近年、尿の通り道に起こる感染症(尿路感染症)になる人が増えている。研究によれば、世界ではここ数年、毎年4億人以上が尿路感染症にかかり、20万人以上が死亡している。尿路感染症によって失われた健康な年数(障害調整生命年、DALY)は、1990年から2019年の間に68.9%も増えた。
尿路感染症は、健康な人なら治療をしなくてもそのうちに自然に治るが、高齢者や複数の疾患を抱えている人では、抗生物質での治療が必要だ。しかし、尿路感染症を引き起こす細菌は、一般的な抗生物質への耐性を獲得しつつある。
「尿路感染症は米国の医療システムにとって非常に大きな負担となっていて、医療費は年間20億ドル以上(約2900億円)にのぼっています」と、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の泌尿器・生殖器科医のミシェル・バン・カイケン氏は言う。
この負担を軽減しようと、科学者たちは尿路感染症のあまり知られていない要因を特定し、理解しようとしている。そのうちの一つは意外かもしれない。大腸菌に汚染された肉だ。
尿路感染症で最も一般的なのは膀胱炎だ。膀胱炎では、頻尿、切迫した尿意(膀胱が空でも感じることがある)、排尿時の灼熱感などの症状が現れると、米スタンフォード大学の泌尿器科医のクレイグ・コミター氏は説明する。けいれん、発熱、悪臭、血尿などが見られることもある。
尿路感染症は、尿道から侵入した大腸菌などの細菌が尿路に感染して起こる。細菌は、性行為や、不適切なお尻の拭き方などによって尿道に侵入する。また、遺伝的な要因も感染しやすさに関わっている。
尿路感染症は誰にでも起こりうるが、女性は尿道が短く、尿道口と肛門の距離が近いため、男性の約30倍も多い。米国の研究によると、外来で治療される感染症の中で最も多く、女性の約50〜60%が生涯に一度以上かかっている。また、尿路感染症になった女性の約4人に1人が半年以内に感染を繰り返す。
「感染リスクが最も高いのは、性的に活発な女性と、高齢の女性と、免疫抑制状態の男女です」とコミター氏は言う。
細菌に感染したのが膀胱だけなら危険とはみなされず、治療しなくても通常は数週間で自然に治るが、早く治すために抗生物質が処方されることが多い。これに対して、腎臓や血液や生殖器系まで感染が広がると、菌血症、敗血症、腎障害、腎不全などの深刻な合併症を引き起こすおそれがある。
「尿路感染症を治療せずに放置しておくと、ごくまれに命にかかわる事態になることがあります」と、米マサチューセッツ総合病院の感染症専門医で米ハーバード大学医学大学院の細菌細胞生物学者でもあるジェイコブ・ラザルス氏は言う。
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尿路感染症が増えている要因はいくつかある。一つは世界人口の急増だ。
尿路結石や2型糖尿病など、尿路感染症に関連する疾患も増える傾向にある。そして、若い男女の多くが性的に活発になっている。世界的な高齢化も、感染者が増える一因となっている。
尿路感染症が増える中で、抗生物質が効かない症例も増加している。
「私たちが抗生物質の使い方を変えなければ、尿路感染症やそれによる敗血症の治療の選択肢はどんどん少なくなってしまいます」と、微生物学者で米ジョージ・ワシントン大学ミルケン研究所公衆衛生大学院の抗生物質耐性アクションセンターの最高医療責任者シンディー・リュー氏は警鐘を鳴らす。
肉を食べることは、2つの理由から尿路感染症の原因となりうる。一つは、食肉に含まれる細菌が排泄を通して尿道に感染してしまうこと。もう一つは、畜産で使われる抗生物質の多くが、細菌の抗生物質への耐性を高めてしまうことだ。
家畜の病気を予防するための抗生物質が世界中で使われており、耐性菌を生み出している。コミター氏も、畜産における抗生物質の過剰な使用を、抗生物質が効かない症例が増えている重要な理由の一つに挙げている。
肉を食べると、その中に含まれる大腸菌が腸に定着し、尿路に広がる可能性がある。女性の場合、排泄後、肛門に残った大腸菌がすぐ近くの膣口や尿道口から侵入してしまう可能性がある。
このような感染が起こりうることは、科学者たちは以前から知っていたが、これまで考えられていたよりも頻繁に起こっている可能性が高いことがわかってきた。
リュー氏らが2023年に発表した論文では、米国では大腸菌に汚染された食肉が年間約50万件の尿路感染症を引き起こしていると推定されている。米国では毎年、尿路感染症に関連した医療機関の受診が800万件以上あるため、割合としては小さいが、十分懸念に値する。
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米食品医薬品局(FDA)のデータでは、米国の小売食肉製品の30〜70%が大腸菌に汚染されていることが分かっているとリュー氏は説明する。こうした大腸菌は通常、火を通せば死滅するため、感染の多くは焼いた肉ではなく調理のときの行動によって起きている可能性が高い。
「細心の注意を払わないかぎり、あなたが台所で汚染された食肉製品を扱うたびに、シンクや、キッチンの表面や、手や、生ものが汚染されてしまうのです」とリュー氏は言う。
大腸菌はそのような場所で増殖し、ほかの食品に付着して、体内に入ってしまう。
尿路感染症の予防は衛生管理を徹底することから始まる。
重要なのは、食肉(特に鶏肉、七面鳥肉、豚肉)の扱いに気をつけることだ。具体的には、頻繁に手を洗う(石けんを使って20秒以上)、調理場や調理器具を使うたびに掃除と消毒をする、肉は安全な温度まで加熱する、などが挙げられる。
リュー氏は、抗生物質を使っていないと明記されている肉を選んでも、耐性菌にさらされる場面を減らせると言う。
コミター氏はそのほかに、調理のとき以外にもこまめに手洗いをすること、排尿・排便後には前から後ろに向かって拭くこと、水を十分に飲むこと、性交後に排尿することを勧めている。
コミター氏は、尿路感染症の最悪の結果を避けるには、気になる症状があったり、症状が悪化したりしたら医師の診察を受けることが最善だと言う。「発熱や、高齢者に多く見られがちな精神状態の変化がある場合には、より深刻な感染症が起きている可能性があります。このような場合は、入院や長期間の治療が必要かもしれません」
適切な予防策と治療によって最悪の事態は避けられることが多いとラザルス氏は言う。「尿路感染症は、早期に診断できれば十分に治療できます」