであろうと考えられています。

両生類は総じて、同じ仲間のサンショウウオ科の種でもクリッと大きな目をしているのですが、オオサンショウウオは、そのハンバーガーのような円盤状で丸い頭のどこに目があるのか、よくよくわからないほど退化して小さく、視力もよくありません。その分嗅覚は鋭く、獲物の位置を嗅ぎ分けてどん欲に捕食します。獲物は動く生物で、川魚やエビ、カニなどの水生動物、カエルやヘビ、ネズミやモグラなど、水辺に来る生き物は「半裂き」という別名の語源になったとも考えられる大きく裂けた口を開いて噛みつき、飲み込んでしまいます。

その繁殖行動も実に独特です。
通常、オオサンショウウオは明確なテリトリーを持たない動物です。緩やかな流れの身を隠せる岩の隙間や、木の根が洗われてできた穴などをお気に入りのねぐらに、通常は一頭で、時に共有をして住みつきます。
しかし、その地域にはねぐらとは別の繁殖用の特別な巣穴が存在します。この繁殖巣穴(産卵穴)は、水深20cmほどの浅瀬に、オオサンショウウオが通り抜けできるほどの幅の横穴を穿ち、奥には丸く大きな空間が広がります。自然にできた水中洞穴を利用する場合もありますが、オオサンショウウオ自身が掘り進めてそのような特別室をしつらえることもあるようです。
産卵穴はその一帯のもっとも大きくて強いオス(ヌシ)が管理していますが、初秋ごろ、彼らの繁殖期がやって来ると、周辺一帯に棲み付くオオサンショウウオのオス、メスたちが頻繁に産卵穴に訪れます。ヌシであるオスは、雌雄問わずに何らかの原理によって撃退したり受け入れたりします。その干渉を受けながら、産卵穴で産卵、放精する複数のオスとメスによって、受精卵が形成されます。一頭のメスは500〜600ほどの数珠状の卵塊を産み落とし、複数のオスがその卵塊に放精します。受精卵は複数のオスの遺伝子を受け継ぐことになりますが、この卵塊を孵化するまで30〜40日間、穴の出入り口に陣取って不休でヌシのオスが守り続けます。

世界最大の両生類がなぜ日本にいるのか。その意味を考えるべきではないでしょうか
世界最大の両生類がなぜ日本にいるのか。その意味を考えるべきではないでしょうか

この独特のオオサンショウウオの繁殖行為、特に「ヌシ」となる支配者のオスの攻撃性と寛容性の二面性は他の動物には見られない独特のものです。しかしこの行動原理は、産卵穴において産卵しているメス、いわゆる「産気づいているメス」がいるかどうかで決まってくるようで、産卵メスが産卵穴に入っているときには、「ヌシ」は後から来たメスを攻撃して排除します。また逆に、産卵穴に未授精卵があるときには、他のオスの進入と放精をゆるすが、それ以外のときにはオスが来ると徹底的に排除するなどするようなのです。
つまり、「ヌシ」のオスの優先順位は「受精卵の保護」にあるということになります。この行動は、メスの性フェロモンから発される何らかの物質であるという推測がなされていますが、独特の「ヌシ」による族長的な「保父さん行動」により、多くのオスとメスが子孫を残すことができるようです。
この習性により、オオサンショウウオは太古から絶えずに生き継いできたのかもしれません。

サンショウウオは、ヤモリやイモリと比べてもより生息環境は厳密でデリケートです。氷河期の残した生物相を、南方からの稲の栽培を見事に利用しながら、永続的な水田稲作を中心にした環境を作り上げてきた日本人。そのもっとも繊細な奥の院で、その環境を支えてきたのが氷河期両生類の申し子・サンショウウオなのです。
しかし今、その多くの種が絶滅の危機を迎えています。日本人が丹念に、谷津や山襞の奥まで田に替え、湧き水を利用して灌漑してきた環境は、その上流と接続域に生きる彼らにも楽園でした。けれども今それらの田が廃棄され、また、休耕地が他の施設に転用されることで、複雑でたぐいまれな日本列島の水環境が失われつつあるからです。
彼らを絶滅させることは、私たちが先祖から受け継いできた大切な稲作里山文明が滅び、ひいては日本独自の文化圏の滅びる時なのかもしれません。


参考・参照
日本の動物 江川正幸 旺文社
国立科学博物館、サンショウウオの新種を発見…背中に鮮やかな赤色の斑紋
オオサンショウウオの繁殖行動の解析

サンショウウオが日本からいなくなってしまったら、それは…
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