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危険な「山火事の煙」、肺のほか心臓や脳にまで害、対処法は

  • 2025年3月5日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

危険な「山火事の煙」、肺のほか心臓や脳にまで害、対処法は

 山火事の周辺の住民が対処しなければならないのは炎だけではない。なぜなら、山火事の煙にはオゾン、一酸化炭素、多環芳香族化合物、二酸化窒素、粒子状物質など、さまざまな有害物質が含まれているからだ。これらは火元から何キロも離れた場所に住む人々にも影響を及ぼし、学術誌「Journal of the American Heart Association」に2018年に掲載された論文によると、呼吸器系や心血管系の疾患と関連しているという。

 さらに、同じ人が毎年長期間にわたって煙混じりの空気を吸い続けた場合にどのような影響が出るのかについては、まだはっきりとわかっていない。2023年に学術誌「Nature」に掲載された研究では、米国では気候温暖化が進むにつれて山火事の頻度や規模が拡大し、山火事由来の大気汚染がもたらす健康へのリスクも高まるという。

PM2.5が長期間にわたり炎症を引き起こす

「山火事の煙は、非常に複雑な種類の大気汚染です」と、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学の環境健康科学者サラ・ヘンダーソン氏は言う。「煙にはさまざまなガスが含まれており、何がどの程度の温度で燃えているのかによって、微粒子の構成も大きく変動します」

 氏によると、特に懸念されるのは、PM2.5と呼ばれる直径2.5マイクロメートル(髪の毛の太さのおよそ30分の1)以下の微粒子だという。

 PM2.5は肺の奥深くにまで入り込むため、人体はウイルスを攻撃するときと同じ免疫細胞を動員する。しかし、ウイルスとは異なり、微粒子はこの免疫反応によって分解されず、長期間にわたり炎症を引き起こす。

「この炎症が、肺や腎臓、肝臓、そしておそらくは脳にも影響を及ぼします」とヘンダーソン氏は言う。「胎児への影響についてはまだはっきりとわかっていませんが、妊娠中の女性が全身性の炎症を起こして、胎児に影響が及ぶ可能性はあります」

 炎症は、外部からの侵入者を撃退する有益な反応だ。しかし、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの炎症を特徴とする基礎疾患を持つ人にとっては、大きな危険をはらんでいると、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の呼吸器学助教ステファニー・クリステンソン氏は言う。さらなる炎症が加われば、そうした疾患が悪化しかねない。

 喘息やCOPDなどの疾患は、酸素を全身に送り届けることを難しくする。肺に入った酸素は肺胞(空気と血液の間で薄いバリアにもなっている小さな袋)に向かい、そこから毛細血管の血液に吸収される。

 体が異物と戦っているとき、肺胞が粘液で満たされるせいで、空気は通過できなくなると、クリステンソン氏は言う。この状態では二酸化炭素を体外に排出することも難しくなり、呼吸が困難になるおそれがある。

 一部の研究では、微粒子自体が肺胞のバリアを突破して血流に入り込み、全身で炎症反応を引き起こす可能性が示されている。

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救急外来の心血管系と脳血管系疾患と関連

 呼吸器系疾患以外にも、煙の害はより目に見えにくい形で現れる。

 2018年に学術誌「Journal of the American Heart Association」に掲載された論文では、2015年にカリフォルニア州で3600平方キロメートル(ほぼ奈良県の面積に相当)以上を焼き尽くした山火事の煙が、5月1日から9月30日に救急外来を訪れた19歳以上の患者の心血管系疾患および脳血管系疾患と関連していたことが示された。

 この事実については、心臓や冠動脈が肺に近いことと関連があると、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校デビッド・ゲフィン医学部の心臓病学教授カロル・ワトソン氏は考えている。氏が参加していた研究チームは2016年、米国の6都市におけるさまざまな汚染物質の影響を調べ、大気汚染レベルの高さと冠動脈疾患との関連性を医学誌「The Lancet」に発表した。

 山火事の煙が心臓に与える影響に関して、特に懸念されるのはやはり基礎疾患だと、氏は指摘する。動脈に蓄積したプラーク(脂肪などでできた沈着物)が破れると心臓発作が発生する。粒子状物質はこのプラークの破裂を引き起こす可能性があるという。

 また、大気汚染が不整脈を引き起こすという証拠もあるが、その理由についてはまだ十分にわかっていないと氏は述べている。

呼吸器感染症にもかかりやすくなる

 米国疾病対策センター(CDC)によると、山火事の煙は、新型コロナウイルス感染症のような呼吸器疾患を撃退する力を弱める可能性がある。

「大気汚染レベルが高くなることは、呼吸器への影響や、呼吸器疾患にかかりやすくなることと関連しています」と、米カリフォルニア大学デービス校環境健康科学コアセンター長のアーバ・ハーツ・ピッチョット氏は述べている。「免疫システムが損なわれてウイルスに抵抗できなくなっている場合、大気汚染はその状態をさらに悪化させます」

 2020年に学術誌「Environmental International」に掲載されたある研究では、夏の山火事による大気汚染と、その数カ月後にインフルエンザの流行が拡大することとの関連が示された。

山火事の煙から身を守るには

 CDCは、屋内に留まることで山火事の煙を避けるよう勧めている。

「窓やドアを閉め、HEPAフィルター付きのポータブル空気清浄機を使用するとよいでしょう」と、ヘンダーソン氏は言う。ガスを使った調理、揚げ物、喫煙、掃除機の使用などによって室内の汚染度を高めないことが重要だと、CDCは指摘する。

 CDCはまた、やむを得ず外出する場合には、N95マスクを顔にしっかりと密着させて着用するよう推奨している。サージカルマスクや手作りのフェイスカバーでは、煙から身を守れない。

「結局のところ、われわれにできることはそう多くはありません」と、米カリフォルニア大学デービス校の大気科学者キース・ベイン氏は述べ、長期的な対策が必要であることを強調する。森林の制御焼却や、住宅を建築できる地域、住宅に備えるべき設備といったことに関する新たな政策こそが、利害関係者が取り組むべき課題であると、氏は指摘する。

「それは人類にとって最大の課題のひとつになるでしょう」と氏は述べている。「山火事だけでなく、気候変動に起因するあらゆる極端な現象に対する対策が必要です。われわれは、もはや元に戻すことのできない新たな局面に突入しつつあるです」

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