自然界で最も見ることが難しい動物の一つで、最も重いイカであるダイオウホウズキイカは、マッコウクジラの胃から死骸が発見され、初めて同定された。それから100年がたった今、自然の海洋環境を泳ぐダイオウホウズキイカが初めて動画に収められた。
3月9日、米シュミット海洋研究所の調査船ファルコー2号は、国際的な海洋生物調査の一環として、南大西洋のサウスサンドウィッチ諸島からほど近い極寒の海を調査していた。遠隔操作無人潜水艇(ROV)を水深600メートル地点に送り込んでいたとき、カメラの前をイカが横切った。
調査団と外部の専門家が動画を検証し、驚くべき結論に達した。「これはダイオウホウズキイカを深海の生息地で撮影した初めての動画です」とニュージーランド、オークランド工科大学でイカを研究するキャット・ボルスタッド氏は話す。
ダイオウホウズキイカ(Mesonychoteuthis hamiltoni)は全長約14メートル、体重500キロに達すると推定されているが、この個体は30センチ足らずだった。そして、さらに驚くべき結論に達した。
「これは、私たちがダイオウホウズキイカと聞いて思い浮かべる巨大な動物ではありません」とダイオウホウズキイカが属するサメハダホウズキイカ科を研究するアーロン・エバンス氏は話す。「そして、赤ちゃんでもありません」。発達中の身体的特徴が見られるため、「ティーンエージャーのイカだと考えられます」
これまで、本来巨大なこの動物に関する知識はすべて、100年前にマッコウクジラの胃から出てきた死骸の断片と、漁船が偶然捕獲した数匹の死骸のみから得ていた。今回、その姿がカメラに収められたおかげで、行動や生態に関するいくつかの仮説が検証できた。
「これは正直、(この分野の歴史上)最もワクワクする発見の一つです」とボルスタッド氏は喜ぶ。
ダイオウホウズキイカが属するサメハダホウズキイカ科は「ガラスイカ」とも呼ばれる。
薄暗い海で暮らすサメハダホウズキイカ科のイカたちは、しばしば透明に見える。これは捕食者から身を守り、獲物を待ち伏せして捕まえるのに役立つ。
サメハダホウズキイカは色素胞という細胞を使って、体の色を変えられる。体の不透明な部分には発光器があり、差し込む日光の強さに合わせて発光する。
ダイオウホウズキイカは、60種が知られているサメハダホウズキイカで最も謎に包まれている。
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1925年、海洋生物学者のジェームズ・エリック・ハミルトンが英スコットランドのシェトランド諸島近海で捕獲されたマッコウクジラの胃から、2つの大きな腕の一部を発見した。これらの標本は大英自然史博物館に送られ、正式に新種と同定された。
その後、ソビエト連邦のトロール船ユーレカ号が1981年、約5メートルのダイオウホウズキイカを偶然捕獲した。すぐに腐敗したこの標本は、おとなではないと考えられていた。そして2003年、ニュージーランドの南岸で、海に浮かぶダイオウホウズキイカの死骸が発見された。この個体は6メートルに達していた。
さらに2005年、南大西洋で漁業の仕掛けにかかったダイオウホウズキイカの動画が公開された。2007年にも、ダイオウホウズキイカが漁船に偶然捕獲された(その際、致命傷を負った)。場所は、南極海の一部であるロス海だ。
この数少ないほぼ完全な標本から、ダイオウホウズキイカに関するいくつかの重要な事実(あるいは、少なくとも合理的な仮定)がまとめられた。
「地球で最も重い無脊椎動物であることはわかっています」とボルスタッド氏は話す。若い個体はより浅い海に暮らしている。急成長しながらおとなへと近づくにつれて、深海に降りていくと考えられている。
ダイオウホウズキイカは独特な触腕を使い、メロ(マジェランアイナメ)のような亜南極の大型魚やほかのイカを捕食しているようだ。吸盤に覆われた8本の腕の真ん中には、動かないかぎ爪が1つずつ付いている。腕より長い2本の触腕の先端には、360度回転するかぎ爪がある。
その名前とは裏腹に、ダイオウホウズキイカは頂点捕食者ではない。ゾウアザラシやペンギン、魚類が子どもを、マッコウクジラやオンデンザメが子どもとおとなを捕食する。
ただし、複数のマッコウクジラに傷痕が残されており、ダイオウホウズキイカに激しく抵抗されたことを示唆している。幸い、ダイオウホウズキイカは世界で最も大きな目を持っているため、クジラほど大きい捕食者であれば、相当な距離から発見できる。
死骸と海面で撮影された動画だけでは、限られた情報しか得られない。この興味深い動物の生態を正しく理解するには、深海を泳ぐ個体を発見する必要があった。
しかし、発見を試みる潜水艇は皆、ある難題に直面する。ダイオウホウズキイカは巨大な目を持ち、警戒心が強いため、「私たちが彼らに気づくずっと前から、彼らは私たちの存在に気づいています」とボルスタッド氏は話す。「彼らは積極的に私たちを避けています」
そこに、海洋生物を次々と発見してきたファルコー2号が満を持して現れた。
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ファルコー2号の乗組員は3月、水深約4800メートルまで潜ることができるROVスバスティアンを投入した。ROVに低照度のシステムを装備し、ケーブルで操作した結果、水深600メートル地点を泳ぐティーンエージャーのダイオウホウズキイカの撮影に成功した。
「美しく、並外れた存在でした」と英エセックス大学の深海生態学者で、ファルコー2号の海洋生物調査プロジェクト「オーシャン・センサス」で指揮を執るミッシェル・テイラー氏は振り返る。
テイラー氏らは撮影したばかりの高解像度動画をボルスタッド氏とエバンス氏に送信した。その動画には、腕のかぎ爪をはじめとするダイオウホウズキイカの特徴が映っていた。
「過呼吸になるほど興奮しました」とエバンス氏は語る。
動画は現在も精査中だが、ダイオウホウズキイカに関するいくつかの仮説がすでに裏付けられようとしている。
動画の個体には、サメハダホウズキイカ科に見られる色素胞があった。つまり、「ほぼ確実に、この動画の大部分で見られるように完全に透明な状態と不透明な状態を切り替えられ、さらに、体の特定部位で微調整できる可能性が高い」とボルスタッド氏は説明する。
ファルコー2号の乗組員は幸運にも、ダイオウホウズキイカを含めて2つイカを発見した。
2025年1月、氷河が分離してあらわになった南極半島の海底で、生命の存在を調査するという別のミッション中、スバスティアンは驚くべき光景を目撃した。推定される生息地で記録されたことがなかったサメハダホウズキイカ科のナンキョクスカシイカ(Galiteuthis glacialis)がいたのだ。
ナンキョクスカシイカは水深約900メートルの深さで、サメハダホウズキイカがよくするように、頭の上で腕を優雅に伸ばしていた。
これらの発見は、深海とそこに暮らす生きものに対する一般の認識が、しばしば恐ろしいものや不気味なものに偏っていることを教えてくれる。
「私たちの深海に対するイメージは少しゆがんでいます」とニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワの魚類担当学芸員トム・リンリー氏は話す。高度な技術と小さな幸運のおかげで、私たちは「深海生物は本当に繊細で、本当に美しい」ことを発見している。