グルテンの摂取を控えると健康になるという主張に後押しされて、グルテンフリー食の人気がこの10年で急上昇している。このトレンドに減速の兆しは見られず、ドイツの調査会社スタティスタによると、世界のグルテンフリー食品市場は2032年までに140億ドル(約2兆1000億円)に達すると予測されている。しかし、グルテンを避けることは本当に健康に良いのだろうか?
医学的な理由でグルテンを避けなければならない人もいるが、圧倒的に多くの人は明確な理由もなくグルテンフリー食を実践している。
グルテンについて、科学的には何が分かっているのか、ここまで嫌われてしまったのはなぜなのか、グルテンの摂取をやめると体にはどんな影響が出るのかを以下にまとめた。
「グルテンは小麦やライ麦や大麦に含まれるタンパク質です」と、米ベス・イスラエル・ディーコネス医療センター(BIDMC)のセリアック病センターで栄養コーディネーターを務める登録栄養士のメリンダ・デニス氏は説明する。「グルテンは食品の結合剤としてはたらき、パンの骨組みとなって食感と風味を良くします」
グルテンの評判は近年よくないものの、本質的には不健康なものではない。事実、グルテンの主な供給源である小麦には、体に良い栄養素が豊富に含まれている。「小麦にはタンパク質、食物繊維、鉄分、ビタミンが詰まっています」とデニス氏は言う。「特に全粒小麦を食べることは心臓に良い影響を及ぼします」
ほとんどの人についてはグルテンを避けるべき科学的根拠はないと、BIDMC栄養健康センターの医療ディレクターで胃腸病専門医のキアラン・ケリー氏は言う。ただし、なかにはグルテンを避けなければならない人もいる。
「セリアック病という自己免疫疾患をもつ人は、グルテンに対して免疫介在性反応を起こします」とケリー氏は説明する。「セリアック病の人がグルテンを含む食品を摂取すると小腸が損傷されてしまうので、グルテンを完全に避ける厳格なグルテンフリー食を実践しなければいけません」
グルテンを摂取することで消化不良を起こすものの、セリアック病と関連する小腸の損傷は見られない非セリアック・グルテン過敏症(NCGS)の人もいるとケリー氏は言う。一方、小麦アレルギーのある人は小麦を避けるべきだが、グルテンを含む食品すべてを避ける必要はないという。
過敏性腸症候群(IBS)をもつ人は、グルテンフリー食によって消化器系の症状が改善する可能性がある。ただし、「多くの場合は、完全ではなく部分的な改善にとどまります」とケリー氏は指摘する。
次ページ:なぜこれほどまでに悪者にされたのか? 避けたときの悪影響
米食品医薬品局(FDA)は2014年、食品に「グルテンフリー」の表示をする際の基準を定めた。すると突然、ボトル入りの水やポテトチップスなど、もともとグルテンを含んでいない製品がグルテンフリーであることを宣伝しはじめ、グルテンは避けるべきものだという印象を消費者に与えるようになった。
「個人的にも栄養士としても、これは食品マーケティングの副作用だと思います」と、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部バッチ・アンド・テイマー・マヌーキアン消化器学科の登録栄養士で、みずからもセリアック病患者であるジャネル・スミス氏は言う。
食品のグルテンフリー表示は、グルテンを含んでいないことを示すだけで、健康に良いという意味はない。専門家の推定ではセリアック病の患者は世界人口の1%にもかかわらず、食品会社はグルテンフリーが万人にとって有益であるかのように宣伝することで、市場を拡大したのだ。
メディアの過剰な宣伝も一役買っているとデニス氏は言う。「グルテンフリーを実践する人の全員が間違っていると言いたいわけではありませんが、彼らがメディアの注目を集めすぎて、熱狂的な流行を作ってしまったと思っています」
2019年に医学誌「Digestive Diseases and Sciences」に掲載されたレビュー論文では、グルテンフリー食によって、関節リウマチなどの他の自己免疫疾患に関連する炎症が軽くなったり、運動能力が向上したりするというエビデンス(根拠)はほとんど得られなかった。
スミス氏によると、この論文では、グルテン不耐症と自己申告する人のなかには、グルテンではなく小麦に含まれるフルクタンという発酵性炭水化物が消化不良の原因である場合も多いとも指摘されているという。
健康に良いイメージがあるグルテンフリー食は、必ずしも体に良いわけではなく、むしろ悪影響を及ぼすことも多い。
2023年に学術誌「Critical Reviews in Food Science and Nutrition」に発表されたレビュー論文では、グルテンフリーのパンは通常のパンよりもタンパク質が少なく、脂肪分が多いことが明らかにされた。2024年12月に学術誌「Plant Foods for Human Nutrition」に発表された研究は、平均するとグルテンフリー製品は砂糖も多く、カロリーも高いことを示した。
次ページ:「顕著な健康上の利益はない」
2021年に学術誌「Food & Nutrition Research」に掲載された研究では、多くのグルテンフリー製品は通常の製品よりも食物繊維やタンパク質が少なく、飽和脂肪、炭水化物、塩分が多いと指摘されている。さらに2015年に学術誌「PeerJ」に掲載された研究では、グルテンフリーの包装食品(パン、パスタ、ミックス粉など)に「顕著な健康上の利益はない」と結論付けている。
とはいえ「状況は確実に改善しており、企業は製品に全粒グルテンフリー穀物や代替穀物を使いはじめています」とデニス氏は言う。「けれどもこれらの製品には、保存性を高め、グルテンを含む製品の口当たりを再現するために、タピオカでんぷんや、馬鈴薯でんぷん、マルトデキストリンなどの増粘剤や増量剤が使われていることが多いのです」
米非営利団体グルテン不耐症グループ(GIG)も、グルテンフリー製品には食物繊維が不足しているため、グルテンフリー食を実践している人は十分な量の食物繊維を摂取できていないことが多いと報告している。「食物繊維は、腸の健康と全身の健康にとって本当に重要です」とスミス氏は言う。
ちなみに、グルテンフリー食品はダイエットには向いていない。「グルテンフリーの加工食品は脂肪分やカロリーが高い傾向にあるからです」とケリー氏は言う。「グルテンフリー食を必要とする患者さんが、望まない体重増加に悩んでしまうケースは珍しくありません」
デニス氏とスミス氏は、何らかの理由でグルテンフリー食を実践している人に対して、最適な健康状態を維持するために地中海食と組み合わせるよう勧めている。デニス氏は、「抗炎症作用と抗酸化作用のある物質を豊富に含む地中海食以上の食事計画は考えられません」と話す。
「地中海食は食物繊維が豊富で、果物や野菜がたっぷり取れ、良質なタンパク源であり、飽和脂肪の摂取量は最小限に抑えられます」
では、自分の体調不良の原因はグルテンにあるのではないかと思う人はどうすればよいのだろうか?
ケリー氏は、グルテンフリー食に走る前に医師に相談すべきだと言う。そうでないと、避ける必要のないものを避けて、求める利益も得られないという状況になるおそれがある。