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LA山火事、焼け残った「奇跡の家」はなぜ燃えなかったのか

  • 2025年1月24日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

LA山火事、焼け残った「奇跡の家」はなぜ燃えなかったのか

 米国ロサンゼルスのイートンとパリセーズで1月7日に発生した火災では、それぞれ数千棟の建物が燃え、カリフォルニア州で発生した山火事としてはトップ3に入る規模となった。なかでも被害の大きかったアルタデナとパシフィックパリセーズの写真を見ると、一帯が焼け野原となり、かつて住宅や会社や学校があった場所は瓦礫の山になっている。

 ときに、周囲の家々がすべて焼け落ちた中で、火災を免れた家が一軒だけ残ることがある。こうした家は「奇跡の家」としてニュースやソーシャルメディアで取り上げられて大きな話題となり、周囲の家と明暗を分けた建物の特徴が分析されることがある。

 建築家は、金属屋根や、セメントを主原料とした窯業系サイディング(外壁材)など、耐火性の高い素材を入念に選んだと語る。家主は、火災のリスクを減らすために芝生や雨どいに細心の注意を払ったと説明する。

 たしかに、こうした対策が火災のリスクを下げる可能性はある。だが専門家は、建物が焼けずに残る原因には目につきにくいものも多く、十分な根拠に基づかない思い込みは、より火災に強いコミュニティーの再建を難しくするおそれがあると警告している。

「奇跡の家」の危うさ

「人は、点と点を結んで安易な物語を作り上げがちです」。米国立標準技術研究所(NIST)の火災防護工学研究者であるアレクサンダー・マランガイズ氏は、山火事の後の環境を研究するなかで「奇跡の家」を数多く見てきた経験から、そう指摘する。

 氏は「奇跡の家」という呼称を好ましく思っていないだけでなく、危険とさえ感じている。このように呼んでしまうと、風向きや、火災に初期対応した人々の行動などの要因を考慮しない、誤った仮定につながるおそれがあるからだ。

 私たちが目にする火災後の写真からはこうした要因を見て取ることはできないが、実際には、建物の設計や環境に加えて大きな役割を果たす可能性がある。

 マランガイズ氏はその例として、2012年にコロラド州コロラドスプリングスのウォルドキャニオンで発生した火災に関する、自身のチームの研究を挙げた。

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 この火災では、100軒以上の住宅が密集する地域で、4軒だけが焼けずに残った。その理由を解明するため、彼らは火災に初期対応した人々や家主など、当時の状況を再現するのに役立ちそうな人々に片っ端から聞き取り調査を行った。しかし、150件目のインタビューを終えた時点でも、それらの家が火災を免れた理由の手掛かりは得られていなかった。

 しかし、151件目のインタビューで2人の消防士から話を聞いたとき、理由がわかったという。火災の間じゅうずっと、この4軒の家の前に消防車が止まっていて、炎が燃え移らないように家を守っていたのだ。

「私たちが150件目で聞き取り調査をやめていたら、あの4軒は今でも『奇跡の家』と呼ばれていたでしょう」とマランガイズ氏は言う(氏らは調査を続け、200件以上のインタビューを行った)。

 一方、周囲の被災した住宅から得られる教訓は、今後の建築基準や住宅の設計に関する勧告に役立つ可能性がある。そのためマランガイズ氏のチームは、被害を免れた家ではなく、被害を受けた家に注目するという。

 彼らはこれらの建物を調べて弱点となる構造(火が燃え移りやすく住宅全体に広げてしまうデッキや、火の粉が落ちてくるひさしなど)を特定し、後日、研究室で試験を行っている。

より火災に強く復興するには

 イートンとパリセーズの消火活動が続く中、ロサンゼルス市当局は早くも復興に目を向けはじめている。今後、このような惨事を回避するにはどうすればよいのだろうか?

 山火事の後は、一部の樹木や建物が焼けずに残った奇妙なパッチワークができることがあり、「奇跡の家」ともてはやされたり陰謀論を生み出したりしている。けれどもこれは奇跡でも誰かの陰謀でもなく、延焼の経路を示しているにすぎない。

 米研究機関ヘッドウォーターズ・エコノミクスの上級研究員で、山火事の研究と政策分析を担当しているキミコ・バレット氏は、山火事の際に住宅が燃え出す原因として、炎が直接接触する「接炎」、近くで燃えている物からの「輻射熱」、燃えさしや火の粉などが落ちてきた「飛び火」、の3つを挙げている。

次ページ:「火の観点からコミュニティーを見る必要があります」

 研究者が特定した山火事での住宅火災の原因の大半は3つめの飛び火だ。いくつかの研究では、建物の損失の90%が飛び火によるとされている。

「火の粉は数キロメートルも飛んでいく可能性があり、無数の火の粉のうちの1つでも可燃物の上に落ちれば、大きく燃え上がって火災となる可能性があります」とバレット氏は言う。

 バレット氏によると、カリフォルニア州の2008年の建築基準法はすでにこれらの要因を考慮しているという。なかでも山火事の危険性が高い地域については、屋根には耐火性の素材を使用し、通気口には火の粉の侵入を防ぐカバーを取り付け、窓には防火ガラスを使用するなど、延焼しにくくするさまざまな規定がある。

 ただし、2008年以前に建てられた建造物には改修が義務付けられていないため、カリフォルニア州の多くの建物はこれらの基準を満たしていない。

 しかし、都市火災という危機に対処するには、個々の建物の改修にとどまらない対策を見据える必要がある。今回の山火事は、そのことを研究者や政策立案者や市民に教えていると、バレット氏やマランガイズ氏をはじめとする専門家は考えている。

 マランガイズ氏はこんな仮定を挙げる。例えば、自宅を金属屋根にし、周囲1.5メートル以内に植物を植えないようにしたが、隣家の車がわが家の玄関から1メートル足らずのところに止めてあったら。あるいは、自宅から安全な距離をあけて小屋を建てたが、それが隣家の敷地ぎりぎりのところに建っていたら。

 このような状況は、ロサンゼルス市のように人口密度の高い都市部では現実にある。そして、火災のリスクは敷地の境界を越えて広がっていることを認識し、個々の住宅の単位ではなく地域全体で防火対策を強化する必要があることを示している。

「重要なのは、誰が何を所有しているかではなく、何がどこにあるかです。火が見ているのは、そこなのです」とマランガイズ氏は言う。「火の観点からコミュニティーを見る必要があります。これは大きなパラダイムシフトです」

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