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発達障害の症状をやわらげる観光施設が続々、シンガポール

  • 2025年1月24日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

発達障害の症状をやわらげる観光施設が続々、シンガポール

 シンガポールはメンタルヘルス観光のパイオニアだ。この国には、自閉スペクトラム症(自閉症)、認知症、不安症、注意欠如・多動症(ADHD)などの症状を緩和する16のセラピーガーデンがある。ブラックライト迷路、自信を強める展望台、記憶を刺激する看板、免疫を高める園芸エリア、車椅子障害物コースなど、独特な設備も多い。シンガポール国立公園局(NPB)によると、科学者の助言のもと、2030年までに、人間の嗅覚、触覚、味覚、聴覚、視覚をやさしく刺激する30の無料ガーデンをそろえる予定もある。

 こういった設備のもとになったのは、2022年4月に学術誌「Frontiers in Psychiatry」に発表された研究結果だ。シンガポール初のセラピーガーデンであるホートパークを訪れた92名の来園者の脳の活動を調べたところ、通常の庭園よりもメンタルヘルスへの効果が高く、気分の改善、感情の制御、ストレスの低下、炎症の軽減に役立つことがわかった。

 セラピーガーデンは公衆衛生対策であり、世界トップクラスのウェルネス観光を目指すシンガポールにとっての重要な取り組みでもある。

 ウェルネスは、観光という観点で見るなら、単なるスパ施設での癒し体験を指すことが多い。しかし、シンガポールは科学的なアプローチをとっている。シンガポール観光局でエグゼクティブ・ディレクターを務めるキャリー・クイック氏によると、シンガポールが始めたり提唱したりしたオリジナルのアトラクションには、アートセラピー(芸術療法)向けのギャラリー、フローテーション(浮遊)療法センター、光療法スタジオ、ヒーリングパークなどがある。

緑あふれる施設でアピール

 グリーンツーリズムは、すでにこの豊かなアジアの都市国家の代名詞にもなっている。シンガポールのチャンギ空港に降り立つ旅行者を出迎えるのは、高さ40メートルの屋内滝だ。その周囲にはたくさんの植物が植えられている。ほかにもシンガポール国立ラン園、マンダイ・ワイルドライフ・リザーブ、そして年間1000万人の観光客が訪れるガーデンズ・バイ・ザ・ベイなどがある。

 セラピーガーデンの人気はこれらの施設には及ばないだろう。それでもシンガポールは、セラピーガーデンを前向きな観光戦略ととらえている。2016年以降、600平方メートルから6000平方メートルの広さの複数のガーデンができており、最近では2024年12月にも開園した。

 この小さな国のあちこちにあるガーデンを訪れてみると、慎重に選ばれた植物がたくさん植えられた道があり、車椅子で散策できるようになっている。NPBによると、さまざまな香り、薬効、食用、鮮やかな色、複雑な模様の植物たちが五感のすべてに訴えかける。蝶や鳥が集まる植物や水辺の景観もあり、視覚的、聴覚的な魅力に事欠かない。

発達障害の特性のある子どもを落ち着かせる設計

 ジュロン・レイク・ガーデンズでは、自閉症やADHDの子どもたち向けの配慮がなされている。子ども向けエリアで目を引くのは、暗くなると道が光る迷路だ。日中に紫外線を吸収してやわらかに光る鉱物が、まぶしいスポットライトとは違い、おとぎ話のような落ち着いた雰囲気を醸しだす。

 発達障害の特性がある人には、ウェスト・コースト・パークにあるシンガポール最大のセラピーガーデンもおすすめだ。この海辺の公園は、科学的研究にもとづいて設計され、たくさんの小さな丘が作られている。NPBによると、それぞれが展望台のようになっているので、自閉症の人もそこで立ち止まり、庭の配置を確認しながら安心して進むことができる。

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 センバワン・パークのセラピーガーデンも、自閉症の子どもたちが快適に過ごせるように配慮されている。2キロ平方メートルほどの敷地には、鳥の声を聴ける森の教室がある。その近くには、ハーブやスパイスを摘んで試食できる「食べる庭園」もある。嗅覚、味覚、触覚だけでなく、子どもの手と目の協調性まで刺激できるという。

 また、NPBによると、サン・プラザ・パークにはADHDを持つ人のためのエリアがある。公園の遊具で遊んだあと、イランイランなどの鎮静効果がある香りの植物が植えられた静かな木陰でくつろぐことができる。

