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女性の脱毛症はいまだ謎だらけ、男性の薄毛と何が違うのか

  • 2024年9月17日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

女性の脱毛症はいまだ謎だらけ、男性の薄毛と何が違うのか

 脱毛症は命に関わる病気ではないが、人の人生を変えてしまうことはある。髪を失うのは自分自身を失うことにも等しいと思う人は多い。

 脱毛症は驚くほど一般的だ。米国脱毛症協会によると、米国人男性の3人に2人が、35歳までに髪が薄くなっていることに気付くという。50歳になると、その割合は85%にまで上昇する。さらに、男性ほど語られはしないものの、女性で薄毛になる人も多く、米国の場合、脱毛症の経験者の約40%が女性だという。

 これほど多くの人が経験するというのに、脱毛症についてわかっていることは意外なほど少ない。特に、過去の研究の大多数は男性型脱毛症を対象としており、それ以外の脱毛症に関しては理解がほとんど進んでいない。

 そこで、脱毛症はどんな人が経験するのか、なぜ起こるのか、脱毛症になった場合はどんな手が打てるのかなど、専門家に聞いてみた。

テストステロンと脱毛

 数千年前からすでに、男性の性的な発達と薄毛は関連付けられてきた。古代ギリシャの医学文献には、「去勢された男性は禿(は)げない」と書かれている。

 今では、男性の薄毛の原因として圧倒的に多い男性型脱毛症はアンドロゲン(男性ホルモンの総称)によって起こることが知られている。男性型脱毛症を指す「AGA」は「アンドロゲン性脱毛症」から来ている。

 しかし、原因がわかったのは、不幸にもかつて一部の米国人に対して行われていた不当な措置によるところが大きい。1942年、解剖学者のジェームス・ハミルトンは、優生運動の一環として不妊手術を受けさせられた精神障害者を研究したところ、思春期前に手術を受けた男性が、テストステロン(男性ホルモンの一つ)治療を受けた場合を除き、男性型脱毛症にならなかったことを明らかにした。

 ハミルトンの研究から生まれた脱毛パターンの分類法は、現在もAGAの進行度を判定するために使用されている。

男性型脱毛症はなぜ起こるのか

 男性型脱毛症は、ジヒドロテストステロン(DHT)と呼ばれる男性ホルモンに関係していると考えられている。体内のテストステロンの約10%が日々、DHTに変換されている。

 過敏な頭皮の毛包がDHTに反応すると、毛包は縮小して毛髪サイクルの成長期が短くなり、十分に成長できなくなってしまうのだと、英シェフィールド大学の元皮膚科学者アンドリュー・メッセンジャー氏は言う。すると髪は細くなり、抜け落ちやすくなる。

 不思議なことに、頭の後ろや横の毛包は、頭頂部と同じようにはDHTに反応しない傾向がある。これが、生え際が後退したり頭頂部が薄くなったりする(後ろや横は髪が残りやすい)男性特有の脱毛パターンにつながっている。

 さらに、アンドロゲンは頭皮以外のほぼすべての場所で、頭皮とは逆の働きをする。人間でもほかの動物でも、アンドロゲンは体毛にもっと太く、濃く、長くなるよう指示を出す。思春期を過ぎた男性の体毛が濃くなり、ひげが生えるのはこのためだ。

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女性と子どもの脱毛症

 女性の2〜3人に1人が、そうとわかるほどの脱毛を生涯のうちに経験するという。その最大の原因が、女性型脱毛症だ。

 男性型と女性型の脱毛症にはいくつかの似た点があり、どちらもアンドロゲン性脱毛症(女性型はFAGA)と呼ばれている。しかし、アンドロゲンが女性型脱毛症に実際に関係しているのかどうかや、どう関係しているのかは明らかになっていない。そのため、近年では女性型脱毛症は「FPHL」とも呼ばれる。

 一般的に、女性型脱毛症については男性型よりわかっていることがはるかに少ないと、ドイツのボン大学で脱毛の遺伝学を研究している遺伝子学者のステファニー・ハイルマン・ハインバッハ氏は言う。

「ほぼ男性ばかりを対象に臨床研究が行われてきた分野の典型的な例です」と指摘するのは、米コロンビア大学の遺伝学者アンジェラ・クリスティアーノ氏は指摘する。

 男性型と同様に、女性型脱毛症も髪の毛が細くなるが、女性の場合は側頭部や頭頂部から薄くなるのではなく、全体的に薄くなる傾向にある。薄毛は髪の分け目から目立ち始めて、そこから外に向かって広がっていく。

