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氷で足を怪我するホッキョクグマたち、歩行困難にも、最新報告

  • 2024年11月8日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

氷で足を怪我するホッキョクグマたち、歩行困難にも、最新報告

 ホッキョクグマはワモンアザラシを狩るため、海氷を何キロも歩き、氷の割れ目や穴を探す。しかし、一部の地域で、氷がホッキョクグマの足を傷つけていることが明らかになった。北方に暮らす2つの集団が裂傷、脱毛、皮膚の潰瘍、そして、毛皮と主に足への着氷に苦しんでいるという報告が、10月22日付けで学術誌「Ecology」に発表された。ひどい2頭の例では、肉球に最大直径30センチの氷塊が着き、出血を伴う深い切り傷を負い、歩くのも困難な状態だった。

 論文の著者は、米ワシントン大学の生態学者クリスティン・ライドラ氏とカナダ、ヌナブト準州環境局の野生生物学者スティーブン・アトキンソン氏だ。

 アトキンソン氏は2012年と2013年に行ったカナダとグリーランドに挟まれたケイン湾の調査で、ホッキョクグマの病変に初めて気付いた。アトキンソン氏はライドラ氏に画像を共有したが、これが広範な傾向の一部であることはまだ知らなかった。「どう考えたらよいのかわかりませんでした」とライドラ氏は振り返る。

 その後、2018年から2022年にかけて実施した東グリーンランドの調査で、ライドラ氏は同じ傷を目にするようになった。論文ではその理由として気候変動を挙げており、ホッキョクグマにとって、新たな難題になる可能性があると懸念している。

脱毛と痛々しい足

 一部のクマに見られる脱毛は、おそらく氷の塊が毛皮に絡まったせいだと考えられる。ただし、ライドラ氏によれば、それ自体は必ずしも珍しいことではない。

「ホッキョクグマは過酷な環境に暮らしており、体に氷がくっつくこともあります」

 むしろ注目すべきはその状況だ。脱毛が見られたのはほとんど足だった。加えて、調査の対象となったホッキョクグマの多くが足に重傷を負っており、出血を伴う潰瘍も複数確認された。

 クマたちは鎮静剤を投与されていたにもかかわらず、傷を軽く触ると、身じろぎすることもあったため、痛みがあったのではないかと研究チームは考えている。

 足の裏に氷の塊が付いているクマを見たことは「とてもショックでした」とライドラ氏は述べている。

次ページ:【写真】足に大きな氷の塊が着いたホッキョクグマ

 上空から見たとき、「何かがおかしいと思いました。うまく歩けないように見えたためです。地上に降りたとき、歩けなくて当然だとわかりました。彼らの足にくっついているものが見えましたから」

 クマに鎮静剤を投与し、足を調べたところ、氷の塊は硬いことが判明した。金属製の道具で削り落とすのに30分かかった。

 氷で何らかの傷を負っていたクマは比較的少ない。ケーン湾では32頭、東グリーンランドでは15頭だった。ただし、調査対象となったクマのそれぞれ52%と12%であり、ライドラ氏によれば、決して無視できる割合ではない。

 科学者はもちろん、インタビューした先住民のハンターたちも、このような影響は指摘していなかった。

「ハンターたちが何を見てきたかを聞くことなく、これは新しい発見だと言いたくありませんでした」とライドラ氏は説明する。「ホッキョクグマを最もよく見ているのは、クマと共存するコミュニティーに暮らし、生活のために狩猟を行っている人々です。インタビューしたハンターのほとんどが、こんなことは初めてだと話していました」

 ただし、多くのハンターが、犬ぞりの犬にも似たようなことがあり、ぬかるんだ状況では、足に氷がくっつき、痛みを伴うことがあると指摘している。

「氷の塊がくっついたホッキョクグマは北極圏の各地で観察されています。しかし最近は、氷の塊が大きくなり、影響がより深刻になっています」とカナダ、アルバータ大学の生態学者アンドリュー・デロシェール氏はナショナル ジオグラフィックに語った。

「寒いときに、泳ぐホッキョクグマの背中に氷が塊が付着するのはよくあることです。それと比べると、氷塊がホッキョクグマの足に着くのはずっと珍しく、通常とは異なるいくつかの条件が必要です」。なお、デロシェール氏は今回の研究に参加していない。

次ページ:原因は北極圏の温暖化? 考えられる3つのシナリオ

原因は北極圏の温暖化?

 ライドラ氏とアトキンソン氏は、温暖化が何らかの役割を果たしていると考えている。論文では、ホッキョクグマのけがについて、いくつかの説を提示している。

 ライドラ氏とアトキンソン氏はまず、北極圏の気温が上昇するにつれて、雪ではなく雨が降る割合が増えている点に注目した。シナリオの一つとして、降雨によって氷の表面が解け、ホッキョクグマが歩くと、足の裏で再び氷になると説明している。

 また、温暖化によって表面の雪が解け、再び凍ると、硬い層ができる。クマが歩くとき、その硬い層を突き破り、切り傷を負うというのが2つ目の可能性だ。

 3つ目のシナリオは、なぜ現時点では2つの集団のみが傷を負っているかの説明になる。

 ライドラ氏によれば、東グリーンランドとケイン湾では春、多くのホッキョクグマが海岸に定着した広い氷、あるいは、氷河の河口で暮らしている。このような環境で温暖化が進むと、海氷は薄くなり、海水が染み込んで表面がぬかるんでくる。

 南方に暮らすホッキョクグマは、(比較的)温かい水で氷の塊を洗い流せる。対して、これらのクマは、一般的により寒く乾燥した高緯度地域に暮らしているため、南方のクマのようにはなかなかいかない。

「ホッキョクグマは北極圏の生息環境によく適応しているため、雪が降るべきときに雨が降ったり、寒いはずのときに気温がプラスになったりと、氷がくっつくような状況を経験しているに違いありません」とポーラー・ベアーズ・インターナショナルの主席研究員ジョン・ホワイトマン氏は話す。

「この問題が研究した地域の複数のクマに影響を与えていたことは注目に値します」とホワイトマン氏は続ける。「このパターンに加えて、一部のクマは重傷を負い、自然治癒の可能性が低く、歩行が困難に見えたという観察結果から、氷の塊がホッキョクグマにとって、より広くて深刻な問題になりうることが示唆されます」

 ただし、氷の塊はまだほかの地域では確認されていないため、ホッキョクグマの長期的な脅威になるかどうかは不確かだ。

「温暖化に伴い、北極圏は急速に変化しており、ホッキョクグマがどのように反応するかを研究者は注視しています」とカナダ、アルバータ大学のデロシェール氏は話す。

「ホッキョクグマの行動は驚きに満ちています。温暖化する北極圏で生き延びるすべを編み出したかのように見えることもありますが、氷の塊のような奇妙なものが現れ、誰一人として考えもしなかったような問題に直面していることが示唆されます」

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