宿泊の目的がレジャーであれ仕事であれ、ホテルというものはときに睡眠を提供するビジネスだと信じられなくなることがある。不快なベッド、うるさいエアコン、ドアをバタンと閉める音、上階の騒がしい宿泊客など、自宅とは異なるさまざまな要因に悩まされながら安眠を得るのはそう簡単なことではない。
米ハーバード大学医学部の助教で、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の準研究員でもあるレベッカ・ロビンズ氏は、睡眠の重要性をよく理解している。氏は、睡眠と概日(かいじつ)リズムの健康を改善する行動を研究しており、ホテルでの睡眠の質にも自然と興味を持つようになった。
学術誌「Tourism and Hospitality Research」に発表された2020年の研究で、ロビンズ氏らは、旅先で満足した睡眠が取れたと答えた人は3人に1人にとどまる一方、睡眠は宿泊体験の全体的な満足度を決める重要な要素であることを明らかにした。
良質な睡眠を目的とした「スリープツーリズム」が注目を集め、ホテルが睡眠という課題に対して真剣な取り組みを始める中、ロビンズ氏は現在、睡眠の専門家として、ヒルトンホテルで寝室のデザインや「睡眠リトリート(日常を離れて心身を癒やすこと)」などの睡眠戦略に携わっている。以下に、ロビンズ氏が推奨する、科学的根拠に基づいた旅行中によく眠るためのヒントを紹介する。
「端的に言うならば、慣れない環境においては、われわれは基本的にリラックスしにくくなります」とロビンズ氏は言う。音であれにおいであれ、何か新しいものを感知すると、脳はホテルの部屋を未知の領域として警戒するようになるからだ。
ポジティブな連想をもたらすにおいは、幸福感を引き起こすことが科学的に証明されている。2024年に医学誌「JAMA Network Open」に発表された研究では、なじみのあるにおいはネガティブな思考サイクルを断ち切り、うつ状態を克服するのに役立つことが示されている。
心地よい音もまた、心を落ち着かせ、リラックスを促す。神経系を落ち着かせる小川のせせらぎや暴風雨の音を出す機器も存在するが、うるさいエアコンをはじめ、騒がしい環境での睡眠にはホワイトノイズ(すべての周波数を均等に含む音)も有益だ。
においや音など、ホテルの部屋に自宅のような慣れ親しんだ感覚をもたらす手段を見つけよう。キャンドルはホテルでは使えないため、お気に入りの香水やローション、エッセンシャルオイルを持参して、温かいシャワーのあとに使ってみるのもいいだろう。ホテルによってはホワイトノイズを発生させる機器を導入しているところもあるが、もしそうしたサービスがない場合には、自分でポータブル機器を持参しよう。
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旅行が常に楽しいものになるとは限らない。旅先で難しい家族の問題や仕事のストレスに直面することもあるが、通常、入眠の邪魔をする原因は、その場で解決できるようなものではない。そこで役に立つのが、心配事を書き出してみることだ。
「眠りに落ちるのを妨げる最大の障害は、頭の中が忙しすぎることです」と、ロビンズ氏は言う。ホテルの部屋で眠れないのは、隣の部屋から奇妙な物音が聞こえてくるせいばかりではない。旅行中の心配事ややるべきことのリストが頭の中をグルグルと巡っているせいでもある。
ロビンズ氏が勧めるのは、心配事をすべて紙に書き出すことによって頭の負担を軽くし、目の前にあるタスク、すなわち睡眠に集中することだ。
ロビンズ氏によると、良質な睡眠はルーティンと密接な関係にある。瞑想をする、長めのシャワーを浴びる、いつものナイトクリームを塗る、携帯電話の電源を切る、お気に入りの耳栓をするなど、自宅で就寝前に行っている習慣が鍵となる。
旅行中でもその行動を繰り返すことが、心と体を落ち着かせてくれる。「こうした習慣を厳格に守ることは、実はとても重要です。なぜなら、次に起こるのは睡眠であることを、脳が理解し始めるからです」
理想的とは言い難い習慣だとしても、旅行先で実行してみてほしいと、ロビンズ氏は言う。毎晩寝る前にテレビを見ることに罪悪感を感じている人もいるかも知れないが、「画面を眺めることが必ずしも悪いわけではありません。それがリラックスするためのルーティンの一部であり、睡眠や入眠の妨げになっていないのであれば、旅行先にもその習慣を持ち込んでみましょう」
ただし、テレビでリラックスしたあとは電源をオフにすることが重要だと、氏は指摘する。なぜなら、画面が放つ光は睡眠の質の低下と関連しているからだ。
現地時間は午前3時だが、体内時計はまだ5時間前の時刻に設定されたままで、どんなにがんばっても眠れない。やがて自分が寝ているベッドがストレスや不眠の原因であると不快に感じられるようになり、マットレスの温度が上昇し始める。
こんなふうに、旅行先、特にタイムゾーンの異なる土地で眠れずに苦労しているときには、ベッドを出てしまうことをお勧めする。寝返りを繰り返すよりも、不眠の現場を離れることで、悪循環を断ち切れる。
照明を落としてゆっくりと呼吸をしたり、靴下をたたんだりするなど、何であれリラックスできて眠気を誘うような行動をとってみよう。「やがて疲れを感じたところでベッドに戻ります。そうすることによって、ベッドと快適な眠りとの関連性を強化することができます」とロビンズ氏は言う。
最も重要なのは、ホスピタリティの提供に真剣に取り組んでいるホテルを見つけることだ。旅行中の快適な睡眠を確保するために自分でできることはいろいろとあるが、旅行者のサポートに力を入れるホテルも増えている。
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