サイト内
ウェブ

暗闇のはずの洞窟に生える植物、観光の照明が生態系に悪影響

  • 2025年1月15日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

暗闇のはずの洞窟に生える植物、観光の照明が生態系に悪影響

 中米の国ベリーズにあるアクトゥン・チュニチル・ムクナル(ATM)洞窟には、都市国家カラコルの遺跡などと並び、ベリーズにおける古代マヤ文明の歴史が保存されている。この洞窟の中に入って1.5キロほど進むと、石灰岩の壁に小さな新芽が張り付いている。

 洞窟で見られる植物の大部分は、太陽光が差し込む入り口付近に生い茂るが、ATM洞窟の植物は完全な暗闇で生きている。なぜそのようなことが可能なのだろう?

植物は暗闇でどのように成長するのか

 ツアーガイドたちは、観光洞窟の人工照明と同じように、観光客のヘッドランプが何らかの役割を果たしているのではないかと疑っている。観光洞窟に設置されている照明は、人工光を利用して光合成を行うコケ類や藻類、微生物の集まりである「照明植生」が茂るのを促すことが多い。

 しかし、ATM洞窟にはそのような照明がないのに、植物が自然に生えているように見える。研究者たちは、種子が水や動物によって洞窟内に運び込まれているのではないかと示唆している。「植物の種子には、発芽してしばらくの間、成長するのに十分なエネルギーが蓄えられています」と、米洞窟カルスト研究所の所長ベンジャミン・トービン氏は話す。

 トービン氏によれば、アライグマやカコミスル(アライグマ科の哺乳類)など、動物の消化器官を通らなければ発芽しない種子もある。コウモリのねぐらの下にふんが積もり、そこに含まれる種子がふんを肥料に発芽することも多い。

 だが、これらの植物は成長し続けることができない。ATM洞窟には1日最大250人の観光客が訪れるが、ヘッドランプの光は短時間かつ散発的で、実は植物の成長を維持するには不十分だ。洞窟の植物は、通常、一定の光がない完全な暗闇では数週間しか生きられないとムヨノ・リゾーツのツアーガイドであるウィリアム・ペレス氏は話す。

 しかし、人工の照明が常に点灯している洞窟の場合、状況はかなり異なる。石や鍾乳石に照明の光が当たれば、照明植生にとっては最適な環境となる。結果として、洞窟の生態系が変化するだけでなく、環境保全にも新たな課題をもたらす。

次ページ:洞窟の生態系のバランスを崩す人工照明

観光洞窟で生い茂る「照明植生」

 トービン氏によれば、イタリアのスティッフェ洞窟から米国グレートベースン国立公園のリーマン洞窟まで、さまざまな観光洞窟に置かれている照明器具からは、観光客が洞窟を見学できるだけでなく、植物が光合成できるほどのエネルギーが出ている。

 そうして生い茂った照明植生は洞窟の見た目を変えてしまう。緑色のけば立った斑点はコケの群生のようだ。さらに、照明植生は鍾乳石の表面を腐食させる。生物学者のジュゼッペ・ニコロージ氏によれば、照明植生は最終的に、洞窟の生態系における動物相の均衡を崩すという。

 残念ながら、人間が洞窟にもたらしている脅威は照明植生だけではない。「私たちが洞窟に入っただけで、剥がれた皮膚細胞や、マイクロプラスチック(微細なプラスチック片や粒子)が落ちたりします。そして、それらすべてが洞窟に影響を与えるのです」とトービン氏は話す。

 ほかにも例えば、観光客が洞窟に置き忘れたお菓子の袋のようなものでも、微生物やカビの発生につながり、洞窟の生態系がバランスを失う可能性がある。実際、米国ニューメキシコ州のカールズバッド洞窟群国立公園では2024年9月にそのような事例が起きている。

 また、観光客が洞窟内の二酸化炭素の濃度を上げることも、石灰岩の形成を妨げている。フランスのラスコー洞窟とスペインのアルタミラ洞窟は、二酸化炭素濃度の上昇によって貴重な壁画が損傷したため、いずれも非公開になった。

次ページ:むしろ期待のヘッドランプ

 ATM洞窟にも、こうした文化財へのリスクがある。この洞窟には、石灰化した遺骨「クリスタル・メイデン」など、マヤの歴史が残されている。

 マヤの森は、世界で最も生物多様性に富む熱帯雨林の一つで、マヤの文化と同様、消滅の危機にひんしていると、メソアメリカ専門の考古学者であるアナベル・フォード氏は述べている。「私はモニュメントの廃虚ではなく、廃虚のモニュメントをつくりたい」とフォード氏は語り、観光の問題点を間接的に指摘した。

 ATM洞窟の管理を支援するベリーズの考古学研究所はこれらのリスクを認識している。観光客の関心は高まり続けているが、観光客が遺物に録音装置を落とした出来事を受け、携帯電話やカメラの使用を禁止するなど、ベリーズ政府は厳格な対策を導入している。

 また、2025年1月以降は、人による影響を軽減するため、ATM洞窟におけるツアーはグループの人数が8人から6人に減らされる。

むしろ期待のヘッドランプ

 ベリーズに限らず、科学者たちは照明植生という難題に取り組んでいる。照明の色を変えたりLEDを使用したりするなど、いくつかの試みは失敗に終わっており、除草剤の使用に踏み切った例もある。しかし、照明植生の除去は困難で、除草剤は動物相に害を及ぼす恐れがある。

 ニコロージ氏によれば、最善策は人工照明を避け、ATM洞窟と同じ観光戦略を導入することだ。「人がただ歩き、あまり長くとどまらない観光ルートであれば、おそらく照明植生は育たないでしょう。少なくとも、目に付くことはありません」とニコロージ氏は話す。「観光洞窟を見るには、ヘッドランプを使うのがおそらく一番です」

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2025 日経ナショナル ジオグラフィック社