認知症患者の記憶も呼び起こす

 シンガポールで行われた医学研究によると、認知症、不安症、うつ病の患者は、セラピーガーデンの園芸エリアから恩恵を受けられる場合がある。

 イーシュン・ポンド・パーク、プンゴル・パーク、ウェスト・コースト・パーク、センバワン・パークでは、ハーブを植える、花に水をやる、押し葉を作るといった体験ができる。研究ではこのような活動によって免疫細胞の構成が改善され、特定の神経疾患や精神疾患の症状の緩和につながるという。

 一方で、過去を想起させるガーデンの装飾が、認知症患者の記憶がよみがえるきっかけになることもあるという。

 ジュロン・レイク・ガーデンズには、かつてのシンガポールを表す象徴的な写真、看板、玩具、さらにはシンガポールの古い住宅でよく見られたチェス盤まである。)

科学で証明されたセラピーガーデンの効果

 シンガポール、日本、ポーランドの大学の科学者が合同で行った2022年の研究によると、こういったセラピーガーデンを訪れることには、メンタルヘルスの面でさまざまなメリットがある。

 にぎやかな都会、屋上の緑地、ホートパークのセラピーガーデンというシンガポールの3つの場所を訪れた数十人の大人の脳の活動を分析したところ、セラピー空間にいるときの方が総じて神経の活動が良好だった。

「人は自然と親しむものなのです。自然に触れれば、心が落ち着き、ストレスは減ります」。シンガポール国立公園局のグループ・ディレクターを務めるソフィアン・アライブ氏はそう話す。「自然に触れれば、疲れずに脳を働かせられるようにもなるので、注意力や認知能力の回復にもつながります」

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増えるメンタルヘルス観光

 中国、マカオ科学技術大学の観光学教授であるジュン・ウェン氏は、メンタルヘルスによい観光志向は世界的に強まっている。その象徴がシンガポールのセラピーガーデンだと言う。

 ウェン氏は100人以上の認知症患者から話を聞いた結果を共同で発表している。それによると、旅行でもたらされる新しい景色、におい、味、人との交流から、認知的な刺激や感覚的な刺激を受けることで症状が和らぐという。

 ウェン氏は、旅行でシンガポールのセラピーガーデンのようなエコな体験を行えば、不安症やうつ病の緩和にも役立つとも考えている。「旅行は単なるレジャーや娯楽を超えて進化でき、メンタルヘルスの改善に有意義な形で貢献できます。このような取り組みが示しているのは、そのことなのです」

 シンガポール工科大学の准教授で、観光に詳しいクアン・フイ・リー氏によると、シンガポールのセラピーガーデンは、環境にやさしい身近な観光地という評判を高めている。シンガポールは世界的に見ても特に緑の多い都市で、少なくとも46%が緑地だ。これは、シンガポール政府が進める「60年緑化計画」によるところが大きい。

自国民も外国から訪れた人も

 この国家計画は1963年に始まった。急速に都市化するシンガポールがコンクリートのジャングルにならないようにすることが目的だった。

 シンガポールが目指したのは「ガーデンシティ」だ。この計画は多くのボランティアによって主導され、公費による植樹、多数の地域庭園の建設、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのような環境に優しいアトラクションやセラピーガーデンの設立などが進められている。

 最近、シンガポール観光局は、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのそばに新しい大規模ウェルネスアトラクションを開設する計画を発表した。それに向け、「身体的、感情的、精神的なウェルネスに良い影響を与えるコンセプト」を求めて、セラピーアート、浮遊療法、光療法などに関連する提案を呼びかけている。

「回復効果があるウェルネス体験への需要が高まっています。シンガポールは、総合的なウェルビーイングを重視する都市型ウェルネス観光を主導できる絶好の立場にあると考えています」。シンガポール観光局でエグゼクティブ・ディレクターを務めるキャリー・クイック氏はそう話す。

 シンガポールのセントーサ島でも、同じテーマで新たに「ナチュラリスト・ナイト・アドベンチャー」というツアーが行われる。シンガポール観光局の上級副局長であるアイリーン・リー氏は、ジャングルの環境で落ち着いた心地よい感覚刺激を受けることができる体験だと述べる。このガイドツアーでは、音、触感、においといった感覚を研ぎ澄ませて夜の闇の熱帯雨林を探検し、めずらしい動植物を見つけることができる。

 これは、進化を続けるシンガポールのメンタルヘルス観光戦略のもう1つの柱でしかない。セラピーガーデンに代表される革新的なアプローチの目的は、自国民も外国から訪れた人も含め、自閉症、認知症、不安症、ADHDといった症状を抱える人々を癒やすことだ。

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