何千年ものあいだ、人類は酒を飲んできた。長い一日の終わりに友人たちと祝杯をあげたり、ワインやビールを嗜んだりするのは、われわれの文化の一部となっている。しかし実際のところ、アルコールは人間の体にどんな影響を及ぼしているのだろうか。研究からは、適度な量の飲酒でさえ、これまで考えられてきた以上に害があることが明らかになりつつある。
アルコールは、世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)による分類で「グループ1」(4段階で最も上位)の発がん性物質であり、口、咽頭、喉頭、食道、肝臓、大腸、乳房のがんに関連している。2023年にWHOは、アルコールに安全な摂取量は存在しないと宣言し、グラス1杯の赤ワインがもたらす心血管系への潜在的な恩恵が、がんのリスクを上回る証拠はないと指摘している。
以下では、アルコールが体に及ぼす影響や、断酒に役立つヒントについてまとめた。
男性と同じ量のアルコールを摂取しても、女性の方が健康被害を受けやすい。
アルコール関連の死亡は女性で増加している。また、女性は1日1杯のお酒を飲むだけでも、主に乳がんなどのアルコール関連がんの発症リスクが13%上昇する。アルコールはまた、生殖能力や更年期障害にも影響を及ぼす可能性がある。
その原因のひとつは、女性の方が同じくらいの体重の男性よりも脂肪組織が多く、水分量が少ないせいで、血中アルコール濃度が高くなるためだ。アルコールを代謝する酵素も、女性の方が少ない。また、ホルモンの変化もアルコールの分解速度に影響すると考えられている。
年を取るにつれ、女性のみならず、だれもがアルコールに弱くなる。
体の水分量は、年齢を重ねるにつれて少なくなる。「80歳が30歳のときと同じ量のアルコールを摂取すれば、血中アルコール濃度はずっと高くなります」と、米カリフォルニア大学サンディエゴ校スタイン老化研究所・健康老化センター所長のアリソン・ムーア氏は指摘している。
また、アルコールの代謝を助ける酵素も、加齢とともに衰える。脳もアルコールの影響を受けやすくなっているため、体の動きやバランスの調整が難しくなる。結果として、転倒のリスクが高くなり、反応時間にも影響が出る。
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二日酔いで目覚めたときに、ふいに自分の年齢を実感したという経験はないだろうか。そこにはちゃんとした理由がある。
2024年8月14日付けで学術誌「Nature Aging」に発表された研究から、われわれの体は44歳と60歳で訪れる2回の急激な変化を経て老化することがわかっている。こうした分子レベルの変化は、肌のたるみやシワなど、われわれの体にふいに現れる目に見える変化の一因となる。
この急激な変化はまた、二日酔いの症状が重くなる原因にもなる。44歳で観察される分子レベルの変化の一部は、アルコールを代謝する能力に影響を与える細胞内で起こるからだ。
深酒をすると夜にぐっすり眠れない、と聞いても、さほど驚きはないだろう。しかし、就寝前のたった1杯の飲酒でさえ、問題を引き起こす可能性がある。
「睡眠は心臓に休息を与えるように設計されており、心拍数や血圧を低下させます」と、米ミズーリ州にある研究所MRIグローバルの社長兼CEO、イアン・コルレイン氏は言う。しかし、氏が2020年に学術誌「Sleep」に発表した研究からは、たとえ少量でもアルコールを摂取すると、睡眠中の心拍数が4時間にわたって高いままになることがわかっている。
就寝前の飲酒はまた、レム睡眠を分断し、睡眠時無呼吸やアルコール依存症のリスクを高める可能性がある。
寝酒をするのが長時間のフライトでなら、さらに悪影響を及ぼす可能性がある。2024年6月に医学誌「Thorax」に発表された研究が示すように、アルコールは高高度が人の体に与える影響を強め、心血管系に余分な負担をかけ、血中の酸素濃度を低下させ、脱水症状を悪化させ、睡眠の質を低下させる。
若くて健康であれば、肺や血流の酸素濃度がある程度下がっても耐えられるかもしれないが、年配者や心臓や肺に疾患を持つ人の場合は、深刻な結果を引き起しかねない。
次ページ:アルコールの影響は元に戻せる
若くて健康な人であっても、「ハングザイエティ(飲酒した翌日の不安)」からは逃れられないかもしれない。飲んだ翌日に、落ち着かない不安な気持ちで目覚めた経験がある人もいるだろう。研究によると、飲んだお酒こそが、こうした不安を引き起こす原因だという。アルコールは、不安を抑える特定の神経伝達物質を阻害する。
アルコールが体内から抜けたあとでも、その有毒な代謝産物であるアセトアルデヒドが、引き続き悪影響を与える可能性がある。アセトアルデヒドに関連する症状には吐き気や疲労感などがあり、これによって不安がさらに高まることもある。
「一日かけてアセトアルデヒドが排出されるにつれて、体は毒を与えられた状態から回復していきます」と、米エール・ニューヘイブン病院依存症回復クリニック所長のスティーブン・ホルト氏は言う。
アセトアルデヒドは肝臓の細胞にも蓄積する。この物質がどのくらい長くそこにとどまるかによって、肝臓へのダメージの度合いが決まる。ただし、こうした影響はわずか数週間でもとに戻せるという。
つまり、2024年1月の記事で取り上げた「ドライ・ジャニュアリー(断酒の1月)」や「ソバー・オクトーバー(しらふの10月)」は、流行りの習慣というだけでなく、実際に健康効果に優れているということだ。
「肝臓は非常に高い再生能力を持っています」と、米オーバーン大学の研究者で、アルコールによる臓器損傷のメカニズムを専門とするポール・トームズ氏は言う。アルコール性肝疾患の4段階のうち、最初の3段階は、断酒のみで回復させることができる。
アルコールの健康への影響が明らかになる中、新たな代替飲料が登場している。人気を集めるモクテルなどのノンアルコール飲料は、食品科学の進歩により、味も向上している。
研究では、これらの飲料が実際にアルコール摂取量を減らし、健康への有害な影響を減らすのに役立つことが示されている。
また、同じく注目を集める「ソバー・トラベル(お酒を飲まない旅行)」は、だれもが新たな文化を楽しむことを(通常、ワインやビールを飲んで当然と考えられている文化圏でも)可能にしてくれる。飲酒なしのツアーを提供している旅行会社も少なくない。
「似たような人生経験を積んできた人たちと交流を持つだけで、人々は大きな喜びを感じます」と、ソバー・トラベルを提供するヨーロッパの会社「ウィ・ラブ・ルーシッド」の創業者ローレン・バーニソン氏は言う。「非常に明るい雰囲気で旅ができますし、二日酔いなしで目覚めるのは実にさわやかなものです」