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花と日本人の肖像 小堀遠州

  • 2017年7月18日
  • 植物生活

小堀遠州 水を花に見立てたアーティスト(1579~1647)

『美しい日本のいけばな』(原題『THE FLORAL ART OF JAPAN』)
というイギリス人建築家ジョサイア・コンドルによって
1891年に著された本があります。
鹿鳴館やニコライ堂の設計者として知られるコンドルは
当時流行していた遠州流の花に感銘を受け、それをこの本でいち早くヨーロッパに紹介したのです。
江戸時代中期に京都から江戸にやってきた春秋軒一葉が
興したと言われる遠州流いけばな。
一葉はもともと遠州流茶道の師範であり、
その理念にのっとり、おだやかな中庸さを花に付与していきました。
「綺麗さび」と言い表されるこの理念の提唱者こそ
二条城や南禅寺などを作庭を手掛けたと言われる小堀遠州です。
 
近江(現在の滋賀県)の武家の子として生まれた遠州は
千利休による茶の湯の流れを汲む古田織部に師事し、
茶道を極めます。やがて生来の感性を生かして茶道はもちろん、
それに欠かせない建築や庭作りにおいても類まれなる才能を開花させ、
徳川幕府に重用されました。
もちろん彼による仕事の根底にはバランスのとれたおだやかで中庸な美、
すなわち「綺麗さび」が常に息づいていました。
あるとき宇治の茶人、上林竹庵と伏見で茶会を催すことになった遠州。
正午の茶事で一同が料理と菓子に舌鼓を打っていると、
にわか雨の音がしてきます。竹庵と連れの者がいったん席を離れて庭へ出ると、
そこには雨上がりの光のもと石畳や木々がいっそう輝いていました。
爽やかな気分で竹庵らが席へと戻ると不思議なことに床の間には花がありません。
そのかわりに土壁にさっと水が打たれていたのです。
奥から再び登場した遠州にこのことを訊ねると、
「雨で洗われた見事な庭を見た後で私の生けた花は不要にございましょう」
という答えが返ってきました。
遠州は雨上がりに因んで土壁に水を滲ませ、
それを花に見立てて客人をもてなそうとしたのです。
何事にも固執せず、柔軟にその時を演出した遠州は室内と野外を一体化させました。
雨水は本来庭を濡らすものなのですが、
彼は敢えてそれを用いて室内を濡らし、
空間の統合と調和をはかったといえます。
思えば、いけばなも本来野外に芽生える花を室内に設えるわけですから、
それと似た試みと言えます。
バランスのとれたおだやかな中庸さ、
そう「綺麗さび」の極意がここに発揮されているのです。
コンドルは著作で遠州流の花を特に取り上げた理由を
「個性的な美意識があるため」と記しています。
常に最大限配慮した上で独自の美学を貫いた遠州。
それでも、その配慮を目立たせないのがこの稀代のアーティストの信条だったのです。
語る人
川崎景介 Keisuke Kawasaki

花文化研究者。マミフラワーデザインスクール校長。米国アイオワ州グレイスランド大学にて史学を専攻し卒業。フラワーデザイナーの養成機関等で教鞭をとり、スクールでは考花学のクラスを持つ。執筆活動や全国での講演活動に従事するかたわら、日本のみならず世界各国の花文化を独自の視点で研究し、フローラルアートの啓蒙に努めている。日本民族藝術学会員。
 http://www.mamifds.co.jp 
text / 月刊フローリスト  イラスト/高橋ユミ

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