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南極の基地でネコを飼いたい! 立ちはだかる高い壁に挑む科学者

  • 2025年1月16日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

南極の基地でネコを飼いたい! 立ちはだかる高い壁に挑む科学者

 米国の主要な南極観測基地であるマクマード基地では、一時滞在者たちが仕事だけでなく、音楽室、バー、ジム、図書館といった設備で忙しく過ごしている。しかし、スターリンクのインターネット接続が導入されたとはいえ、何カ月も続く冬の夜は士気を保つのが難しい。

 2月中旬から8月にかけて、マクマード基地は孤立し、暗くなる。滞在者は数千人から数百人に減り、届く物資も大幅に減る。4月に入ると、太陽が姿を見せることはなくなり、外の気温はマイナス50℃近くまで下がって、風速30メートル超の猛吹雪に見舞われることもある。

 プライバシーはほとんどなく、ストレスは多大だ。自宅の快適さを恋しく思う滞在者が出てくるのも無理はない。2024年の冬季、マクマード基地に研究員として勤務しているスチュアート・ベーリング氏は、愛猫の「ルナ」が恋しくなった。氏がマクマード基地に派遣された後、ルナは亡くなった。

 ベーリング氏は、ルナを思い出しながら、マクマード基地で毎年冬に開催される科学展のため、新たな滞在者を迎えることの利点を主張する展示を用意した。新たな滞在者とは基地ネコだ。

「何となくですが、ネコは健康にいいと思っていました」とベーリング氏は話す。「アーネスト・シャクルトンの船にもネコがいて、皆でかわいがっていたため、ある種の歴史的な前例もあります」

 つい最近まで、南極に行くには航海するしかなかったため、南極のペットの物語は、船で暮らす動物たちの物語と密接に結び付いている。

 ベーリング氏の言う通り、シャクルトンが自身の探検隊とともに乗り込み、1914年に出航したエンデュアランス号には、船大工の愛猫「ミセス・チッピー」がいた。

 19世紀末から20世紀初頭は南極探検の英雄時代と呼ばれ、ディスカバリー号の「ポプラ」と「ブラックウォール」、ベルギカ号の「ナンセン」と「スベルドラップ」など、ほとんどの探検隊が船にネコを乗せていた。

 ディスカバリー号ではイヌの「スキャンプ」、ロバート・スコット隊長のテラノバ号ではネコ、ウサギ、モルモットがペットとして飼われており、使役動物のイヌやポニーもペットと同じように愛されていた。

 このように、南極の歴史はベーリング氏の漠然とした考えを裏付けているが、南極条約という壁がある。

 1994年4月、南極からそり犬が消えた。南極条約の環境保護に関する条項により、外来種(ヒトを除く)の導入や飼育が禁止されたためだ。

 そのため、マクマード基地でネコを飼うというベーリング氏の挑戦は、長く苦しい戦いになる。

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南極でペットを飼うことのリスク

 ベーリング氏がこの提案を行う前から、「南極ネコクラブ」が活動している。米南極プログラム(USAP)のコーディネーター、フィル・ジェイコブセン氏が14年前に設立したこのクラブのルールはシンプルだ。家にネコを置いて南極に来た人は、そのネコの写真を送ってもらったら、写真をほかのメンバーと共有し、メールの最後に「ニャー」と書くことになっている。

「ペットを置いて南極に行くことは、南極派遣の最も難しい部分の一つです」とジェイコブセン氏は話す。氏自身の南極派遣は5年前が最後で、現在はリモート勤務しているが、氏のネコはまだ根に持っているようだ。「友人や家族は6カ月家を空けるとわかっていますが、ネコは飼い主が家を出るとき、ペットショップに行くだけだと思っています」

 独自のロゴと伝統を持つ南極ネコクラブは、クラブというより緩やかな同盟だ。このグループは、単独行動を好むネコ好きにふさわしく、皆で集まることはほとんどなく、デジタル世界でネコの写真やニュースをやりとりすることを好む。「定期的に集まるグループに参加したいのであれば、イヌを飼うことをおすすめします」とジェイコブセン氏は言う。

 南極から外来種がいなくなって30年以上になる。

 犬ぞりは1980年代までにスノーモービルに取って代わられたが、主に士気と仲間意識を保つため、英国やアルゼンチンなどの南極観測基地で少数のイヌが飼育されていた。

 しかし、イヌは在来種のアザラシを脅かす存在で、アザラシがイヌの餌として殺されることもあった。また、イヌと接触することで、アザラシがイヌジステンパーなどの病気に感染する可能性もある。

 南極条約の厳格な環境保護規定により、以来、新しいペットの上陸は規制されている。観光客であれ、労働者であれ、訪問者は在来種に近づくことも、触れることも禁止されており、地衣類やコケに覆われた場所を歩くことさえ禁じられている。そり犬と同じく、ペットのネコはトキソプラズマ、ノミ、寄生虫などによる病気を媒介するリスクもある。

 南極条約の目的は、あらゆる方法で人の影響を最小限に抑え、科学、研究、国際協力のために、南極を無傷の保護区として維持することだ。

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ネコを飼うことを「科学実験」に

 ベーリング氏は科学展のポスターで、南極条約の抜け穴を明らかにしている。

 南極条約の米国法である南極保護法のサブパートCには、外来種の導入が認められるケースについて書かれている。その動物を実験動物や研究動物とみなせる場合だ。南極観測基地に長期滞在する人たちの健康と士気にペットのネコがどのような影響を与えるかという実験は、まさにこのケースに当てはまりそうだ。

「ネコを屋内で飼育すれば、病気や(在来種の)補食を防げます。また、人々とネコのふれあいを記録して、米国立科学財団(NSF)、そしておそらく米航空宇宙局(NASA)にとっても有益な研究データを提供できます。これにより、ネコを基地に導入することが正当化されるでしょう」とベーリング氏は説明する。

 マクマード基地にネコが導入されれば、十分に世話をされるだろうとジェイコブセン氏も述べている。

「もしマクマード基地にネコがいたら、世界一甘やかされ、愛され、世話を焼かれるネコになるでしょう」

 ただし、南極条約による保護は理由があって存在するとジェイコブセン氏はくぎを刺す。

「私たちは、南極の環境がいかに壊れやすいかを十分にわかっていません」と氏は指摘する。ネコのトイレから1匹でも寄生虫が逃げ出せば、ペンギンの群れ全体に壊滅的な被害をもたらす可能性さえある。

 このような懸念はあるものの、ベーリング氏は、このキャンペーンがNSFと南極条約環境保護委員会の目に留まり、最終的に認められるのに十分な支持を集めることを期待している。

 ベーリング氏は、ネコが飼われる部屋を想像し、ポスターの下に小さなジオラマを展示した。ネコが脱走して汚染源にならないよう、エアロック式の扉を採用している。これから多くの議論と作業が待っているだろうが、それらすべてを乗り越え、マクマード基地に数十年ぶりとなる毛むくじゃらの仲間を迎えることは十分に可能だと氏は信じている。

 南極のネコはどのような名前で呼ばれるのだろうか?

 ネコの名前はおそらく、住民投票で決めることになるとベーリング氏は考えている。「私は南極に関連する名前を提案すると思います。探検家か船のどちらかです。ミセス・チッピーの名前を受け継いでもいいかもしれません」

 ジェイコブセン氏も、住民投票ではミセス(またはミスター)チッピーが選ばれると予想しているが、別の案も持っている。「私は『クーレスト(最高にクール)』を提案します。もし南極にネコがいたら、世界一クールなネコになるためです」

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