 男性型も女性型も、脱毛症は一般的に年齢が上がると発症するが、その時期は女性の方が男性よりも遅い(女性は40歳前後またはそれ以降、男性は30代またはそれ以前から気づく場合もある)。

 しかし、10代や小さな子どもであっても脱毛症になることがある。その主な原因の一つである円形脱毛症は、自らの毛包を攻撃してしまう自己免疫疾患で、約50人に1人が一生のうちにかかる。

 子どもや若い女性の場合、同年代で薄毛になるケースは少ないため、脱毛症はとりわけ心の傷になりうるとクリスティアーノ氏は言う。氏も自身が円形脱毛症になったことをきっかけに脱毛の遺伝学を研究し始めたという。

遺伝の影響は

 男性型脱毛症は遺伝によるところが大きいと、ハイルマン・ハインバッハ氏は言う。「双子の研究から、80%以上が遺伝であると推定されています」

 男性型脱毛症は母方から遺伝するという話を聞いたことがあるかもしれないが、それは単純化しすぎだと、メッセンジャー氏は言う。

 確かに、薄毛に大きく関わっているアンドロゲン受容体遺伝子は母親から受け継ぐX染色体に含まれているが、ほかにも関連している可能性がある箇所はゲノム内に350以上あり、その多くが性染色体上にはないと、ハイルマン・ハインバッハ氏は指摘する。

 女性型脱毛症の遺伝学や、女性型と男性型脱毛症の関係性についてはさらに不透明な点が多い。

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脱毛症を止めることは可能か

 薄毛が気になる人には「薬や手術といった治療法があります」と、米ニューヨーク州にあるバーンスタインメディカル・毛髪回復センターで毛髪回復手術を行う医師のクリスティーン・シェーバー氏は言う。

 現代の植毛手術には、FUT(follicular unit transplantation)法とFUE(follicular unit extraction)法の2つがある。どちらも、髪が多く生えている部分の毛包(通常は後頭部)を薄くなっている部分に移植するというものだが、男性型以外の脱毛症にはほとんど効かない。

 また薬の場合、脱毛症の進行を止めることはできても、死んでしまった毛根を再生することまではできない。しかし、植毛手術を考えている人がその前に薬を使うのは効果的だと、シェーバー氏は言う。薬によって頭皮に残る毛髪が多ければ多いほど移植が楽になるためだ。

 現在、男性型脱毛症の薬として米食品医薬品局(FDA)の承認を受けているのは、ミノキシジル(外用薬)とフィナステリド(内服薬)があり、日本ではさらにデュタステリド(内服薬)も承認されている。フィナステリドとデュタステリドは、テストステロンがDHTに変換されるのを防ぐ。

 フィナステリドは、精神の健康と性的機能に長期間にわたる深刻な副作用を引き起こす恐れがあるため、英政府は2024年、患者に十分な説明を行い、薬の使用中は注意深く様子を見守るよう医師に呼び掛けた。デュタステリドについては、日本皮膚科学会のガイドラインで「性機能障害を含めた副作用についても十分な説明と同意が必要である」と指摘されている。

 フィナステリドは女性にも効くとシェーバー氏は言い、「閉経後の多くの女性が、リスクを理解したうえでフィナステリドを使用し、効果を実感しています」と話すが、女性への使用は日米ともに承認されていない。また、女性の場合、乳がんのリスクが上がる恐れもある。

 日本皮膚科学会は、女性型脱毛症へのフィナステリドとデュタステリドの使用について、「有効性が確立されておらず、また妊娠の際の副作用の問題などから行うべきではありません」とし、「女性型脱毛症の治療に最も勧められる薬剤はミノキシジルの外用剤です」と説明している。

 シェーバー氏は、どんな治療を受けるにしても、まずは専門的な皮膚科医から正しい診断を受けることだと話す。髪を失う最も一般的な原因は男性型脱毛症とはいえ、ほかにも原因はたくさんある。そのほとんどは、FUT法でもFUE法でも元に戻せない。また、手術を希望する場合、経験があり信頼できる医師を慎重に選ぶことが必要だとアドバイスする。

 とはいえ、脱毛症の人がみな治療を受けようと決意するわけではない。「なぜ(脱毛症を)病気とまで呼べるのか、単に加齢による自然な髪の減り方ではないのか、と批判する人もいるでしょう」とクリスティアーノ氏は言う。脱毛症と折り合いをつけ、自分の新しい見た目を好きになりさえする人も多い。

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