ランニング、縄跳び、水泳といった有酸素運動は、高血圧、心臓病、2型糖尿病などの慢性疾患の予防に効果的だ。もちろん、精神衛生上も好ましい。ただし、運動は激しいほどいいというのは、よくある誤解だ。
最新の研究によると、「ゾーン2トレーニング」といった低強度から中強度の運動でも、健康や持久力の向上に効果が期待できるという。これに当てはまるのは、一定の速度でのウオーキング、軽いジョギング、無理のない速さでのサイクリングなどだ。
このような運動をすることで、「代謝の柔軟性」が高まる。つまり、脂肪と糖のどちらをエネルギー源とするかを、体が必要に応じて柔軟に切り替えられるようになる。代謝に柔軟性がないと、体がエネルギー源を糖だけに頼り過ぎてしまうので、2型糖尿病などの慢性疾患に陥りやすく、そうした病気の管理も難しくなる。
穏やかな運動は健康に効果的で、体のさまざまな面によい影響を与える。たとえば、酸素を使ってエネルギーを生み出すミトコンドリアが活性化し、エネルギーが持続的にもたらされる。それはいったいどうしてなのだろうか。
運動の強度は、最大心拍数(個人差はあるが、おおよそ220から年齢を引くと求められる)に対する割合によって5つのゾーンに分けられることが多い。「ゾーン2」は、最大心拍数の60〜70%にあたる。運動科学者で、生理学についてのメールマガジンを書いているブレイディ・ホルマー氏によると、これは「1日中続けられるペース」だ。
この低強度から中強度の運動にあたるのが、一定の速度でのウオーキング、軽いジョギング、数時間維持できる速さでのサイクリングなどだ。「理論的には、このくらいの低い強度であれば、ずっと続けることができます」
運動がゾーン2かどうかを簡単に見分ける方法がある。それが「トークテスト」だ。ゾーン2であれば「呼吸を乱さずに会話ができるはずです」と、米ノースアラバマ大学の運動科学者、ハンター・ワルドマン氏は説明する。
こうしたトレーニングをすると代謝の柔軟性が上がり、脂肪を主なエネルギー源として使えるようになる。すると、持久力が上がり、低強度から中強度の運動の効率が高まることが研究からわかっている。
「身体が目の前の状況に柔軟に対応できるようになるということです」と、米コロラド大学アンシュッツ医学キャンパスの運動科学者、トラビス・ネムコフ氏は話す。
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生理学的に見ても、ほかにはない利点がある。ゾーン2は、糖の分解で生み出される乳酸が筋肉のエネルギー源として再利用されるよりも血液中にたまる方が多くなる「乳酸しきい値」のすぐ下にあたるからだ。
運動強度がゾーン2よりも高くなるにつれて、体は主に脂肪をエネルギー源とする代謝(有酸素性代謝)から、糖をエネルギー源とし、より多くの乳酸を生み出す代謝(無酸素性代謝)へと変わっていく。つまり、運動強度が高いと、短時間で利用できるエネルギー源である糖の消費が増えるが、脂肪の燃焼は遅くなる。
「骨格筋はインスリンに頼らない方法で血糖を取り込むことができ、運動にはそれを促進する効果があります」とネムコフ氏は言う。血糖値を調整するホルモンであるインスリンの分泌や働きが悪くなる2型糖尿病の患者は、ゾーン2の運動によって別の方法で血糖値を下げられる可能性がある。
持久力型のアスリートにとっては、代謝の柔軟性は強力な武器になる。エネルギー源として、脂肪は糖よりも豊富だからだ。
「運動しているときに脂肪をエネルギー源として利用できれば、糖への依存度を減らすことができます」とホルマー氏は話す。身体が利用できる糖の量は、脂肪よりも少ない。「そうなれば、運動しても疲れにくくなり、それほどエネルギーを補給しなくてもよくなります」
たとえば、最近の研究によると、プロのサイクリストの中でも、エネルギー源として脂肪をうまく使える人の方が、そうでない人よりも成績がいいという結果が出ている。さらに、長い時間の運動に効果的な有酸素代謝が向上し、持久力も上がる。
ゾーン2トレーニングは、定期的な運動を始めたばかりの人にぴったりだ。無理のないペースで持続できるので、翌日にはすっきりし、また運動しようという気持ちになれる。逆に、高強度の運動をしすぎると、燃え尽きるのが早くなり、回復まで時間がかかる。
「運動はつらいものである必要はないのです」とホルマー氏は言う。