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悪玉コレステロール、「減らしすぎは悪影響」は本当か

  • 2025年1月23日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

悪玉コレステロール、「減らしすぎは悪影響」は本当か

 心臓病は米国では1位、日本では2位の死因となっている。科学者たちが、心臓病の鍵を握る「低比重リポタンパク質(LDL)」、いわゆる「悪玉コレステロール」を減らす方法を求めて、これまで以上に努力しているのも不思議ではない。近年、LDLをさらに減らす強力な薬が次々と開発されているが、なかにはLDLの減らしすぎによる健康リスクを心配する人もいる。

 LDL粒子は動脈の壁に「プラーク」と呼ばれる物質がたまる主な要因だ。プラークが破裂すると心臓発作や脳卒中を引き起こすおそれがある。「心臓病の分野には、(LDL値が)低ければ低いほど良いという考え方があります」と、米エール大学医学部の心臓専門医のエリカ・スパッツ氏は言う。「問題は、低さに下限はあるのかということです」

 強力な治療薬が広く処方されるようになっているうえ、先進的な生物学的療法や遺伝子編集など、さらに強力な治療法が開発中であることから、この疑問はさらに重要性を増している。

 膨大な量のエビデンス(根拠)に基づけば、心血管疾患のリスクがあってコレステロールを減らす薬を処方されている人には、強力な薬を使っている人も含めて、この方針は正しいのだと安心してほしいと、米ノースウェスタン大学の心臓専門医であるドナルド・ロイド・ジョーンズ氏は言う。

「『これより下げてはいけない』という値はまだ見つかっていません」

スタチン系薬から始まった快進撃

 薬によってLDLを減らす治療は、1987年に米食品医薬品局(FDA)が最初のスタチン系薬であるロバスタチンを承認したことで本格化した。

 スタチン系薬は、肝臓の主要な酵素の働きを妨げて体内でコレステロールが過剰に作られるのを防ぎ、血液中のコレステロールの量を減らす。米国では2019年時点で約9200万人がスタチン系薬を服用していた。

 スタチン系薬については、20以上のランダム化比較試験(RCT)や、数十万人が参加する他の研究により、長期的な評価が行われてきた。そして米国予防医療専門委員会(USPSTF)は2022年に、この薬が心臓発作、脳卒中、全死因による死亡率の低下と関連していると結論づけた。

次ページ:コレステロール値の下げすぎによる悪影響はないのか?

 現在の米国心臓協会(AHA)のガイドラインでは、健康な米国人に対してはLDLを100mg/dL以下に抑えることを推奨している。そして、心臓発作や脳卒中を経験した人々に対しては、LDLを少なくとも現在のレベルから50%減らし、理想的には70mg/dL以下に抑えることを推奨している(編注:日本動脈硬化学会のガイドラインでは疾患のリスクの大きさによって目標値が異なる)。

 これらの数値を達成するには強力なスタチン療法が必要となる場合がある。この10年で新たに注射薬が登場し、LDLをより劇的に減らせるようになった。新しい薬は「PCSK9阻害薬」と呼ばれ、肝臓がLDLを分解して排出する能力を飛躍的に高める。

「これらの薬を使えば、LDLコレステロール値を30mg/dL以下や20mg/dL以下という非常に低いレベルまで下げられます」とスパッツ氏は言う。

 エボロクマブというPCSK9阻害薬の研究では、スタチン系薬を使っている心血管疾患の患者にこの薬を追加すると、2年後にはLDL値が59%下がり、心臓発作、脳卒中、心血管疾患による死亡のリスクが20%低下した。論文は2017年5月に医学誌「The New England Journal of Medicine」に発表された。

コレステロール値の下げすぎによる悪影響はないのか?

 その一方で、何十年も前の疫学研究の結果を根拠に、コレステロール値を下げると、うつ病、不安症、記憶障害、認知症、がん、糖尿病のリスクが高くなるのではないかと心配する人々がいる。

 米エモリー心臓病予防センターの創設者である予防心臓病専門医のローレンス・スパーリング氏は、コレステロール値の低さとうつ病や不安症との関連を裏付けるしっかりとしたデータはなく、コレステロール値の低さが記憶障害や認知機能の低下を引き起こすことを示す明確な証拠もないと説明する。

 それどころか、心血管の健康は全身にとって非常に重要であるため、コレステロール値の低さは「おそらく脳の健康の改善につながるでしょう」と氏は言う。

 AHAは2023年に、LDLを減らすことと認知機能の障害および認知症に関連があるという説に対して、「観察研究やランダム化試験のデータは、この結論を支持しない方が優勢だ」という声明を発表している。

 2023年には研究者たちが医学誌「Circulation」の論説で、新生児のLDL値が通常20〜40mg/dLであることは、「成人に見られる高いLDL値が細胞過程にとって必須ではないことを示している」と述べている。また、一部の人は遺伝的にコレステロール値が低いが、そのことによる悪影響はなく、心臓も健康だという。

 がんについては、スタチン系薬を服用する人々を対象とした1996年の研究で、がんの発生率がわずかに高いとされたことがあったが、2012年に学術誌「PLoS ONE」に発表された、合計17万5000人を対象とした27の大規模な試験を分析した研究では、こうした傾向は認められなかった。

次ページ:糖尿病のリスクと副作用

糖尿病のリスクと副作用

 糖尿病のリスクはまだ残っている。2023年に医学誌「Acta Diabetologica」に発表されたレビュー論文によると、コレステロール値を下げるスタチン系薬は、糖尿病ではないが血糖値が高めの人や、糖尿病になりやすい遺伝子を持つ少数の人々において、糖尿病の発症リスクを高める可能性があると結論づけている。

「血糖値が正常な人ではこのようなことは起こりません」とロイド・ジョーンズ氏は言う。そして、糖尿病予備軍の人々は心臓病のリスクが高く、スタチンをより必要としていると指摘する。

 どんな薬にも言えることだが、コレステロール値を下げる薬にも副作用がある。例えば、一部のPCSK9阻害薬は、上気道感染症、腰痛、注射部位の局所反応を引き起こすことがある。

 スタチン系薬にも軽い副作用があり、多くの人が筋肉痛とこれらの薬を関連づけている。だが、2019年の研究では、スタチン系薬を服用しているグループとプラセボ(偽薬)グループの間で筋肉痛の発生率は同程度だった。

コレステロール値を下げる薬を服用するべき人は?

 AHAのガイドラインによると、LDL値が190mg/dL以上の成人、または、心血管疾患や糖尿病などのリスク要因があると診断された成人は、スタチン療法を受けるべきだ。そして、特にリスクが高い人(例えば、心臓発作に複数回かかったことがある人や、複数の高リスク疾患がある人)は、より強力な非スタチン系薬を追加するかどうか医師に相談しよう。

 もちろん、すでにコレステロールを減らす薬を服用している人も、生活習慣を改善すべきだ。「不適切な生活習慣は、薬物療法の効果を損なうおそれがあります」とロイド・ジョーンズ氏は言う。

 AHAのガイドラインでは、心臓病を予防する効果のある生活習慣として、野菜、果物、全粒穀物、豆類、低脂肪のタンパク源を増やし、砂糖と飽和脂肪酸を多く含む食品(特に赤肉)を減らすなどの食事内容の改善と、定期的な運動を勧めている。

「高コレステロール血症ほど多くの時間と労力と資源が投じられ、多くの被験者が臨床試験に参加した疾患はほかにありません」とロイド・ジョーンズ氏は言う。「スタチン系薬もPCSK9阻害薬も、非常に安全で、信じられないほど効果的な薬だと確信できます」

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