ビッグホーン(オオツノヒツジ)のオスは角をぶつけあい、シチメンチョウは得意げに縄張りを歩きまわり、ウシガエルは低い声を響かせる。交尾の時期になると、大きな動物がさまざまな方法で愛を語ることはよく知られている。
しかし、小さな動物についてはどうだろう。甲虫もクモもハエも、相手を見つけなければならないことには変わりない。舞台が小さいからといって、ドラマが少ないわけではない。そんなムシたちの、奇妙で激しい愛の世界を見てみよう。
クワガタムシには、昔のよろいについているような巨大なアゴがある。ただし、2匹のオスが戦っても、どちらかが死ぬことはほとんどない。
「生物学者たちは、これを自然の武器と呼んでいます」と話すのは、米カーネギー自然史博物館で無脊髄動物の準学芸員を務めるエインズリー・シーゴ氏だ。「すばらしいのは、正しく使えばだれも傷つかないことです」
ただし、どちらかは必ず放り投げられることになる。
おもしろいことに、シーゴ氏によると、オスはメスをめぐって戦うわけではない。戦いの目的は、樹液が出る場所など、メスがやってきそうな場所を守ることだ。
「樹液は甘くおいしい無料の食べもので、酵母が繁殖していることもあります。甘い食べものとおいしい酵母の組み合わせは、まるでヘルシーなシェイクです。こんなことはあまり言いたくはないのですが、女の子たちはこのミルクシェイクに目がないのです」
複数のオスが縄張りを主張すると、実力行使の段階に突入する。といっても、槍を持った騎士のようにぶつかり合うのではなく、相撲のようにがっぷりと組み合う戦いになる。
「これは基本的に力比べで、相手を木から投げ落とす戦いです」
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池や湖、川のそばで、ハート型を作る2匹のイトトンボを見たことがある方もいるだろう。
ただし、これは見た目ほどロマンチックではないかもしれない。
オスはメスと交尾するため、特殊な器官でメスの後頭部をつかむ。一度つかむと、たとえメスが飛び立とうとしても、離すことはない。
「実のところ、これはハラスメントの一種ですね」と、米ニューヨーク市にある米国自然史博物館の学芸員で、イトトンボを含むトンボ目の昆虫に詳しいジェシカ・ウエア氏は言う。
オスがくっついている間も、メスは食事をしたり、卵を産んだり、ほかのオスと交尾をしたりできる。もちろん、オスがメスを離さないのも、交尾をして自分の遺伝子を次の世代に残すためだ。
メスがオスを受け入れ、腹部を動かして精子を受け取った後も、オスは30分以上メスをつかみつづけることがある。ときには、メスを水のある場所に連れていき、植物に卵を産みつける間じゅう、メスを水中に沈めることもある。頭のまわりに気泡ができるので、メスは水中でも呼吸ができる。
「このような産卵は、必ずしも自発的とは言えないようです」とウエア氏は言う。「オスがメスを離してしまうと、別のオスがやってきて、精子がかき出されてしまうことがあるからです」
オスがあまりにしつこいので、進化して身を隠す方法を覚えた種もある。
「色を変えて、オスのような見た目になるメスもいるのです」
ホタルが夜にお尻を光らせるのは、同じ種の異性に対して、自分が独身で相手を探していることを知らせるためだ。
そこには嫌がらせもなければ、力比べもない。音すら立てず、ほのかな光だけでアピールする。
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ただし、フォトゥリス属のPhoturis versicolorのメスのホタルは、それを最大限に活用する。
「このホタルのメスは、ほかの種のメスの光を真似て、オスを交尾に誘います」とシーゴ氏は言う。「そしてオスがやってくると、メスは豹変し、オスを食べてしまうのです」
このホタルのメスが別の種のオスを食べるのは、捕食者に自分を不味いと感じさせる防御物質を得るためだと考えられている。メスはこの物質を卵に注入する。
オーストラリアには、ピーコックスパイダー(孔雀グモ)と呼ばれるハエトリグモの仲間がいる。一見しただけでは、ほかのハエトリグモとそう変わらない。
「小さな体、太めの足、そして顔の正面に大きな目がついています」。そう話すのは、ザーシーズ無脊椎動物保護協会でクモを研究しており、米国とカナダのクモについての著作もあるセバスチャン・エチェベリ氏だ。
「しかし、オスのピーコックスパイダーがメスを見つけると、とてもめずらしいことが起こります」
メスを見つけたオスは、お尻を持ちあげ、鮮やかな扇のように開いてみせる。さらに、足に毛のような構造があり、それを手旗信号のように振ってみせる種もあるという。
色や模様、足の動かし方は種によって異なるが、いずれも音楽に合わせて振り付けたダンスに勝るとも劣らない。オスは地面をたたいて振動を伝えることもでき、メスはそれも考慮してダンス全体を評価する。
「ハエトリグモは、よく見える大きな目を進化させてきました。そのため、動きやダンスや色など、視覚を使った求愛行動をとるように進化したのです。このようなことをするクモは多くありません」